兵庫県知事選挙に関する意識調査
兵庫県知事選挙に関する意識調査
主要立候補者への好感度に着目した分析
三浦麻子(大阪大学)
2024年11月22日 初版作成,以後随時更新中
※本報告書の内容の無断転載を禁じます※
- 目次 -
パワーハラスメント疑惑を受けて2024年9月19日に兵庫県議会で不信任決議が可決された斎藤元彦氏は,同26日に,県議会を解散せず,失職した上で出直し選挙に立候補することを表明した.同30日付の失職に伴い,出直し選挙は10月31日告示,11月17日投票となった.この間,特に衆議院選挙が公示される10月15日までの間に,斎藤氏が阪神間を中心とした主要駅前で街頭演説を行って多くの聴衆を集めていること,「斎藤応援団」とでも言うべき熱心な支援者が増えていることが報道された(以下がその例).一方でこれらの「支援者」はサクラ(仕込み)ではないかという見解もあった.
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そこで,実際に兵庫県の有権者たちが斎藤氏に好印象を持っているのかどうかを知るために,以下の調査を実施した.
2024年10月11日(金)~10月15日(火)
パネルサンプルプロバイダPureSpectrumを利用して,調査会社やアンケートサイトのモニターのうち,18歳から74歳までの兵庫県在住者197名から有効回答を得た.日本や兵庫県の人口統計に応じた割付をしたわけではないが,男女と年代はなるべく均等になるように努力した.ただし,若年(18-29歳)男性は他と比べてあまり回答が得られなかった.性別(男性46.2%)と年齢(平均 46.5,SD 14.5)の分布は下記のとおりである.
調査票プレビュー
調査当時立候補を表明していた人物5名(斎藤氏,稲村氏,清水貴之氏,大沢芳清氏,中村稔氏)の知名度(「良く知っている」「名前は知っている」「知らない」から1択)
「良く知っている」「名前は知っている」人物に対する感情温度
※これが本調査で一貫して用いている好感度の指標.0(大嫌い)から10(大好き)までの整数から1つ選択させている
投票意向(「投票するつもり」「投票しないつもり」「決めていない・わからない」「投票できない」)
斎藤89.3,稲村63.3,清水46.7,中村21.9,大沢17.3(「良く知っている」「名前は知っている」合計%)
0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 合計 | |
斎藤元彦 | 43 | 15 | 16 | 16 | 12 | 36 | 15 | 12 | 4 | 0 | 7 | 176 |
稲村和美 | 1 | 2 | 6 | 5 | 9 | 54 | 17 | 6 | 12 | 4 | 9 | 125 |
清水貴之 | 10 | 7 | 5 | 3 | 10 | 37 | 9 | 6 | 4 | 1 | 0 | 92 |
中村稔 | 3 | 1 | 3 | 6 | 6 | 19 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 | 43 |
大沢芳清 | 6 | 3 | 1 | 2 | 5 | 12 | 2 | 1 | 1 | 0 | 1 | 34 |
全体的には斎藤氏への好感度は低く,稲村氏は中庸から高い方に偏っていた.ただし,斎藤氏について10(非常に好き)という回答も相対的には少数ではあるが認められた.
投票するつもり65.5,投票しないつもり11.7,決めていない・わからない19.3,投票できない3.6
10月31日に告示された出直し選挙中の11月11日に,改めて兵庫県在住者を対象として調査を実施した.調査1の結果,およびその後の状況の推移をふまえて,斎藤元彦氏への好感度と関連をもつ個人差変数は何かを探ること,そして,それが他の立候補者(ここでは特に「ライバル」とされた稲村和美氏)への好感度と比較すると何が異なり,何は類似しているかを探ることが目的である.
2024年11月11日(月)
パネルサンプルプロバイダLucidを利用して,調査会社やアンケートサイトのモニターのうち,18歳から74歳までの兵庫県在住者611名から有効回答を得た.日本や兵庫県の人口統計に応じた割付をしたわけではないので,性別(男性65.3%)と年齢(平均 54.2,SD 12.3)の分布は下記のとおりで,男性(特に中高年)に偏っていることには注意されたい.現時点で,分布の偏りの補正は行っていない.変数間の関連を見る分析に際しては,こうした偏りの罪はさほど重くないので,行う予定もない.
調査票プレビュー
※現在鋭意分析中のため,逐次更新
主に斎藤氏(と,比較対象としての稲村氏)への好感度に注目して分析しているが,好感度によって分類して他の変数の特徴を検討するアプローチのと,好感度と関連する要因を検討するアプローチの2つに大別される.分類の際は,感情温度(0(大嫌い)~10(大好き))に基づいて,好感度低(0~3),中(4~6),高(7~10)の3群を設定し,特に低/高の2群に注目している.
