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Science Report
サイエンス リポート

「ギガキャスト」が自動車業界に大変革を巻き起こす理由

文/伊藤 元昭
2024.08.07
「ギガキャスト」が自動車業界に大変革を巻き起こす理由

「百年に一度」と称される大変革の中にあるという自動車業界――そこではCASEすなわち「コネクテッド(Connected)」「自動化(Autonomous)」「シェアリング&サービス(Sharing & Service)」「電動化(Electric)」4軸に沿った技術体系とビジネスの再構築が進められているいずれもより安全で社会価値の高い移動手段を実現しながらカーボンニュートラル達成に向けた要請に応えるためには不可避な取り組みだCASEには多くの自動車関連企業にとって未知・未経験のチャレンジとなる要素が多く含まれているいわばクルマという商品と自動車ビジネスのあり方を再定義するWhat to make(何を作るか)」に関する大変革だところが現在これまで技術と実業の経験を蓄積してきたものづくりの領域においてもCASEとは別の切り口からの大変革に直面しているそれは「ギガキャスト」と呼ぶ自動車のボディーの生産手法を根本的に変えてしまうHow to make(どう作るか)に関する技術革新である(図1

ギガキャストとは

ギガキャスト(ギガキャスティングと呼ばれる場合もある)とは高圧で型締めした大型の精密鋳型に高速・高圧で溶融したアルミニウムを注入しこれまで数十~数百点の個別部品を組み合わせて作っていたボディーなどの超大型部品を1工程で一括成形する鋳造技術のことだ

ボディーなどの車体を生産する工程での大変革「ギガキャスト」
[図1]ボディーなどの車体を生産する工程での大変革「ギガキャスト」
ギガキャストで一体成型する大型部品(左)Teslaの工場でのギガキャスティング工程の様子(右)
出典:Tesla
https://service.tesla.com/docs/BodyRepair/Body_Repair_Procedures/Model_Y/HTML/en-us/GUID-3976F1AE-BE03-46AD-9926-BDF545406FA6.html
https://youtu.be/7-4yOx1CnXE?si=buOw6mFSiuxO_sra

ギガキャストはアメリカのTesla同社の電気自動車EV「モデルYのリアアンダー(後方下部)ボディーの量産に世界で初めて適用した技術であるそれまで他社が数十個の個別部品を組み合わせて作っていた大型部品を1工程で一括形成したことで自動車業界の注目を集めた

現在では次世代車のボディーやEV用電池ケースなどの大型部品を一括形成する技術として世界中の多くの自動車メーカーや部品のサプライヤーが量産適用を想定するようになった特に今や世界一のEV大国となった中国の自動車メーカーにおいて自動車の生産性を高めるためのキーテクノロジーとして積極導入されている

ギガキャスト導入のメリットとは

自動車の車体の量産にギガキャストを適用することによってどのようなメリットが得られるのだろうか

まず大量の個別部品を溶接などで組み合わせる工程が不要になるこの工程は複雑で組み立てに相応の時間を要し加えてその作業には溶接ロボットなど高価な設備を大量に用いる必要があるこうした工程が不要になれば生産効率の向上および生産コストの削減が期待できる工場自体も小さく単純にできる可能性がある

さらに大型部品を一体成形できれば車体の強度や剛性を高めることもできる構造の単純化や複数の個別部品を溶接する際に必要だったノリ代のような領域を最少化できるため軽量化も可能になる

ギガキャストは何が革新的なのか

超大型部品を一括成形するというギガキャストのコンセプトは単純明快だしかし自動車産業の関係者以外から見ればギガキャストの何が革新的なのかインパクトが今ひとつピンとこない人もいるかもしれないそこを少し深掘りしてみたい

これまでの自動車産業は3万点と言われる自動車のシステム全体を構成する大量の部品をいかに上手に作って効率的に組み立てるかという点にフォーカスして発展してきた工作機械を進化させたり多様な部品の開発・生産を専門的知見を持つ企業に分散委託するサプライチェーンを構築したり出来上がった大量の部品を効率的に集め組み上げる生産技術や生産管理技術を開発・導入したり…個々の部品を精密かつ高信頼効率的に作り上げるためにさまざまな努力をしてきたこれらの変化はすべて大量の部品を扱うことを大前提として進められてきた取り組みであると言える

