「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 アニメ二期OPのカズマさんのダンスはカズダンスとか呼ばれるんだろうなと思っていたら誰も呼ばなくて、ジェネレーションギャップを感じます


2-4-1 先輩気取りの新人達と、後輩ポジの天才達

 ある者が言った。

 

「紅魔族とか全員中二病の種族じゃねえか! ふざけんな!」

 

 結局のところ中二病とは、"自分が特別であると思うこと"である。

 中二病患者とは、他人よりも"自分が自分であることに誇りを持つ者"である。

 むきむきとゆんゆんには、生まれた時からそれがなかった。

 むきむきは自分の特性に起因する魔法の才能の無さのせいで、ゆんゆんは生まれつきの性質で、それぞれ紅魔族らしい『自分は特別なんだ!』という確信を持たずに生まれて来た。

 

 自分が好きでしょうがない。かっこいい詠唱をしてる自分が好きでしょうがない。かっこよく魔法を決める自分が好きでしょうがない。だから紅魔族は、皆毎日を楽しそうに生きている。

 紅魔族は自分が自分であるというだけで、自分が特別であると確信している。

 同様に、他の人間も特別であると確信している。

 

 むきむきにはそれが無かった。

 自分が普通じゃないと思っていた。けれど自分を特別だと思うことができなかった。だから、里基準での普通になりたがっていた。

 皆の普通に、混ざりたかった。

 自分に誇りを持つことができなかった。

 根っこのところで自分を信じきれていなかった。

 似た境遇のゆんゆん、目指すべき心の持ち主であるめぐみんが近くに居たことは、彼にとって最高の幸運だったと言える。

 駄目人間でもかっこつけるぶっころりー、ちゃんと子供扱いしてくれるそけっと、家族でなくとも迎える家をくれたひょいざぶろーとゆいゆい、守るべき小さな子供であるこめっこ。

 

 生まれに恵まれたとは言えなかったが、出会いには恵まれた。

 生まれた場所は不幸だったが、生まれた場所で得た出会いは紛れもなく幸運だった。

 

 紅魔の里の外では、人は大人になるにつれ、自分が特別であるという意識を捨てていく。

 自分が自分であるというだけで自分に誇りを持つことを、辞めていく。

 "自分を信じること"を見下していく。

 

 里の外の大人は皆、自分を信じて自分に裏切られることさえ嫌うようになっていく。

 いつしか皆、自分を信じすぎないようにして、自分に期待しすぎないようにして生きていく。

 だが、紅魔族は違う。

 

 彼らはどこまでも、自分が何かの分野で随一であると叫ぶ。

 自分が何か特別であると叫ぶ。

 自分は自分に誇りを持っていると叫ぶ。

 子供の頃から、老衰で死に至るまでずっと、彼らは『厨二的で最高にかっこいい自分』を好きなままで生きていく。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者……!」

 

 今日も今日とて紅魔族やってるめぐみんを、使い魔のちょむすけは欠伸をしつつ眺めていた。

 

「どうしたのいきなり」

 

「いえ、むきむきにちょっと聞きたいんですが、これかっこいいですよね?」

 

「最高に決まってると思うよ」

 

 なお、贔屓目込。

 

「ですよね? うーん……」

 

「いやだからどうしたの? 紅魔族かっこいい名乗りコンテストはまだ10ヶ月先だよ?」

 

「私がそれの日付けを間違えるわけないじゃないですか。

 アクシズ教の方のセシリーさんの件ですよ、頭が変な方のセシリーさん」

 

「ああ、愛想笑いじゃない方のセシリーさん?」

 

「この名乗りをしたら反応が

 『かっわいい~!』

 だったんですよ。なんですか可愛いって? 名乗りに威厳が足りないんですかね」

 

「威厳が足りないとしたら顔か身長じゃないかな」

 

「い、言ってはならないことを……!」

 

 メンタルにハムスター程度の威厳しかないくせに、外見だけは威厳がある歳下の男の子にそう言われると、なんとなくダメージが倍増する気がするものだ。

 

「そういえばセシリーさん、金の髪に(あお)の眼だったね」

 

「貴族の落し胤か何かでしょう。

 あるいはアクシズ教に入ってアクシズ狂になり勘当された娘とか」

 

 この世界において、金髪碧眼は王族か貴族の証。

 アクシズ教徒セシリーの外見に何やら邪推する二人だが、真相は闇の中だ。

 話している内に"金髪碧眼でもあんな変態が貴族なわけないか"と二人は納得し、とりあえず邪推は脇に置いておく。

 二人がそう思ってしまうくらいには、アクシズ教徒の方のセシリーは残念美人で、典型的なアクシズ教徒であるようだった。

 

「あ、ゆんゆんだ」

 

「まーたアクシズ教徒に絡まれてますね」

 

 アルカンレティアを出ようとする直前にまでアクシズ教徒に絡まれているゆんゆんに、めぐみんは深く溜め息を吐く。

 危ない人を吸引するスキルでも持っているのだろうか、とめぐみんは心中で呟いた。

 

「いいかい、胸が大きい方の紅魔族の嬢ちゃん。

 アクシズ教に入らなきゃ君みたいな子に男心は分からんよ……」

 

「えぇ……分かるのはアクシズ教徒の気持ちだけだと思うんですけど」

 

「男が女を見て思うことは二種類。

 僕に心を開いてくれないかな、と、僕に股を開いてくれないかな、だ」

 

「アクシズ教徒だけなんじゃないですかそれは!?」

 

「偉い人は言いました。開けママ、と。男なんて皆そんなもんです。

 山ほど本を売っているベストセラー作家でも、それは同じ。

 君の仲間のチェストを押し売りする筋肉、チェストセラー君でもそれは同じ」

 

「チェストセラー!?」

 

「敵にチェストチェスト言って殴りかかるのは、欲求不満の証です」

 

「そもそもむきむきはチェストとか言ったこともないんですけど!?」

 

「その気持ちを分かってあげるために、アクシズ教に入るのです。さあ……」

 

 まともな勧誘ができるアクシズ教徒など居るものか。

 

「クズという概念に足が生えて歩いてる、それもまたアクシズ教徒の一側面ですね」

 

「ああ、クズとアシでアクシズってそういう……いや、いいところもあってね?」

 

「言いたいことは分かります。でも私はここに宣言しますよ!

