赤紫の破滅
走って、走って
校長室の扉を開けて、廊下に転がり出る
廊下へ出た瞬間、玲王がネスに施してくれた結界は弾き消えた
「報告···!情報を伝えなきゃ!」
左右を見渡してみても、暗い廊下が続くばかりで、とっくに忍者の姿は見えない。
それでも、守られた自分に与えられた役割を果たすべく、ネスは地面を蹴って走り出した
「忍者の人!どこですか!」
声を張り上げて、走る
そんな事をすれば当然、怪異共の格好の獲物となってしまう
"ぎ、きききぃ·····"
"オレノ···オレノ、モノ··········"
暗がりと物陰が蠢いた
ドロドロとしたスライム状の怪異やでっぷりと腹の出たオッサン型の怪異、その他様々な形状の怪異が、不快な奇声を上げてネスへと集っていく
『なうまくさまんだばざらだんかん!』
ゴォっ!!
怪異共によって重苦しく淀んだ空気
それを炎が一閃した
護符を掲げたネスは、灰となっていく怪異達を冷たく見やり、踏み付けながら進む
「雑魚に構ってる暇はねぇです」
ぐちゃ、と柔らかい感触を靴裏に確認し、飛び越えていけば良かったと思いながら、ネスは先を急いだ
「忍者の人!·····最悪イガグリでもいいです!返事を!」
走り続ける
たまに視界の端に映る見るも悍ましい陵辱は、思考の外に追いやりながら
叫んで走って
とうとう体力が底を尽きた
「はぁ·····はぁ·····クソ···どこに···」
真っ暗な外と廊下を隔てる窓。
そこに片手を置きながら、ネスは息を整える。これだけ走って見つからないなら、もう怪異に捕まってしまっているのかも知れない。
もしそうなら、ネス一人であの無の空間の主と戦う術を見つける必要がある
「カイザー、ごめんね·····助けるのにはもう少し時間がかかるみたいだ」
ぐいっ、と手の甲で汗を拭って、再び顔を上げる。
これ位の事で諦めたりはしない
ネスは必ず、この場所の何処かで生きているカイザーを安全な場所まで連れて行く
その為なら何だってやってやる
気合を入れ直した、その時
·····暗闇に何かがちらついて
ふと、窓の外を見た
光の無い空の下
きらりとひらめく金髪が揺れて
その後に、真白い大きな羽が
ゆっくりと、優雅に
羽ばたいた
「··········カイザー?」
思わず目を見開いて、それを注視する
美しい羽を生やし、空を飛んでいて
ヒトとかけ離れた姿をしているが
ネスが見間違う筈はない
カイザーが宙を舞っていた
天使そのものの容貌になっているカイザーは、ネスに気付かず飛び去ろうとしている
ネスは咄嗟に窓を開けて、空へと叫ぶ
「カイザー·····!カイザー!ここだよ!」
ふわり、ふわり
羽ばたく彼が、チラリとこちらを見た
「ずっと探してたんだ!やっと見つけた···もう離れないから。こっちに!」
空を飛ぶ己の共犯者に、両の腕を広げる
再会出来た。それが全てで
ネスはカイザーの異変になど意識が向かなかった
ネスを視界に捉えたカイザーは、片腕をネスの方へ振る。
何かを投げ渡されたネスは咄嗟に、飛んできた小さな球体を受け止めた
「··········種?」
ネスがそれを受け取ったと確認すると、天使となったカイザーはもうネスへの興味を失ったようで、ふっと顔をそらして何処かへと飛んでいく
「·····っ!待って!待ってよ!」
ひらり
ふわり
軽やかに飛んでいくカイザーは、あっという間に視界の枠外へと消え去ってしまった
渡された種をぎゅうと胸に抱き、ネスは力なく膝をつく
「どう、して·····」
せっかくまた逢えたのに
種だけ残して、彼は去ってしまった
じわじわと、絶望が心を占めていく
「よぉネス、探したぜ」
薄暗い廊下に光が差した
いきなり明るくなった周囲と、聞き覚えのある声に驚いて、ネスはパッと顔を上げる
「な、なんでここに·····!?」
「なんでって···そりゃ、お前を迎えに来たに決まってんだろ」
そこに居たのは、玲王だった
校長室に入る前となんら変わらない笑顔で、ネスへと片手を上げている
「無事だったんですか!?」