自動車の大量生産を可能にしてモータリゼーションの時代を拓いたT型フォード」の流れ作業や日本を自動車生産大国に押し上げる原動力となったいわゆる「トヨタ生産方式(TPS)」も同じ文脈に沿った生産技術の変革であるさらに現在多くの自動車メーカーが進めているデータを活用した生産管理・制御のスマート化や作業の自動化など「製造業DXによる生産性向上もこの観点からのアプローチに関しては同種の取り組みであることが多い

一方ギガキャストは自動車の生産効率を高めるという目的こそ同じだが大量の部品の扱いを前提としていない点が決定的に異なる生産性を向上させるために部品点数と生産工程数の削減を可能にするというこれまでとは根本的にアプローチが異なる生産性向上手段を適用できる点が画期的だ

ギガキャストはトランジスタからICへの進化に匹敵する大変革

複数部品の一体形成技術は、電子業界ではイノベーションを起こした
[図2]複数部品の一体形成技術は電子業界ではイノベーションを起こした
写真:AdobeStock

実は同様の生産性向上のアプローチの変革は過去の電子産業においても見られた(図2トランジスタなどの個別部品から複数素子を一括形成した集積回路ICへの進化による生産性向上である1950年代に登場したトランジスタラジオをはじめとして電子産業の黎明期の機器は個別の電子部品を寄せ集めて作っていたこれがICの発明以降電子回路の構成アプローチが一変1チップで一括形成できる回路はIC化されていったそしてその後の電子産業は「ムーアの法則」に沿った指数関数的な機器性能の向上と爆発的な市場拡大の時代に入ったパソコンもスマートフォンもこうした変革なしでは実現しなかっただろう自動車業界で起きているギガキャストによる生産技術の革新はそれと同種の変革であると言える

日本の強みが無効化されるゲームチェンジが起こる

ギガキャストは生産するのが電気自動車EVであろうとエンジン車であろうと自動車という工業製品を作る限り必ず正対しなければならない生産性向上を目的にした技術革新である対応するためには自動車の生産技術はもとより生産ラインの構成やそこに導入する装着・設備さらにはボディーの設計まで多面的な発想の転換が求められる可能性が高い

さらに日本の自動車産業にとって厄介な点はこれまで改善を繰り返して生産性を高め事業競争力の源泉となった強みが無効化される可能性があることだ言い換えれば自動車産業での生産性向上の取り組みにゲームチェンジが起きつつあるそして今のところ日本企業の多くは世界の新潮流であるギガキャストにおいては先行者を追いかける立場にある

ギガキャストの開発・実用化の過程ではTeslaの最高経営責任者CEOであるElon Musk氏が自社製のクルマの車体を構成する大型部品が複雑な工程で作られていることを問題視して「おもちゃのクルマのようにもっと簡単に作れないのか」と語ったことが技術開発と量産導入の発端となったという逸話が伝わっている自動車開発の経験が少ない中国企業はギガキャストの量産適用にすぐに追随した(図3一方多数の個別部品を組み合わせて大型部品を作るのが常識だった既存の自動車メーカーは当初は「クルマ作りとおもちゃ作りの違いがわからない素人の発想」とみなして同社や中国企業の動きを冷ややかに傍観していた

ギガキャストの導入で先行したTeslaと中国企業
[図3]ギガキャストの導入で先行したTeslaと中国企業
出典:TeslahXpeng

ところが実際に出来上がった車両の仕上がりの良さを目の当たりにして1社また1社と追随するようになったこれまでの生産技術では実現できない自社製自動車の市場競争力の毀損を想起させるほどの多様で大きなメリットが得られる可能性が感じられたからだ現在日本でもトヨタ自動車が2026日産自動車が2027年の量産適用を目指して技術開発を推し進めていることを公言している(図4ヨーロッパの多くの自動車メーカーも同様の動きを見せている当然だ百年後も自動車ビジネスを営んでいたいと思うのならば手中にしてリードすべき技術なのだから

トヨタ自動車によるギガキャストでの大型部品の試作例
[図4]トヨタ自動車によるギガキャストでの大型部品の試作例
出典:トヨタ自動車

自動車生産において設備と材料の新たな技術開発力が求められる

より多くの素子を集積した半導体チップを作るための技術開発では製造装置や材料の進化が大きな役割を果たしている同様にギガキャストの実用化と今後の進化では自動車生産向けの設備や材料の進化の重要性がこれまで以上に高まりそうだ

