いしだあゆみという女優がいます。
この人は、映画、ドラマ、歌謡曲で大活躍した昭和の才女です。
いしだあゆみの出自と経歴をたどります。
4人姉妹の次女として長崎県佐世保市で生まれた。
5歳からフィギュアスケートを始め、選手として活躍。
児童劇団でも活動し、「ともだち劇場」で泉田行夫の指導を受ける。
1961年、梅田コマ劇場で初舞台を踏む。
1962年、中学生で上京していずみたくに師事。
同年4月20日、ソノブックス社よりソノシートで『夢みる恋(原題:Walkin' Back To Happiness)』を石田 良子でリリースし、その後も本名名義でソノシートを何枚かリリースした。
1964年4月にいしだ あゆみに改名し、日本ビクターから『ネェ、聞いてよママ』でアイドル歌手としてデビューした。
同年から翌1965年にかけては『七人の孫』に森繁久彌の孫役で出演し、一気に知名度をアップさせた。
その後も、劇団出身の演技力を活かして歌手と女優の二足のわらじで芸能活動を展開する。
芸名について、永六輔は自著『芸人その世界』で「名づけ親ということになっているのは『いしだあゆみ』……」と述べているが、永は自身が芸名の名付け親か否かについては明記せずぼかしている。
いしだ自身は「あゆみ」の芸名について、永がラジオパーソナリティを務める『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』のゲストコーナー「乙女探検隊が行く〜関東新地図」に出演した際に「お世話になった方の娘さんの名前からいただいた」と述べ、永が名付け親という説を否定している。
デビューから4年間は23枚のシングルを発表したものの、歌手としては大きなヒット曲に恵まれず、歌手活動に専念しイメージチェンジを図るため、1968年6月に日本コロムビアへ移籍。
同年12月に発売したシングル『ブルー・ライト・ヨコハマ』が翌1969年初頭から大ヒットし、同年2月10日にはオリコンチャート週間1位にランクイン。
累計150万枚を超える売上を記録するミリオンセラーとなった。
同年の年間チャート第3位にもランクインし、歌手・いしだあゆみのイメージを確立した。
いしだは同年末の『第20回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たし「ブルー・ライト・ヨコハマ」を歌唱。紅白歌合戦では他にも1973年の第24回、1993年の第44回と、合計3回歌唱している。
作曲を手がけた筒美京平にとっても、自身が手掛けた楽曲で初のオリコン週間1位を獲得し、筒美は本楽曲で第11回日本レコード大賞作曲賞を受賞した。「ブルー・ライト・ヨコハマ」はいしだの代表曲となっただけでなく、筒美京平の出世曲ともなった。
また横浜のご当地ソングとして長く歌い継がれ、市民に愛される楽曲となり、多くの歌手によってカバーされている。
その後も、1970年の『あなたならどうする』がオリコン最高2位、1971年の『砂漠のような東京で』がオリコン最高3位にランクインするなどヒットを飛ばし、紅白歌合戦には通算10回出場している。
1973年公開の映画『日本沈没』(原作:小松左京)で演技力が高く評価され、1977年には『青春の門 自立編』で報知映画賞助演女優賞を受賞。
1981年の映画『駅 STATION』では高倉健の妻を演じた。
1982年の『野獣刑事』ではヌードが話題となり、『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』との両作品で第6回日本アカデミー賞主演女優賞を受賞した。
1986年の『火宅の人』では報知映画賞とブルーリボン賞、第10回日本アカデミー賞主演女優賞などを受賞。
同年の映画『時計 Adieu l'Hiver』では経験を活かしてフィギュアスケートのコーチを演じた。
テレビドラマでも、1977年『祭ばやしが聞こえる』(日本テレビ系)、1979年『阿修羅のごとく』(NHK総合)1981年『北の国から』(フジテレビ系)、1983年『金曜日の妻たちへ』などに出演。
実力派女優としての地位を確立し、歌手より女優としての活動が主力となっていく。
たびたび倉本聰脚本作品に起用されていた。
(『北の国から』)
1979年、所属していた渡辺プロダクションから分社化したイザワオフィスへ移籍した。
歌手活動としては、荒井由実のデビューアルバム『ひこうき雲』などのプロデュースを手掛けていたティン・パン・アレーと共同制作したアルバム『アワー・コネクション (Our Connection) 』を「いしだあゆみ & ティン・パン・アレイ・ファミリー」名義でリリース、当時全盛期だったニューミュージックのテイストを取り入れた都会的なサウンドで繊細な歌声を聴かせた。