 女神アクアとかそれの信徒に関わるのは、ほんっとうに金輪際ごめんだと!」

 

 喧嘩っ早いめぐみんは、可及的速やかにこの街を出るため、ゆんゆんに絡んでいるアクシズ教徒を口撃すべく走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らはアルカンレティアを出て、温泉と観光の街ドリスへと向かう。

 一般人であれば、護衛付きの商隊等に同行させてもらい、馬車で素早く越える道のりだ。

 なのだが最近、馬を好んで食べるモンスターが街道周辺に住み着き、それの討伐依頼が達成されるまで馬車の行き来が制限されているらしい。

 

 馬車の移動では逆に時間がかかってしまう。

 そして、ドリスまでは冒険者の足なら一日かからない。

 むきむき達が歩いて次の街に向かおうとするのは、当然の成り行きであった。

 

「ゆんゆん、さっさとどうにかしてください!

 普段から爆裂魔法をネタネタ言って上級魔法の便利さを自慢してるでしょう!」

 

「こ、こんな時ばっかり丸投げして!

 自慢なんてしてないわよ! めぐみん自慢の最強魔法だって役立たずじゃない!」

 

「なにおぅ!」

 

 スライム。

 ドラクエの影響で日本のライトゲーマーには雑魚と認識されているが、実際のところ地球単位で見ればかなり強い扱いをされているモンスターだ。

 地球のTRPG等のジャンルでは、物理攻撃も魔法攻撃もイマイチ効きづらく、酸や毒でキャラの命と武器を両方蝕む上しぶとい、戦いたくないモンスターというイメージが強いだろう。

 

 この世界のスライムもそうだ。

 液体に近いため物理攻撃はほとんど効かず、液体と固体の特性を両立する魔力混じりの肉体は高い魔法抵抗値を誇り、人体に張り付くことで人体を消化・捕食する機能を持つ。

 いわゆる、『人を餌と見ている強モンスター』の一角だ。

 それだけでも恐ろしいが、スライムは種別ごとに特定属性の無効化や猛毒など、恐るべき個性を持ち合わせている。

 

 そんなスライムが数匹、むきむきの体に群がっていた。

 

「くっ……こいつ、めぐみん達が捕食されたら数秒で骨もなくなるよ! 気を付けて!」

 

「いや放って置いたらあなたもヤバいですからね!?」

「口塞がれたら防御力いくら高くたって窒息死するのよ!? ど、どうにかしないと!」

 

 どうやら敵感知スキル持ちが居なかったためスライム集団の奇襲をくらい、前衛が一人しか居ないためにむきむきが全部受け止める以外に方法がなかったようだ。

 そして一旦張り付かれると、むきむきを巻き込みかねない上級魔法と爆裂魔法では容易に引き剥がせなくなってしまう。

 

 むきむきもスライムからの攻撃という初めての体験に、上手いこと対応できていないようだ。

 ローションをぶっかけられてもがいているようにしか見えない。

 "適度に弱い魔法攻撃・程よく弱く汎用性のあるスキル"を誰も持っていないというこのPTの弱点が、分かりやすく露呈した形となった。

 

「む、服が溶ける!? 脱いでてよかった紅魔族ローブ!」

 

「それは魔改造グリーンスライムですね。

 昔、とある魔法使いが生涯を捧げて作り上げたと言われるスライムです。

 人の体を傷付けず、服だけを溶かすエロオヤジの妄想の具現のようなモンスター……」

 

「冷静に解説してる場合!?」

 

 このままでは、むきむきが服を溶かされR-18な恥を晒すか、肉を溶かされR-18G的に骨を晒すかの二つに一つ。

 Rはアルファベットの18番目。即ちR-18だ。R-18はアルファベット13番目の裏切りのユダこと"裏切りのM"ほどには変態的でない性癖も含んでいる。

 ショタエロもR-18。このままではむきむきの服が溶かされ、児童ポルノ大解禁となってしまうかもしれない。

 聖騎士(クルセイダー)アグネスの存在を考慮すれば、空前絶後の大ピンチであった。

 

「ぬうっ!」

 

 強固な皮膚を溶かすのには時間がかかると悟ったのかは分からないが、スライム達はむきむきの口と肛門へと這い寄り始める。

 窒息死狙いか、あるいは筋肉に守られていない内蔵から攻めることを選んだのか。

 どちらにせよ、このままではむきむきの死は免れまい。

 "スライムによる二穴攻め死"という酷い死因が、目の前まで近付いてきている。

 

「くっ、もう四の五の言ってられないわ! むきむき、我慢してね!」

 

 ゆんゆんは一か八か、むきむきを生き残らせる確信も無いまま、むきむきを傷付けてしまうという未来予想を抱えて、上級魔法の詠唱を開始する。

 むきむきを傷付けてでも、むきむきを助けるという決断であった。

 

(凍らせれば、むきむきの体温を下げすぎないように凍らせれば、なんとか……!)