ただし,斎藤氏への好感度が高い回答者の稲村氏への好感度が低いとは限らないし逆もまた同様である.どちらに対しても好感度が低い/高い/中程度の回答者もいる.両者の相関係数は-0.31(有意,つまり統計的に0(無関係)とは異なるが,それほど強くはない)であった.以下の図は両者の好感度の対応関係を示したサンキー・ダイアグラムで,左上→右下/左下→右上が多くはあるが,「どちらにも低/高好感度」な回答者も少なくないことが見て取れる.
9つのメディアのうち,日常的に利用していないメディアを除いた上で,よく利用している順に順位付けを求めた.以下の表では,各メディアについて1~3位に挙げられた比率を合計したものを示している.
黄マーカーは,「動画プラットフォーム」の利用については,好感度高群を斎藤氏と稲村氏で比較した際に,比率に統計的に有意な違いが見られたことを示している(前述のように,両者は完全に独立というわけではないが,その影響はさほど大きくないと見積もった).
「マスコミ」「政府」「議会・国会」「政治政党」に対する信頼がほぼ同程度かつ他と比べて低いことが特徴的である.
斎藤氏と稲村氏を比較すると稲村氏の方が好感度が高い層が多く低い層が少ないことが見て取れるが,調査1と比較するとかなり近づいてきていることが分かる.
0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | |
斎藤元彦 | 149 | 87 | 52 | 29 | 41 | 103 | 35 | 20 | 32 | 19 | 44 |
清水貴之 | 70 | 70 | 35 | 38 | 39 | 254 | 50 | 18 | 20 | 6 | 11 |
稲村和美 | 60 | 51 | 25 | 29 | 37 | 167 | 71 | 54 | 48 | 27 | 42 |
石破茂 | 89 | 93 | 47 | 50 | 65 | 148 | 51 | 38 | 13 | 5 | 12 |
野田佳彦 | 86 | 91 | 43 | 53 | 63 | 166 | 51 | 28 | 17 | 6 | 7 |
玉木雄一郎 | 69 | 70 | 37 | 55 | 54 | 185 | 51 | 36 | 26 | 17 | 11 |
馬場伸幸 | 111 | 111 | 50 | 37 | 70 | 169 | 29 | 22 | 9 | 2 | 1 |
石丸伸二 | 116 | 114 | 36 | 46 | 53 | 167 | 36 | 17 | 10 | 5 | 11 |
斎藤・稲村両氏と,斎藤氏との類似性がよく言及される玉木雄一郎氏・石丸伸二に対する好感度との関連を検討してみた.玉木氏と石丸氏の評価は比較的強い正の相関があり,良く似ている.一方で,稲村氏ほどではないにせよ,斎藤氏への好感度が両氏と大いに似ているわけでもないようだ.
様々な対象への信頼感と斎藤氏と稲村氏への好感度の関連を見るために,好感度を独立変数,各対象への信頼感を従属変数とする単回帰分析を行った.以下の図はその回帰係数とその信頼区間をプロットしたものである.
両氏で差が明確にあるのは「マスコミ」のみで,稲村氏の場合は正の関連(好感度が高ければ信頼度が高い)が示されているが,斎藤氏の場合はそうではない(回帰係数は負だが,信頼区間が0をまたいでいるので,単回帰分析においては有意ではない.後述する重回帰分析では有意であった).
調査2実施後の状況の推移をふまえて,立候補者に対する好感度やそれ関連する個人差変数の特徴が変化しているかどうかを探ることを目的として再度調査を実施した.
2024年11月15日(金)
調査2と同じ手続きで,調査2に回答していない18歳から74歳までの兵庫県在住者612名から有効回答を得た.日本や兵庫県の人口統計に応じた割付をしたわけではないので,性別(男性63.2%)と年齢(平均 52.8,SD 12.7)の分布は下記のとおりで,男性(特に中高年)に偏っていることには注意されたい.現時点で,データの補正は行っていない(行う予定もない).
調査票プレビュー
基本的には調査2と同一内容.ただし以下の項目を修正,追加した.
※現在鋭意分析中のため,逐次更新
分析枠組みは調査2と同様である.
斎藤氏への好感度と稲村氏への好感度の相関係数は-0.37(有意,つまり統計的に0(無関係)とは異なるが,それほど強くはない)であった.サンキー・ダイアグラムで見ると,左上→右下/左下→右上が多くはあるが,特に「どちらにも低好感度」な回答者が少なくないことが見て取れる.