さらに1981年には、松任谷由実や岩谷時子が作詞を、フュージョンバンドPARACHUTEのメンバーが演奏を担当した、セルフタイトルのアルバム『いしだあゆみ』を発表、歌手としても新境地を拓いた。
これらのアルバムはシティ・ポップブームの中で再評価され、2013年に『Our Connection 』が紙ジャケットのリマスター盤で再発売、2017年には『いしだあゆみ』が初CD化され、隠れた名盤としてファンに愛されている。
1986年には渡哲也とのデュエットシングル『わかれ道』を発表、同年12月11日放送の『ザ・ベストテン』の「今週のスポットライト」コーナーに出演した。
1989年上半期のNHK連続テレビ小説『青春家族』のヒロインを清水美砂とともに務め、放送時点41歳で当時としてはヒロイン史上最年長だった。
2003年下半期の連続テレビ小説『てるてる家族』(原作:なかにし礼)で上原多香子が演じた岩田夏子はいしだがモデルで、自らもクラブ歌手役として出演した。
歌手としては長く新曲の発表がなかったが、2008年1月に『ラジオ深夜便』のコーナー「深夜便のうた」の1曲として久々の新曲「オアシス」を発表(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童)。同番組で同年3月まで流された。
「オアシス」はNHKサービスセンターが刊行している『ラジオ深夜便年鑑2008』の付属CDと「深夜便のうた」のオムニバスCDで聴くことができるのみである。
2019年度にテレビ朝日系列で放送されたテレビドラマ『やすらぎの刻〜道』に出演した。
プライベートでは、テレビドラマ『祭ばやしが聞こえる』で共演した萩原健一と1980年に結婚したが、1984年に離婚した。
その後は独身を続けている。
2019年3月26日の萩原健一の死去にあたっては「ご冥福をお祈りします」との追悼コメントを発表している。
2020年には文化庁長官表彰、2021年には旭日小綬章受賞。旭日小綬章受賞にあたっては「身に余る光栄でございます」とコメントしている。
いしだあゆみの出演映画は以下の通り:
- 喜劇 駅前音頭(1964年) - ゆかり 役
- 若い野ばら(1965年) - 成沢美岐 役
- われら劣等生(1965年) - 谷村みち子 役
- ぜったい多数(1965年) - 女リーダー 役
- 千曲川絶唱(1967年) - 美子 役
- 続・何処へ(1967年) - 西郷梅子 役
- 颱風とざくろ(1967年) - 坂本けい子 役
- クレージーの大爆発(1969年) - ロケ撮影の歌手 役
- 日本沈没(1973年) - 阿部玲子 役
- 青春の門 自立編(1977年) - カオル 役
- 闇の狩人(1979年) - おりは(荻野)役
- 遠い明日(1979年) - 馬場順子 役
- 駅 STATION(1981年) - 三上直子 役
- 男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋(1982年) - かがり 役
- 野獣刑事(1982年) - 山根恵子 役
- 迷走地図(1983年) - 外浦節子 役
- 積木くずし(1983年) - 穂波美知江 役
- 夜叉(1985年) - 冬子 役
- 火宅の人(1986年) - ヨリ子 役
- 時計 Adieu l'Hiver(1986年) - 早見令子 役
- 海へ 〜See you〜(1988年) - ケイ 役
- アナザー・ウェイ ―D機関情報― (1988年) - 日下佳子 役
- マンハッタン・キス(1992年) - 野沢春子 役
- 学校II(1996年) - 北川玲子 役
- 流れ板七人(1997年) - 稲村きぬ 役
- プライド・運命の瞬間(1998年) - 東條かつ子 役
- 長崎ぶらぶら節(2000年) - 古賀艶子 役
- 化粧師 KEWAISHI(2002年) - 三津森鶴子 役
- 姑獲鳥の夏(2005年) - 久遠寺菊乃 役
- 天国は待ってくれる(2007年) - 中野春子 役
- ホームレス中学生(2008年) - 西村スミ子 役
- なくもんか(2009年) - 山岸安江 役
- これでいいのだ!!映画★赤塚不二夫(2011年) - 赤塚ヨリ 役
- エクレール・お菓子放浪記(2011年) - 野田フサノ 役
- 円卓 こっこ、ひと夏のイマジン(2014年) - 紙子 役
これから、いしだあゆみの出演映画についてひとつずつレビューしてゆきます。
お楽しみに!