Teslaがギガキャストを適用したいと思った超大型部品を一括成形するためにはこれまでより大型でしかも大型金型を締めつける型締め力(クランプ圧と呼ぶ)6000tf(トンフォース1tf9.8kN(キロニュートン))以上と高圧な鋳造機(ダイカストマシン)が必要だったしかしそれ以前の鋳造機は最も高いものでも約4000tfが上限であり新たな技術開発が求められた

ギガキャストの実用化を目指していたTesla大型高圧の鋳造機を開発してくれる企業を求めて日本企業を含め世界中を探し回ったとされるそして結果的に開発に踏み切って実現したのはイタリアのIDRAだった長さ19.5m高さ5.3mクランプ圧が6000tfの鋳造機を実現し2020年にモデルYの量産向けに採用したこうした大型高圧の鋳造機はGiga Pressと呼ばれている(図5現在では日本のUBEマシナリーもギガプレスを開発自動車メーカーや自動車部品サプライヤーと共同で量産投入に向けた取り組みを進めている

IDRAのギガキャスト用鋳造機「Giga Press」
[図5IDRAのギガキャスト用鋳造機Giga Press
出典:IDRA

集積度が高まるほど半導体チップの価値が高まるようにギガキャストもより多くの部品を一括成形できるようにすることで生産性を高めることができるこのためギガプレスは大型化高圧化が進みより大きな部品の生産を可能にする方向へと進化が進む傾向がある

ギガキャスト用鋳造機もまたより大型で高圧力なものが求められる傾向である既に15000tfといった超高圧力の実現を求めるニーズも出てきているがそのための装置開発には技術的な高いハードルを超えなければならないその一方でその使い手である自動車メーカーの側でも強度・剛性・重量・生産性などの要求を満たしながら超大型部品を高品質に生産するための設計・生産・品質保証などの技術を同時に確立していく必要があるギガキャストでリードしているTesla3Dプリンターを使ったギガキャスト向け金型の試作を迅速化する技術などを確立し利用技術の蓄積を進めている

既存サプライヤーはビジネスモデルの変革が求められる

自動車メーカーに車体の開発・生産での変革を求めさらには鋳造機を作るメーカーや材料となるアルミ合金を供給する素材メーカーなどに新たな需要をもたらすギガキャストだが最も大胆かつ迅速な対応が求められているのは既存の自動車サプライチェーン上でビジネスをしている設備や部品・材料のサプライヤーではないか

自動車産業は裾野が広い産業だこれまで個別に開発・生産していた多くの部品を一括成型するのだから当然部品の生産に利用していた加工機などの装置の総数は少なくなるまた自動車メーカーが部品を外部調達していたのならサプライヤーの仕事がなくなる可能性があるさらにこれまでは多くの部品を組み合わせてボディーを作っていたためその反動から組み立て工程で利用していた多くの溶接機や産業ロボットの数も少なくなる可能性が高い

さらに自動車のボディーには多くの鋼板が材料として使われており鉄鋼メーカーにとっての大市場となっている元々自動車の軽量化を推し進めるために鋼板で作る部品をアルミ合金や樹脂に変える動きは顕在化していたギガキャストの利用拡大によって一気にアルミ合金材料に置き換わる可能性がある実際鉄鋼メーカー各社は危機感を持って対応策を模索し始めている

CASEトレンドに沿って次世代車へと進化してもボディーがなくなるわけではないためこれらのサプライヤーの役割が大きく変わることはないと思われていたしかしギガキャストは無風地帯を大嵐の状態へと一変させるギガキャストの適用が広がった先で形成される新たなサプライチェーンでの席取り競争が始まる可能性がある

Writer

伊藤 元昭(いとう もとあき)

株式会社エンライト 代表

富士通の技術者として3年間の半導体開発日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動日経BP社と三菱商事の合弁シンクタンクであるテクノアソシエーツのコンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動日経BP社 技術情報グループの広告部門の広告プロデューサとして4年間のマーケティング支援活動を経験

2014年に独立して株式会社エンライトを設立した同社では技術の価値を狙った相手に的確に伝えるための方法を考え実践する技術マーケティングに特化した支援サービスを技術系企業を中心に提供している

URL: http://www.enlight-inc.co.jp/

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