人を動かす「ストーリー」の力 「涙」から立ち上がり、SNSで増幅 兵庫知事選
県議会の不信任を受けて失職した斎藤元彦氏が再選された兵庫県知事選。理不尽にレッテルを貼られて県庁を追い出された斎藤さんが一人で再起し、復活する――そんな「復活のストーリー」を有権者が支持したとの見方がある。人を動かす「ストーリー」の力とは。
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「SNSが斎藤氏に好意的な情報を広げる装置になった。しかしあくまで『増幅』で、元々の土壌がなければ動きは起こらない」。知事選前から取材してきたライターの松本創さんは、斎藤氏を告発する文書の問題で県議会の支持が離れ、斎藤氏が記者会見で涙を流した9月中旬から同情の声が増えたと感じたという。
斎藤氏が1人で駅前に立つ様子、背筋の伸びたおじぎ……。その所作やイメージが「斎藤さんはそこまで悪くないのでは?と考えるきっかけになった面はある」。こうして「復活のストーリー」が自然発生的に立ち上がったと松本さんはみる。
さらに「県議会やマスコミという『既得権益』側を自分たちの手で倒す」という支持者の高揚感、自らの見たい人物像やストーリーを仮託しやすい、個性が薄く実直そうにみえる斎藤氏の印象といった要素も指摘する。
一方、選挙戦を支援したPR会社の代表に公職選挙法違反などの疑惑が指摘され、斎藤氏を支持した人を非難する声もある。だが松本さんは、「ストーリーが世界を滅ぼす」(ジョナサン・ゴットシャル著)という本の「人は物語を求める/物語は問題を求める/問題はそれを起こした悪者を求める」という一節を引きつつ釘を刺す。「わかりやすい黒幕を名指しし単純化するのは、明快な『ストーリー』を求めている点で『県議会やマスコミが斎藤氏を陥れた』とする言説と変わらない」
「特定の人物や戦略によって民意が作り出されたわけではない。複雑な状況が相まって復活のストーリーが作られていった。それを増幅したのがSNSだった」(平賀拓史)
■雨乞いと降雨 自分の行為に「意味」を求める人間 米では市民結集し社会変える手法
兵庫県在住の文筆家、千野帽子さんは「人間は世界をストーリーという形式で把握している」と話す。物事の前後関係の説明には必ずストーリーが入りこむ。例えば雨乞いと降雨という単なる前後関係に、おまじないをしたから雨が降ったと因果関係を認める、というように。「批評家のロラン・バルトは、前後関係を因果関係とみなす人の誤謬(ごびゅう)を体系的に濫用(らんよう)するのが物語だとまで言っている」
選挙についても「どのような結果もストーリーで語れるし、候補者も自分がなぜ必要かというストーリーを語る」。今回について言えば「斎藤氏の支持者を『ストーリーに洗脳された』と批判的に見る人がいるかもしれないが、それは『愚かだから物語に洗脳されて行動したのだ』という物語にその人が乗っ取られている状態」だと指摘する。「重要なのは、何が正しいストーリーかを決める前に、自分も何かのストーリーを信じていることに自覚的であることです」
人間は、自分の行為に理由だけでなく意味を求め、何かの結果をもたらしたというストーリーを欲していると千野さんは言う。「自分の支援や投票で何かを変えたという意味を感じたいからこそ、行動につながる側面がある。アイドルの推し活に見られるファン心理もこれに近いでしょう」
ストーリーが人や社会に及ぼす大きな影響力。これを前向きに用いることはできるのか。
社会学者で立教大特任教授の津富宏さんによると、米国では「物語」化により市民の力を結集し、社会を変えようとする「コミュニティー・オーガナイジング」(住民組織化)の手法が確立されている。ゴミ処理や上下水道の維持といった生活に密着した問題で、ひとりひとりの「物語」が実は公共的なものだという気付きを通じて人々を組織化する。互いの関係を築くために「ストーリー・テリング」が意識的に用いられ、公民教育にも取り込まれているという。
一方、日本では明治以降の中央集権化によって住民主体の組織化が妨げられ、町内会など住民自治に参画する機会も減っていると津富さんは指摘する。選挙も身近な問題と同時に、自分が直接把握できない社会全体の動向を把握する必要があるが、選挙区が広い選挙になるほどメディアやネットなど「空中」からの情報に左右されやすくなる。「誰かに善導してもらう『お任せ民主主義』に陥っている」(女屋泰之、大内悟史)
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