「ああ。見りゃ分かんだろ」
「そっか····勝ったんですね、部屋の主に!」
置いて行かれた寂しさに打ちひしがれていたネスだったが、知り合いの無事を知って、その顔に明るさが戻った
玲王はニコニコと笑顔を浮かべながら、ネスへと歩み寄っていく
嬉しさ故の、ネスの幻覚だろうか
玲王の周囲だけ、廊下が明るくなっているような気がする
「それでな、校長室の中に素晴らしいものがあるから、ネスを連れて行きたいんだ」
「あ·····!そうだ、校長室!そこに行けば助かるんですか?」
「うん。その通り。あそこへ行けば皆救われる。絶対に」
玲王の答えに、希望が芽生える
そこにカイザーを連れて行けば、きっとカイザーは元に戻るはずだ
立ち上がって、ネスも玲王へと駆け寄る
「すぐ行きましょう!僕、そこに連れて行きたい人が居るんです」
「分かってる。行こう·····ん?」
ネスの言葉に頷く玲王
並んで歩きだそうとした時、玲王がネスの持っている種に気が付いた
「それ、どうしたんだ」
「ああこれは····カイザーが、僕に」
正体の分からない種。だけどカイザーに貰ったものだから、ネスにとっては大事な種だ。
小さな種を大切に抱えるネスと、種をじっと見て、玲王はネスに手を伸ばした
「それ、貸してくれるか?」
「え、嫌ですけど」
「食ったりしねぇから」
「えぇ·····ちょっとだけですよ」
玲王の頼みに渋々頷き、ネスは持っていた種を玲王へと手渡す。
玲王は、種をじっと見つめて、呟いた
「そっか、カイザーがネスにコレを·····じゃあ俺が手を出すまでもないかな」
そう言って微笑んだ玲王は、とても優しい表情をしていた。
一方、玲王が何を言っているのか分からないネスは、首を傾げる
「どういう意味ですか?」
「んー···見て貰うのが早いかも」
玲王は手のひらに乗せた種を口元へ持っていき、ふう、と息を吹きかけた
一拍おいて
パキ、と種が割れる
そして、種から芽が伸び、蔦が生え、みるみるうちに大きくなり。
種は、触手のような無数の蔦から粘液を分泌している、毒々しい色の花を咲かせた植物へと成長した
植物をそっと地面に置いた玲王。
玲王へと、植物は触手型の蔦を伸ばす
「ごめんな、俺はもう身を捧げた御方がいらっしゃるから、お前とは遊んでやれない」
ねとりとした粘液を垂らす触手に、人差し指をつん、と当てながら、玲王は申し訳無さそうにそう言う。
そして、玲王はネスを振り返った
「アイツがお前の遊び相手だよ。丁寧に、救ってやってくれ」
その言葉と同時に、植物がネスへと絡み付く。目の前の光景に呆気にとられ、立ち竦んでいたネスは、抵抗する間もなく植物に囚われてしまった
「な···っ!どういうつもりですか!?」
ずりゅずりゅと身体を這いずり回る蔦。分泌する粘液は強い媚薬であり、ネスはたった今それを身体に擦り込まれている最中なのだが、そんな事は露知らず、玲王へ向かって叫ぶ。
怒鳴られた玲王は、笑顔を崩さずにネスへと語った
「あの部屋の中で、あの御方と出逢って、俺は救って貰った。その御方に任せられた使命を、俺は遂行しなくちゃならないし、遂行したいんだ」
「はぁ!?何言って·····」
「必ず皆を救ってみせる」
ネスの動揺と怒りには一切反応せず、ただ穏やかな表情で、玲王は胸へ手を当てた
瞬間
玲王の背後に光の輪が浮かび上がる
煌々と周囲を照らす玲王を見て、ネスはやっと、玲王がかつての玲王でないことを悟った
「···校長室の中で、何があったんですか」
「それは、あの御方と俺だけの秘密だ」
何か愛おしいものを思うように、ふんわりと微笑んだ玲王は、蔦に縛られたネスへと近寄る。
そして、ネスが持っていた護符を、玲王は全て奪い取った。
玲王が触れた途端に、護符は燃えて灰になっていく
「こんなもの残しておいたら、あの御方がヤキモチ焼いちゃうからな」
くすくすと笑った後、玲王はネスへ、バイバイ、と手を振った
踵を返し、玲王は去っていく
身体中を這い回る蔦に身悶えながら、ネスは最後に残ったかすかな希望すら潰える音を聞いた