「SNS」と「動画プラットフォーム」の利用については,好感度高群を斎藤氏と稲村氏で比較した際に,比率に統計的に有意な違いが見られたことを示している.
調査2とほぼ同様である.
調査2と同様に「マスコミ」「政府」「議会・国会」「政治政党」に対する信頼がほぼ同程度かつ他と比べて低いことが特徴的である.
調査2と比較すると斎藤氏と稲村氏の差はやや縮まっていることが分かる.
0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | |
斎藤元彦 | 143 | 67 | 41 | 31 | 38 | 124 | 39 | 36 | 23 | 19 | 51 |
清水貴之 | 67 | 67 | 55 | 41 | 41 | 242 | 46 | 18 | 21 | 7 | 7 |
稲村和美 | 76 | 45 | 35 | 16 | 43 | 173 | 58 | 45 | 53 | 25 | 43 |
石破茂 | 97 | 68 | 49 | 44 | 63 | 170 | 40 | 43 | 20 | 9 | 9 |
野田佳彦 | 84 | 78 | 45 | 45 | 68 | 175 | 50 | 24 | 29 | 6 | 8 |
玉木雄一郎 | 83 | 84 | 60 | 50 | 64 | 150 | 35 | 40 | 26 | 11 | 9 |
馬場伸幸 | 118 | 85 | 65 | 57 | 70 | 156 | 25 | 23 | 7 | 2 | 4 |
石丸伸二 | 123 | 89 | 57 | 47 | 56 | 161 | 28 | 22 | 14 | 5 | 10 |
斎藤・稲村両氏と,斎藤氏との類似性がよく言及される玉木雄一郎氏・石丸伸二に対する好感度との関連を検討してみた.玉木氏と石丸氏の評価は比較的強い正の相関があり,良く似ている.一方で,稲村氏ほどではないにせよ,斎藤氏への好感度が両氏と大いに似ているわけでもないようだ.
2次元ともにSurvey 2と正負が逆転しているが,傾向はまったく同じ.
調査2と同様に,両氏で差が明確にあるのは「マスコミ」のみで,稲村氏の場合は正の関連(好感度が高ければ信頼度が高い)が,斎藤氏の場合は負の関連(好感度が高ければ信頼度が低い)が示されている.
斎藤氏と稲村氏に対する印象の自由記述文を用いて,両者への低/高好感度と関連の強い単語(名詞と形容詞)をワードクラウドとして整理した.自由記述文を形態素解析した上で単語の出現頻度をカウントしているが,その際「なし」「わからない」「人」といった,頻出だが分類においては特に大きな意味を持たないと考えたいくつかの単語は除外している.また,各氏に対する感情温度の高/中/低で分けた群ごとの特徴をよく示すことができるようにtf-idfスコアを用いている.文字の大きさは出現頻度の高さを示している.
低好感度(感情温度0~3)
高好感度(感情温度7~10)
低好感度(感情温度0~3)
高好感度(感情温度7~10)
調査2と調査3で得られた結果,特に斎藤氏(と比較対象としての稲村氏)への好感度と何が関連しているかについての重回帰分析結果を統合・比較するために,メタ分析を行った.メタ分析を行うことによって,ある傾向が複数の研究間にわたって比較的頑健なのかばらつきがあるのかを知ることができる.
以下の図に示した結果を読み取るポイントは次の通りである.●の位置とその左右の直線の幅で,前者は関連の強さの点推定値を,後者は効果のばらつきを示している.そして,直線の範囲に0が含まれていないことが,関連が統計的に見て強いと言えることを示している.0より右(プラスの値)が正の関連を,左(マイナスの値)が負の関連を示す.
斎藤氏への好感度とは,議会や国会への信頼と主観的SES(回答者本人が自分を社会的に恵まれていると感じている程度)が正の,マスコミ報道への評価とマスコミへの信頼が負の関連を示している.稲村氏への好感度とは,年齢,マスコミへの信頼,マスコミ報道への評価,陰謀論的心性,主観的SESが正の関連を示している.一見すると解釈の難しそうな関連も示されているものの,マスコミへの信頼との関連はやはり対照的である.
11月17日に投開票が行われ,斎藤氏が稲村氏を制して勝利した.この結果を踏まえて,調査3と調査4の回答者を対象にして,選挙における投票行動と選挙に関する簡単な所感を問うことを目的とする調査を実施した.
