紀州のドン・ファン事件で元妻の須藤早貴被告(28)に無罪判決が言い渡されました。
今回、なぜ無罪判決に至ったのか、ここからは元東京地検特捜部の中村信雄弁護士にも加わってみていきます。
まず、和歌山地裁は12日の判決で「被告人の犯行というには合理的疑いが残る」と述べたわけですが、今回の無罪判決最大のポイントはどういうところでしょうか。
元東京地検特捜部・中村信雄弁護士:
今回の事件は直接証拠がない中、状況証拠の積み重ねによって何とか有罪にしようとしたんですけど、状況証拠が不足していた・足りなかった、核心部分で本人が誤って飲んだんだということを解析できなかった、そこじゃないですかね。
野﨑さんは急性覚醒剤中毒で亡くなりました。
須藤被告が覚醒剤を飲ませて殺害したのか、それとも飲ませていないのかが争点でした。
覚醒剤についての判決までの主張を見てみます。
検察側は、「須藤被告は致死量を超える覚醒剤を入手している。そして、摂取したとされる時間その場にいたのは須藤被告だけで飲ませるタイミングが十分にあった」と主張。
一方の弁護側は、「覚醒剤の購入を頼まれたことはない。摂取させたことはない」と主張しています。
結局、どんな方法で飲ませたかが分からないまま審理が終わっていたということです。
そして12日の判決です。
覚醒剤について、「当日の状況から被告人が覚醒剤を摂取させることは可能だったが、被告人に渡されたものが覚醒剤とは言い切れない」、そして、「第三者の他殺や自殺の可能性は考えられないが、野﨑氏が誤って過剰摂取したということは否定できない」とこのように述べました。
―― 言い切れないとか否定できないという言葉ですが、この辺りどう見ましたか?
元東京地検特捜部・中村信雄弁護士:
要するに犯罪を立証するということは、100%の主張が求められていると。そういう中で、今回は自分で誤って飲んだ可能性を100%排斥しきれないと、証拠的に。そこが一番、検察の弱いところだったんだと思います。
その背景にあるのはどうやって飲ませたのかよく分からないと。ここが大きな弱点になっているんだろうなという感じがします。
――先月の公判だったと思うんですが、須藤被告に覚醒剤を準備した売人が渡したのは「覚醒剤ではなく氷砂糖だった」と証言していましたが、それは何か影響があったんでしょうか?
元東京地検特捜部・中村信雄弁護士:
これは検察には痛い証言だったと思います。やっぱり判決の中でも渡されたものが覚醒剤かどうかは言い切れないという表現があったと思いますが、ここにつながってくるので、まさに、これが覚醒剤を渡していることになれば、またちょっと違う認定もあり得たかなとは思います。
――密売人の人の証言というのももちろん証拠になるわけですね。
元東京地検特捜部・中村信雄弁護士:
もちろんです。宣誓して、議場の制裁のもとに証言しているので、いくら密売人の話といえど証拠として左右されると。
スマートフォンの検索履歴非常に注目されました。
「完全犯罪」、「老人 死亡」など検索していましたし、野﨑さんが亡くなったあとの検索ワードは、「昔の携帯電話履歴、警察」「遺産相続どれぐらいかかる」と検索されていたようです。
検察側はそれを証拠として扱いたかった。
一方で、須藤被告の弁護側は「これらの検索はあくまで須藤被告の趣味であって、昔からの特殊な殺人、グロデスクなものを調べるのが好きだった」と主張しているわけです。
そして、これについて12日の判決で、スマートフォンの検索に関して完全犯罪の検索は「殺害を計画していなければ検索することはありえないとまではいえない」と判決で述べられています。
――この辺りも証拠として採用されないものですか?
元東京地検特捜部・中村信雄弁護士:
証拠としては採用されているし、証拠価値も高いんですけど、逆に言えば、例えば覚醒剤を準備していても本人が誤って飲んでしまうこともあるわけで、こういう検索履歴があったからといって、あるいは、そこから殺人計画が立証できたとしても本当に飲ませたかが分からないと。そうすると、やっぱりこの検索履歴だけで立証していくのはかなり困難で、そういう意味では、殺人計画があったことすら断定はできないんじゃないかというのも分からないではないと思います。
――この先、検察側はどう出るのか、控訴するのかが気になりますが、する場合は新たな証拠を持ち出さないと合理的疑いが払拭できないと思うんですが、どうなりそうですか?
元東京地検特捜部・中村信雄弁護士:
検察の主張にもそれなりに説得力ありますし、私の元検事の感覚でしかないんですが、おそらく控訴すると思います。やっぱり、この無罪判決には承服しないんじゃないかなと。やっぱり証拠評価の誤りがあるという判断になると思います。
――新たな証拠を出すわけじゃなくて、証拠に対する評価が違ったんじゃないかという考えで控訴をするということですか?
元東京地検特捜部・中村信雄弁護士:
今回の判決の中で、多少なりとも補強したい証拠があればそれを出すことは考えられますけど、それも必ずしも必要とは言い切れないですね。
――須藤被告の弁護側は「薄い灰色をいくら重ねても黒にはならない」と無罪を主張したわけですが、この辺りは影響しそうですか?
元東京地検特捜部・中村信雄弁護士:
薄い灰色っていうのは、おそらく状況証拠ということだと思うんですけど、状況証拠を積み重ねて黒になることはあると思うんです。だから、今回は薄い灰色の数が足りなかったということですが、今後は、こういう事件について検察は状況証拠の積み重ねに慎重に判断せざるを得ないのかなと思います。