 

 今日まで心強かった『ゆんゆんの魔法の威力は非常に高い』という要素が、完璧に裏目に出ていた。

 スライム責めでテンションサゲサゲな今のむきむき相手なら、程度を間違えれば普通に死ぬ。魔法の選択を間違えても普通に死ぬ。

 初めて外科手術をする医者のような気分で、ゆんゆんは魔法を構え。

 

「あーあー、見てらんないぜ」

 

 その声に、魔法の発動を止められた。

 

「え、誰?」

 

 声のした方に目をやれば、そこには四人の冒険者パーティが居た。

 いかにも盾役に向いていそうなクルセイダー。

 金髪赤眼で軽薄・軽装・軽快そうな印象を受ける剣士。

 弓を持って視線を走らせる、ニヒルな印象のアーチャー。

 ポニーテールに現代っ子風の可愛い服装の、魔法使いの女の子。

 

 魔法使いの女の子は、小さな杖を手の中で回して、スライムにエロ同人のような目に合わされている少年に向けた。

 

「冒険者初心者っぽい君達に、あたしが冒険者の心得を教えよう」

 

 よく見ると、その子のこめかみから一筋の汗が垂れている。

 それはこの冒険者達が、スライムにやられている赤の他人な彼らを見て、全力でここまで走って来てくれたということを意味していた。

 

「助ける余裕がある時は、冒険者は助け合うべし!」

 

 女の子はめぐみんやゆんゆんと比べればかなりゆっくりとした詠唱速度で、けれどもしっかりとした発音で詠唱を行う。

 発動されたのは、それなりの才能と多少のレベル上げが噛み合えばレベル十代でも使える実戦でも有用な魔法、中級魔法。

 

「中級魔法!」

 

「さっきの詠唱、上級魔法でしょ?

 使えるの凄いなーって思うけど、仲間に使うものじゃないよね」

 

 まずは風の魔法がむきむきの体表のスライムを押していく。

 手で海を叩いても海はビクともしないが、海に風が吹けば水は偏り、やがて津波となる。

 手で取ろうとしても暖簾に腕押しであったが、暴風に押されたスライムは少年の体の上を押し流され、背中側の一点に集められ、そこで氷の中級魔法にて凍結させられていた。

 

「はい、終わり」

 

 魔法使いの女の子は、凍ったスライムを叩いて砕く。

 魔法が通じにくいスライムを仕留めるために、今の二つの魔法に大量の魔力を使ってしまったのだろう。

 その子の顔には、隠し切れない疲労の色が浮かんでいた。

 

「ちょっと待ってな、動くなよ」

 

 体表の大半のスライムが凍らせられ、砕かれたものの、まだ少しばかり残っていた。

 その残りを金髪の剣士がナイフで器用に切り離し、地面に捨てて踏み潰していく。

 

「ありがとうございます! あの、お名前を……」

 

「俺か? 俺はダスト。礼はいいから、誠意は金で示してくれ」

 

「え?」

 

「後で酒でも奢れってことだよ、筋肉マン」

 

 金髪の剣士は、少年の肩を叩いて品が無い感じに笑う。

 弓を持ったアーチャーの男が苦笑しているのを見るに、この金髪はこれで平常運転のようだ。

 いかにも冒険者、といった感じの気安さと対人の距離感が見られる。

 

 めぐみんとゆんゆんがほっとしていると、冒険者達のリーダー格らしき漢が、ニッと口角を上げて話しかけてきた。

 

「俺はテイラー。このパーティのリーダーをやってる。

 そっちの今名乗った剣士がダスト。

 魔法使いがリーン。お前達を見つけたアーチャーがキースだ」

 

 クルセイダーのテイラー。

 剣士のダスト。

 ウィザードのリーン。

 アーチャーのキース。

 紅魔族の子供達が里から出て初めて"チームとして動いている"のを目にした、冒険者らしい冒険者パーティだった。

 

「スライムへの対応を見るに、初心者だよな?

 俺達も実質駆け出しなんだ。ちょっとそこらで話さないか?」

 

 

 

 

 話す、とは言ったものの、世間話をしようというわけではない。

 むしろ逆だ。

 彼らは無駄話ではなく、有意義な交渉をしようとしていた。

 彼らはこの街道周辺の情報交換と、万が一の時に助けてくれそうな冒険者の存在を求めていたのだ。

 

「クエスト受けて出発してから、この街道周辺に馬を食うモンスターが居るって話聞いてな」

 

 彼らは始まりの街アクセルの冒険者であり、そこから来たらしい。

 アクセルからここまでは丸一日かかる。例の馬を好むモンスターの情報は、どうやら彼らが街を出た後に伝えられたようだ。

 

「この街道にはどんなクエストを受けてきたんですか?」

 

「危険調査系さ。討伐系ではないから危険は薄いと踏んだんだが……

 商隊が行き来を制限されるようなモンスターが居るなら、話は別だろ?」

 

「なるほど。それで戦力の頭数を増やしたいと」

 

「対価はクエスト報酬の半額でどうだ?

