荒廃した街。湧く呪霊たち。
ぴちゃり──足下に広がる赤黒い水溜り。取り残され逃げ遅れた人の痕。
拳が裂けた。爪が割れた。骨が軋んだ。
止まることはできない。俺には動き続けなければならない義務がある。この心臓が止まっても。
「悠仁、少し休め」
そう言って両目を手で覆われた。じんわり感じる手の熱。
ああ、これは人だ。人の体温だ。やっぱりこいつは人だ。こいつの弟達もだ。
「…死ねよ俺」
「死ぬな悠仁」
目を覆う手に力が入る。泣きたくなった。俺に泣く資格なんてないのに。
「生きてくれ、悠仁」
呪いだ。
そうやってお前は俺を呪うから、
俺は死ねない。
✻✻✻✻✻
「脹相ぉー」
「どうした、悠仁?」
「疲れた。キスしていい?」
「ああ、いいぞ」、そう言ってこちらに顔を向ける薄い唇に、ちゅ、と軽いキスをした。
そのまま、ソファに腰掛けるこいつの膝に頭を預けて、ゴロンと寝転んだ。硬い膝枕だ。決して寝心地がいいとは言えない。
「百斂マジむずい。練習し過ぎて手の平ジンジンする」
「悠仁は頑張り屋さんだな。大丈夫だ。すぐ出来るようになるさ」
「今は箸握るのさえ無理そう」
「それは大変だ。少し休むといい」
フッ、と目元を綻ばせると、肉厚の大きな手が俺の目を覆った。真っ暗な視界の中、じんわりとした心地よい温かさに目を瞑ると、微かな眠気が誘ってくる。
静かだ。無駄な音を出すものがないこの部屋は、時を刻む秒針の音だけがやけに響く。
「悠仁はまだ死にたいのか?」
うとうと、と微睡んでいると男は言った。
そういえば、あの時もこうして目に手を当てて休ませてくれたな、と思い出す。
きっとこの男も同じことを思い出したのだろう。
「んー、死にたくないと言ったら嘘になるけど、」
すり、と自分の腹を撫でる。ここにいる。
「こいつらを死なせたくない」
声なんて聞こえないけど、確かにここにいる。お前の大切な者たち。
──『オマエの中で生きられるのなら』──
お前の大切な者たちを飲み込んだあの日、お前は言った。慈愛に満ちた優しい笑顔で。
亡骸は俺の中で再び生を受けた。六体の新しい魂が俺の中にある。この体は俺だけのものじゃなくなった。
「お前を一人にさせたくない」
俺の中で生きるこいつらはそう願ってる。
「だから、お前と一緒に生きたい」
そして、俺も。
俺が抱えた罪の重さに許されないとしても、俺はこの男と進む未来を欲している。例えそこが仄暗い場所でも、光当たらなくても、この男となら生きていける。
「……?脹相?」
ふと、目を覆う男の声が聞こえない事に気付いた。
不思議に思って名を呼ぶと、目を覆う手が微かに震え、ずびっ、と鼻を啜る音が聞こえた。
思わず瞼を上げたが大きな手で覆われた視界は、目を開ける前と変わらず闇だった。
「……俺も悠仁と生ぎ、だぃ"」
段々と震えていく声に、思わず笑いそうになる。
暗闇の中、体の線を辿りながら頬に手を置いた。手のひらで濡れた頬を拭っていると、また大きく、ずびっ、と鼻を鳴らした。
「…うん、生きよ」
────みんな一緒に
声なんて聞こえない。でも感じるんだ。
──生きたい
──生きたい
────お兄ちゃんと生きたい
─────みんなで生きたい
──『……俺も悠仁と生ぎ、だぃ"』──
呪いだ。
そうやってお前たちは俺を呪うから、
俺は生きたい。