2024年11月17日(日)22時過ぎ(主要メディアのうちNHKがもっとも遅いタイミングで斎藤氏の当選確実を報じた直後)~18日(月)22時過ぎ
Lucidの「Recontact」機能を利用して,調査2および調査3の回答者全員に回答を依頼し,756名から有効回答を得た.
調査票プレビュー
期日前投票した30.0,投票日に投票した48.3,投票しなかった20.2,答えない1.5
斎藤元彦38.7,稲村和美42.7,清水貴之7.8,大澤芳清1.7,福本繁幸0.7,立花孝志0.5,木嶋洋嗣0,答えない7.9
好感度と投票先は,概ね対応しているが,完全(に近い形で)一致しているわけではない.投票前の調査で斎藤氏に低い好感度を回答した人々の中でも,投票先は斎藤氏だと回答したケースは少なからずある.両者の不一致は,三浦ら(2016)による兵庫県赤穂市長選挙を対象とした調査研究でも示唆されている.
社会心理学では,内集団バイアス,すなわち,人が自分が属する(と意識する)集団=内集団と属していない(と意識する)集団=外集団の区別を意識することが,内集団に対しては「ひいき」,外集団に対しては「排斥」的な対応につながることが指摘,実証されてきた.近年の政治学では,主に政党や党派などの所属する集団内での意見の極端化に加えて,愛着や強い支持,さらに別の集団への感情的な敵対心が高まるといった感情的分極化(affective polarization)に注目が集まっているらしいが,内集団バイアスの一類型として捉えることができそうに思われる.
そこで,斎藤氏と稲村氏について,調査4で尋ねた投票先ごとに,調査2(11/11)および調査3(11/15)で尋ねたの候補者への好感度がどのように異なるかを検討した.斎藤氏に投票した人は斎藤氏への好感度が高い一方で稲村氏へは低く,逆もまた同様である.
なお先に述べたとおり,内集団バイアスを検討することを意識して,調査2と調査3では県知事選主要立候補者の支持者・不支持者に対する感情温度も尋ねていたのだが,ある候補者への感情温度とその「不支持者」に対する感情温度の間に中程度の正の相関が認められた.質問形式が不明瞭で候補者自身への好感度を評定するものとと誤解された可能性が排除できないと考えて,分析対象とすることを取りやめた.
回答者が兵庫県民が今回の選挙をどのように見ているかを,どのようなアクターがどのように動いた出来事だったと考えているのかというストーリーに仕立ててもらうこと,選挙に関するニュース・情報接触を,特にSNSと動画プラットフォームについてより詳細に把握すること,選挙に関する対人コミュニケーション(政治的会話)の様態を明らかにすること,という3つの目的で調査を実施している(11/22現在,データ収集中).
この調査は,小林哲郎氏(早稲田大学政治経済学術院)と共同で行っている.
2024年11月22日(金)~26日(火)
Lucidの「Recontact」機能を利用して,調査2および調査3の回答者全員に回答を依頼し,720名から有効回答を得た.
調査票プレビュー
政治的会話とは,日常生活において交わされている政治についての幅広い話題に関するインフォーマルな対人的相互作用である.横山・稲葉(2016)では,日常生活においてこうした政治的会話が行われる頻度が測定されているが,1-7の7件法で平均はほぼ2点台後半である.直接比較することはできないものの,兵庫県知事選挙についての関心は日常の政治的話題よりは高かったことが推察される.
期日前投票した28.9,投票日に投票した51.2,投票しなかった17.1,答えない2.8
斎藤元彦37.6,稲村和美40.4,清水貴之6.8,大澤芳清1.4,福本繁幸0.3,立花孝志0.7,木嶋洋嗣0,答えない12.8
ここでは,全データで出現度数が10以上の単語をピックアップして,投票先ごとに整理している.パーセンテージは,投票先を稲村/斎藤氏と回答した人たちを分母としたものである.
被害者は県民,影響力を持ったのはSNS,という見解が多数であることに投票先による違いはない.そしてどちらに投票した回答者においても,最も影響力をもったアクターとして,投票先の候補者本人や対立候補よりも,立花孝志氏を挙げた割合が高い.また両質問における「兵庫県民(有権者)」の比率に大きな差があることも興味深い(なお,両質問の呈示順序は回答者ごとにランダマイズしており,例えば「先に被害者(影響力をもった)で挙げたので2問目では挙げられにくかった」といった効果は相殺している).
本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない.
大阪大学大学院人間科学研究科行動学系研究倫理委員会の承認(HB022-023)を得て実施した.