 互いに大した儲けにはならないだろうが、頼むよ」

 

「俺は儲けの無い安全なんて要らねえと思うけどな、テイラー」

 

「だからお前はいつも死にそうになるんだろ、ダスト」

 

 頭を下げ、むきむき達に頼み込むテイラー。

 つまり先程の一幕は、やられそうになっている他の冒険者を助けようという善意と、恩を着せて一緒に全員分の安全を確保しようという打算、その両方があったようだ。

 めぐみんは表情や会話の中での言葉の選び方などから、テイラーとその仲間達の心情を読み取る。

 紅魔族の優秀な知力であれば、駆け出し冒険者の考えていることをおおまかに読むことくらいは、造作も無いことだった。

 

 リーンは善意9、打算1ほど。ほぼ善意だ。

 キースは善意3、打算7。善意もあるが、理性的な計算高さが見える。

 テイラーは善意5、打算5。仲間の危険を減らそうとするリーダーとしての責任感と、他の冒険者を助けようとする人の良さが拮抗している。

 一番目につくのがダスト。善意0、打算0で、「そもそも面倒臭いし分け前減るし助けたくなかった」という意図を隠そうともしていない。 

 赤の他人が死にかけていても「面倒臭い」でスルーできる、かなりクズめの精神性であった。

 

 全体で見れば普通の範囲で善良な者が揃っていると言える。

 むきむきの筋肉、そして紅魔族の特徴である髪と眼を見て、彼らが戦力になると判断したテイラーの判断は正しい。

 むきむき達がここでテイラーの頼みを聞く理由もなく、得もそこまでないのだが、チーム紅魔族は2/3がいい子ちゃんで構成されている。

 テイラーの頼みを断るわけもない。

 

 打算だけで助けられたなら、めぐみんは強引にこの話を蹴っていただろう。

 だが、そうではなかったわけで。

 『里の外のウィザード』にちょっと興味があったのもあり、めぐみんは彼らの善意に混じっていた多少の打算を、見逃してあげることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クエスト達成のため、足を踏み入れたとても背の高い木の森の中。

 道すがら、テイラーはそのクエストについての詳細を語る。

 

「始まりは、ここの近くの小さな村からの通報だったそうだ」

 

 彼らは街道沿いの広い森の中を、七人で固まって歩いていた。

 

「なんでも、森の中にある日突然施設が現れたらしい」

 

「突然?」

 

「テレポーターが資材を運んでこっそり組み立ててたか。

 高レベルのクリエイターが造ったか。

 多様な魔法が使えるウィザードの仕業か……

 その辺が分からないから、調査依頼がギルドに回って来たってわけだ」

 

「なるほど」

 

「施設の実在の確認だけで十万エリス。

 施設がなんであるかの調査も完遂すれば三十万エリス。

 この案件を問題なく解決したら六十万エリス、だとさ」

 

 会話しながら先頭を歩くテイラーとむきむきの後に、めぐみんとリーンが続く。

 

「先程から歩きながら草を集めていますが、それは薬草ですか?」

 

「あたし達、薬草の調達クエストも受けてるからね。

 これで装備をちょっと壊しても足は出ない……と、思う」

 

「疑問形なんですか……」

 

「この薬草はハゲを治すって噂だけど、効能が実証されてないから」

 

「え、それは実質ただの草と言うのでは」

 

「溺れてる人には藁だって草だって売れる。それが冒険者の金稼ぎの必勝法よ」

 

「ハゲ狙い撃ちとか嫌ですよそんな必勝法」

 

 冒険者がハゲに効くという草を集める。販売業者がそれを売り出す。ハゲが大金を出して買う。そうして経済が回る。所々闇が深い。

 死んだ人間は蘇れても、死んだ毛根は蘇らない。残酷な世界の法則であった。

 

「おう姉ちゃん、いいカラダしてんなへっへっへ」

 

「ひゃっ」

 

「ダスト、やめとけ。先頭歩いてるむきむき君がおもむろに手の中で小石転がしてるぞ」

 

「怖っ!」

 

 魔法使いへのバックアタックを警戒するキースとダストが、最後尾でゆんゆんにセクハラを仕掛けたりしていた。

 

「キース、ダストがセクハラしないように見張っておけよ」

「あいよ、テイラー」

 

「おいおい、この程度でアウトかよ。ガキじゃあるまいし」

 

「あの、私まだ12歳なんですが……」

 

「嘘だろ!?」

 

「僕ら三人だと相対的には僕が一番歳下ですよ、ダストさん」

 

「嘘だろ!? その筋肉で!?」

 

「紅魔族随一の魔法使いである私が一番お姉さんといった形でしょうか」

 

「それは流石に嘘だろ! 生理一回も来たことなさそうな外見じゃねえか!」

 

「ぬわぁんですってえ!?」

 

「カルシウム足りてねんじゃねえの? キレやすい、骨が伸びない、乳も……」

 

「どうやらかつてなぐみんと呼ばれた私の拳が火を噴く時が来たようですね」

 

 会話の節々からにじみ出る、ダストの圧倒的クズ力とデリカシーの無さ。

 

「はいドーン」

 

「えぐぅえっ!?」

 

「初対面の、それも協力してくれてる子達に何言ってんのよこのクズ」

 

 そんなダストのケツに、リーンのタイキックが叩き込まれる。

 

「ゴメンね。こいつ決める時は決めるけど、普段はクズなの」

 

「いい蹴り持ってますね」

 

「そう? ウィザードだけど、君みたいなマッスルにそう言われると悪い気はしないかな」

 

 お世辞にもお淑やかとは言えないが、リーンのスタンスは典型的な女冒険者のそれであり、"簡単に暴力を振るう女性"というよりは、"仲間の不始末を見逃さない良識人"という印象の方が強い。

 人懐っこさを感じさせる笑みといい、今の腰の入った蹴りといい、可愛らしさとたくましさの両方を感じさせる。

 

「いや、いい蹴りでしたよ。こう踏み込んで、こう……」

 

 むきむきは今のリーンの護身術じみた蹴りに何かしら感じるものがあったようで、彼女の動きを真似して手頃な木をへし折ろうとして、一歩踏み込んで。

 

 そのまま、そこにあった落とし穴に落ちた。

 

「こうっ―――!?」

 

「むきむきっー!?」

 

 少年の巨体が一瞬で消えるほどに広く、深い落とし穴。

 

「落とし穴!?」

 

「あいつ幸運のステータス相当低そうだな」

 

「言ってる場合か! 引き上げろ!」

 

 落とし穴は膝くらいの高さでも低レベルなら足を挫くことが可能で、そこそこの高さなら落下のダメージで殺すことも可能であり、穴の中に色々と仕込むこともできるトラップの王様だ。

 上手く使えば、小学生が休み時間にドッチボールをする時、一人だけ生き残った相手を四方向から囲み、四ヶ所でパス回しして追い詰めてから仕留める王道戦術に匹敵する。

 

「懸垂やって無ければ危なかった……」

 

 なのだが、ひっかけた相手が悪かった。

 むきむきは落とし穴の側面に指を突き刺し、指の力だけで壁にぶら下がり、跳ねるように落とし穴の外に帰還する。

 

「むきむきは懸垂やってますからね」

 

「あれこれ懸垂っていうやつだっけ」

 

「ねえ見てめぐみん、落とし穴の中……」

 

 ゆんゆんに手招きされためぐみん、及びその周囲の者達が落とし穴の底を見る。

 そして一様に、うわっと表情を嫌そうに歪めた。

 

「穴の底には鉄の槍。それにゴキブリ、ムカデ、毛虫、その他色々嫌な虫がいっぱい……」

 

「"えげつない罠"じゃなくて、露骨に"嫌な罠"だコレ」

 

 穴の底には体を傷付ける仕組みと、心を傷付ける仕組みのダブルパンチが仕掛けられていた。

 変な落ち方をすれば、槍に体を傷付けられ、その傷口を虫に食われて感染症を起こし、肉体的にも精神的にも打ちのめされてしまうだろう。

 金属鎧をカブトムシがぶち抜くことも珍しくないこの世界だが、こういう風に虫を罠に利用するのは珍しい。

 

「参ったな」

 

「どうした、キース?」

 

「おっと、それ以上前に出るなよダスト。どうやらこの森、罠だらけのようだ」

 

 アーチャーのキースが目を凝らすと、森の中に怪しいものがちらほら見える。

 森の中に突如現れた施設と、その周囲の罠。

 どうにもきな臭くなってきた。

 

「ふっ……どうやら里の外の冒険者に、我らの力を見せつける時が来たようですね」

 

「何?」

 

 あるえから貰った眼帯を付け、めぐみんが不敵に笑う。

 

「見せてやりなさい、むきむき。あなたの罠感知と罠解除を!」

「了解!」

 

「なんだと!? あの筋肉で盗賊職だっていうのか!」

 

 テイラーの驚きをよそに、むきむきが森の中に力強い一歩を踏み出した。

 

 ボン、と地面が爆発する。

 構わず少年はその辺りをくまなく歩き回り、肩が紐に引っかかって、連動して発射されたボウガンの矢が筋肉に弾かれる。

 地面をまんべんなく踏んで道を作ろうとすれば、地面からガスが噴出してきたので、地面ごと遥か彼方へ蹴っ飛ばした。

 トラバサミを筋肉で弾き、土に隠されていた鉄の棘を手で潰し、ネットで捕らえる罠は力任せに引きちぎる。

 

 そうしてむきむきが造った道を悠々と歩き、めぐみんはさも自分の手柄であるかのように振る舞って、不敵に笑う。

 

「これが『漢探知』です」

 

「技もクソもねえ!」

「スキルですらない!」

「でも漢らしい!」

 

「全ての罠は僕の足で踏み潰していけばいぬわっー!?」

 

「あ、また落とし穴に落ちた」

 

 落とし穴に驚かされることだけは、どうやらどうにもならない様子。

 むきむきが罠を全滅させた道を、残りの六人がゆっくりと進み始めた。

 

「ただ、ちょっと面倒な話になってきましたね」

 

「面倒?」

 

「こんな"知性的な罠"、ただのモンスターが張るわけないでしょう」

 

「ああ、それは私も思ってた」

 

 めぐみんがひょいと拾ったトラバサミの残骸に、ゆんゆんがちょこんと触る。

 

「国に隠れてこんなことをしているのであれば、よほど後ろめたいことをしている人間か」

 

「……魔王軍?」

 

「この段階で断定はできませんが、想定はしておくべきでしょうね」

 

 この場所は、ドリスとアルカンレティアの間にある。

 王都にも近い。魔王軍が策略の拠点として用意する場所に選んでも、何ら不自然ではない。

 魔王軍と聞くと、めぐみんとゆんゆんの中の紅魔族の血が騒ぐ。

 紅魔族は魔王軍を倒すべく作られた命。血も騒ぐというものだ。

 

「むきむきー! 傾向的にパターンも見えてきましたー!

 そろそろ近くに落とし穴があると思いますよー!」

 

「え、本当に!? ……あった! ありがとめぐみん!」

 

「むきむきー! 水筒投げるよ、水分補給して! それっ!」

 

「ゆんゆん大暴投っ!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 筋肉少年は水分補給なども挟みつつ、目的地の施設目指して一直線に道を作っていく。

 テイラー達はその光景を見て、紅魔族というものを何やら盛大に誤解していた。

 

「紅魔族。全員が上級魔法を扱う、アークウィザードの種族……」

 

「でも実際は噂だけで、男は筋肉、女は魔法使いの種族だったとは……」

 

「男女で優秀な前衛後衛が揃うとか凄え戦闘民族だな」

 

 リーンがめぐみんとゆんゆんに話しかけたり、テイラーとキースが油断なく周囲を警戒する中。

 ダストは森の中に落ちていた好みの表紙のエロ本を発見し、河原に落ちているエロ本を拾って喜んでいた頃のことを思い出していた。

 

(お、エロ本発見)

 

 懐かしさとエロ根性で心動かされ、「へへっ」と鼻の下をこすり、ダストはそのエロ本をこっそり拾いに行く。

 

 そして、罠のチーズに誘き寄せられるネズミのように、罠にひっかかる。

 ダストはエロ本を掴んだ瞬間、その足を罠のロープに絡め取られ、逆さ吊りの形で一気に上方に引っ張り上げられてしまった。

 

「あべーっしっ!?」

 

「ちょっ、何やってんの!?」

 

「見ろ、ダストの手の中の本を! ……なんて狡猾な罠なんだ!」

 

「アホしかかからない罠を仕掛けるやつを、狡猾とは言わないと思う」

 

 むきむきが安全な道を作っていたのに、そこから外れてしまえばこうもなる。

 テイラーとキースは呆れ、むきむきは心配でおろおろし、女性陣はエロ本を強く握りしめるダストを心底軽蔑した目で見ていた。

 

「もう、本っ当に最低……!」

 

「いいかリーン。この表紙のおっぱいを見ろ。

 男は皆おっぱいに弱いんだ。胸が無いお前には分からないだろうがな」

 

「―――」

 

 リーンの瞳に殺意が宿る。

 キースはダストの気持ちが分からないでもないのか、弓に矢を(つが)えて、ダストを逆さ吊りにするロープに照準を合わせた。

 

「待ってろダスト、今ロープを切ってやる」

 

「キース、もっと下を狙って」

 

「もっと下? 足に当たっちまうぞ、リーン」

 

「もうちょっと下、そう、そこでストップ」

 

「ここを狙えと……なるほど、股間か」

 

「一生使用不能にしておいて」

 

「オーケー、承知した」

 

「承知すんなキース! おいバカやめろ!」

 

 テイラーが深く溜め息を吐く。

 何故こんな問題児をパーティに入れているのだろうか。

 短い付き合いでは分からないような因縁や、強さや、いいところがあるのかもしれない。

 むきむき達には、今のところ悪い点しか見えていなかったが。

 

「むきむき、ポケットに入れてる小石いくつかください。今が投げ当てるチャンスですよ」

 

「めぐみんってああいう人種には本当容赦も遠慮もないよね」

 

「むきむき君、あたしにもいくつかちょうだい」

 

「……あ、リーンさんもだった」

 

 ダストはバストで女性をからかう。ゆえに貧乳、殺意を抱く。そんな必然の流れ。

 ダストが最強の巨乳要塞バストロイヤーとして敬意を払うのは、それこそ始まりの街の貧乏店主くらいのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダストはしばらくリーンとめぐみんに石を投げられていたが、逆さ吊りのままぶらんぶらん左右に揺れてそれらを回避。

 やがてその勢いを利用し、槍を突くように剣を突き出してロープを切り、ロープの拘束から脱出。猫のように着地していた。

 おお、とむきむきはちょっと感心する。

 他の皆は気に留めてもいなかったが、今の動きは破れかぶれの突きのように見えて、その実かなり無駄のない力の使い方がされていた。

 

 昔は別の武器を使ってたのかも、とむきむきは推測する。

 

 この世界では、中国拳法のように槍の修練が拳法の修練に繋がり、拳法の修練が槍の修練に繋がるということがあまりない。

 片手剣修練スキルが高くても、大剣を上手く扱えるわけではない。

 大剣修練スキルが高くても、片手剣を上手く扱えるわけではない。

 これまで使ってきた種類の武器を使わないと、スキルの補整がかからない。

 武器を持ち替えただけでガクンと弱くなる、ということがありえるのだ。

 

 ステータスは流石に据え置きだが、それでもステータスによっては、職業変更で熟練者が新人並みに脆い戦士になることもあるだろう。

 見る人が見れば、ダストの動きには時折妙なものが垣間見える。

 ダストという人物は、少しよく分からない人物だった。

 

「皆、止まれ」

 

 テイラーが手で制し、よく通る声で皆の動きを止める。

 普段からリーダーとしての努めを果たしているからか、彼の声は人を率いる者特有の響きがあり、彼の仲間でない紅魔族の者達の動きも止める。

 

「あれは……」

 

「あったわね、施設。と、いうか、これはもう……」

 

「城だな。小さな城だ」

 

 背の高い木々に隠された、小さな城。

 日本の建物で例えるならば、五階建ての小学校くらいはありそうだ。

 こんなものをこっそり建築しているなど、尋常ではない。

 テイラーの心情は、かなり撤退の方に傾いていた。

 

「念の為聞いておく。

 俺は、危険性が高いようならさっさとケツまくって逃げるべきだと考える。

 だが、あれがなんなのかここで調べておくべきだとも考えている。異論はあるか?」

 

 テイラーの提案に、異論を述べる者は居ない。

 まだ城までは距離がある。城が大きいために、そこそこの距離からでも目視できたのだ。

 この距離なら、まだ作戦を練る余地がある。

 

「乗り込むならめぐみんだけは置いていってもいいんじゃない? できること少ないもの」

 

「狭い場所ではあなたも私と大差ないでしょう。

 上級魔法だって、狭い部屋や狭い廊下で使えるものでは……」

 

「いつまでも小技を覚えない私だと思った?

 前から貯めてたポイントで、こっそり新しい魔法を覚えていたのよ!」

 

「へー」

 

「どんな魔法か聞きたい? 教えてください、って頼めば、教えてあげてもいいわよ?」

 

「いや別に。私がゆんゆんに興味を持つとでも思ったんですか?」

 

「!? う、嘘よね? 本当は気になってるけど、強がってるだけよね?」

 

「爆裂魔法以外に覚える価値のある魔法なんてありませんよ」

 

「……っ……ッ……!!」

 

「どうどう」

 

 めぐみんとゆんゆんがいつものようにおっぱじめようとしてむきむきが止めたり。

 

「ゆんゆんはできる子だから大丈夫。

 ゆんゆんが頑張っても報われないなら、それはきっと世間が悪いんだよ」

 

「アクシズ教徒みたいな励まし方しないでっ!

 あなたが他人から学ぶ人だってことは知ってるけど!

 できればそれは、それだけは! 学ばないで欲しかった!」

 

 めぐみんにすげなくされてしょんぼりしたゆんゆんをむきむきが慰めたり。

 

「こういうのはどうでしょうか。まず僕が殴り込む。敵が出てきたら僕が殴る。

 敵が居なければそのまま探索、敵が居たら全滅させてから探索すれば……」

 

「バカ丸出しの作戦は作戦とは言わんぞ、このバカタレ」

 

 ゆんゆんに色々言われてしょんぼりしたむきむきが名誉挽回しようと献策して、テイラーに小突かれたり。

 

「へえ、そっちの魔法学校だと、そういう風に教えてるんだ。

 あたしの方の学校だと、前衛との連携を最優先に考えろって教わったなあ」

 

「紅魔族は上級魔法の習得が基本、ほぼ全員後衛が前提ですからね。

 私達の学校での教育内容が、後衛との連携を前提としているのも当然です」

 

「めぐみんはともかく、私とリーンさんはこう射線を通す感じで……」

 

 魔法使い達が、魔法の使用に関して認識と意識のすり合わせをしたり。

 

「よし、決まりだな。今日はまず、軽い偵察から始めよう」

 

 あーだこーだと話し合って、最後にテイラーが話をまとめた。

 

「キース、ダスト。いつもの偵察を頼む」

 

「おう」

「はいよ」

 

「っと、むきむき達には説明が必要か。

 偵察に向いてる冒険者ってのは大体盗賊だ。

 だがまあ、他の職でも偵察ができないわけでもない。だろう? キース」

 

「ああ。俺はアーチャー。

 アーチャーの十八番と言えば暗視と遠視の千里眼だ。

 背の高い木が作る暗い森の中でも、遠くまで見通せる。

 こいつで慎重に周りを見渡しながら、城の周りを見てこようってことさ」

 

「で、身軽な剣士の俺がキースの護衛ってわけだ」

 

「おお、なるほど」

 

 弓兵と剣士。重い鎧の聖騎士や、身体能力が低い魔法使いよりは足が速いに違いない。

 欲しい職業の人間を仲間に加えられるとは限らない冒険者が、今居る人間でどうにかしようとすると、こういう風にパーティごとのセオリーが出来たりするのだろう。

 

「ああ、待てテイラー。そこの筋肉マン連れてっていいか?」

 

「え?」

 

 なのだが。

 ダストがいきなりそのセオリーを外すことを言い出して、少年は突然のことに目を丸くした。

 

「どうした突然。体がデカいと多少なりと目立つぞ」

 

「わーってるよ。ただなんつーか、嫌な予感がするんだ」

 

「……あー。お前の嫌な予感はちょくちょく当たるからなあ」

 

 ダストの勘は当たる、らしい。

 テイラーの反応を見るに、それは超能力や未来予知めいたものではない。

 それこそよくある、"優秀な武人は勘がいい"といったものと、大差ないものであるようだ。

 

 むきむきはほんの少しだけ、ダストがこのパーティに必要とされている理由を見た気がした。

 

「悪いなむきむき。偵察、頼めるか?」

 

「分かりました。キースさんの指示に従っておけばいいんですよね?」

 

「そうだ。お前は素直でいいな」

 

「自然にスルーされてんな、ダスト」

「うっせ!」

 

 とりあえず偵察のメンバー三人は確定。残りはこの場で待機となる。

 

「うう、ポイント取っておいて姿を隠す魔法(ライト・オブ・リフレクション)覚えておけばよかった……」

 

「ゆんゆん、そんな落ち込まなくても」

 

「いいですかむきむき。

 盛り上がる物語のクライマックスを教えてあげます。

 爆発する城、崩れる部屋、燃え上がる廊下を走っての脱出です。……期待してますよ」

 

「めぐみん、そんな盛り上がらなくても」

 

 まだ何も始まっていないのに落ち込む少女、期待で盛り上がる少女。

 二人に見送られ、むきむきは初めての偵察ミッションを開始した。

 

 

 

 

 

 歩き始めてから数分後。

 

「止まれ。戦闘準備を」

 

 キースの指示で二人は止まり、戦闘態勢に入る。

 弓が向けられた方向をむきむきも凝視してみると、遠くの木々の合間を歩く、二体のゾンビの姿が見えた。

 

「まっすぐこっちに向かって来ますね」

 

「アンデッドは生命力を見ているからな。薄暗い場所は奴らの天下さ」

 

 エリスの偽乳をひと目で見抜くむきむきの視力を、本職の千里眼持ちのキースは軽々と凌駕している。

 その視力たるや、団長の手刀を見逃さない人さえも凌駕する。

 暗闇でラッキースケベを演出することも、夜に遠くから女性の部屋の着替えを覗くことも容易だ。

 スケベ心を持つ人間には、決して習得させてはならないスキルであった。

 

「あれは……ウェスカートロっていうゾンビだな」

 

「ウェスカートロ?」

 

「生者の肉を喰らい、体内で毒の糞に錬成。それを掴んで投げて攻撃してくるゾンビだ」

 

「とんだクソ野郎ですね……戦いたくない系の」

 

「そう言うな。力貸してくれ、後輩」

 

 キースがふざけた感じにそう言って、むきむきは一瞬キョトンとし、すぐさま力強い笑みを見せる。

 

「はい、キース先輩」

 

 ゾンビが一定の距離まで近付いた、その時。

 

「狙撃」

 

 キースの弓矢が放たれた。

 その発射と同時に、申し合わせていたかのように、むきむきとダストが同時に飛び出して行く。

 キースの一射目は、右のゾンビの足の甲を貫通し、その足を地面に縫い止めた。

 

「狙撃」

 

 むきむきの豪腕が唸り、右のゾンビの胴と頭を何かされる前に吹き飛ばす。

 直後、キースの狙撃が左のゾンビの足の甲を狙撃で縫い止めた。狙撃スキルの命中率は、器用度と幸運値に依存する。器用度が高いキースが、普段から愛用しているスキルであった。

 

「もらったぁ!」

 

 左のゾンビにダストが斬りかかる。

 ダストの斬撃はゾンビの首を切り飛ばし……ゾンビはそのまま、毒の糞まみれの手でダストに掴みかかってきた。

 

「!?」

 

 このままではダストがダスカトロになってしまう、と思われた瞬間。

 キースの第三射がゾンビの腕を射抜いて、その一瞬でむきむきが接近。ミドルキックでゾンビの胴体を粉砕し、ダストを助け出していた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ……悪い、助かった。なんだこいつ? 死ににくさが異常だったな」

 

「レベルが高い個体……ってわけでもなさそうだ。噂の改造モンスターってやつか?」

 

「気を付けて進みましょう。なんとなく、ここにこの個体が居たのも偶然じゃない気がします」

 

 先程よりも数倍気を付けるようにして、男三人は進んでいく。

 誰も口にはしていなかったが、"あと少し探索したら戻るよう提案してみよう"と、三人それぞれが同様に考えていた。

 

(アーチャー。魔法使いじゃない後衛かぁ)

 

 魔法使いじゃない後衛の仲間。

 その仲間との共闘。

 むきむきはちょっとだけ新鮮で、心強い気分になっている。

 

 今まで仲間になったこともないような者達との共闘も、知らない職業の者に背中を預けその強さを知ることも、この世界を旅する醍醐味の一つであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城のような施設の外を徘徊しているゾンビは放流されたものである。

 いくら倒されようが、施設内部の者がそれに気付くことはない。

 この施設の中で自由に動いている者は、今は二人しか居なかった。

 

「あー侵入者でも来ませんかねー」

 

「真面目にやれ」

 

「ボクは実験材料が欲しいんですよ、ブルー」

 

「知ったことか。儂はお前のマッド趣味に付き合うつもりはないぞ、ピンク」

 

 あまりにも美しすぎる、それこそ神のような美しさを持つ金髪の青年。

 杖とローブを身に着けたその男は、ブルーと呼ばれていた。

 小柄だが全体的にスタイルが良く、中学生か高校生の女子に魅力的な成人女性のパーツをくっつけたかのような蠱惑的な女性。

 眼鏡と白衣を身に着けたその女は、ピンクと言われていた。

 

「女の子の服だけ溶かすスライムを生み出した人の発言とは思えませんね」

 

「……あれは若気の至りだからセーフ」

 

「生涯をかけて開発したとか聞きましたが」

 

「いや、せいぜい三十年だ。噂には尾ひれ背ひれが付くものであろう」

 

(三十年は普通に長い……)

 

 魔改造グリーンスライムの製作者。

 この世界の一部で男の英雄、もしくは女の敵と呼ばれた魔法使いは、今でも生き続けている。

 そして、今はこの施設に腰を据えていた。

 

「ああ、侵入者が来てくれたら、堂々と住居不法侵入罪で実験材料にしてあげるのに……」

 

「実験材料刑などあるわけがなかろう、たわけが」

 

「人間の体は実験するためにあるんですよ。

 ボクも生前、ストレスのあまりアナルにブラギガス入れてましたし」

 

「人間の体を玩具にするな」

 

「違いますよ、人間の体を玩具で遊んだんです」

 

「どこが違う、このド変態が!」

 

「あんなスライム生み出した人に言われたくありませんー」

 

 魔王軍幹部セレスディナ直属の配下、その一人として。

 

 

 




 パーティ組んでてある程度の信頼はあるはずなのに、リーンを待ち伏せして思い知らせてやるぜーとかやってるダストも、それを先読みしてダストに先制で魔法をぶち込むリーンも、ノリが好きなキャラです

 WEB版でサービスショットの提供+結果的にカズマさんPTのメンバー永久ロスト一歩手前まで彼らを追い詰めたりと大活躍だったグリーンスライムさんの、書籍大活躍を期待しております
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