イスラエルがシリア各地で空爆と現地報道 化学兵器の研究施設も対象か
アレックス・ビンリー、BBCニュース
シリアのメディアによると、イスラエルの複数の戦闘機が9日、首都ダマスカスを含むシリア各地で数十回の攻撃を行った。
イギリスに拠点を置くNGO「シリア人権監視団(SOHR)」は、軍事目標に対して100回以上の攻撃があったと報告している。
地元メディアによると、化学兵器の製造に関与していると疑われる研究施設も攻撃された。
イスラエルは、シリアのアサド政権崩壊後、シリアの武器が「過激派の手に渡るのを防ぐ」ために行動していると述べている。
一方、国連安全保障理事会は9日、アサド氏失脚後のシリア情勢について協議するために会合を開いた。
SOHRによると、過去2日間でイスラエルによる空爆が数百回あった。これには、ダマスカスでイランの科学者がロケット開発を進めていたとされる施設も含まれている。
イスラエルの攻撃は、国連の化学兵器監視機関がシリア当局に対し、疑わしい化学兵器の備蓄が安全であることを確認するよう警告している中で行われている。
シリアと化学兵器
化学兵器禁止機関(OPCW)によると、化学兵器とは、毒性によって死その他の害を引き起こす化学物質を指す。
化学兵器の使用は、明確な軍事標的の有無に関わらず国際人道法で禁止されている。これは化学兵器がその特性上、無差別なもので、不必要な負傷や苦しみを与えるよう設計されているため。
シリアがどこにどれだけの化学兵器を保有しているかは不明だが、アサド前大統領が備蓄していたと考えられている。また、化学兵器に関する前大統領による申告は不完全だったとみられている。
シリアは2013年にOPCWの化学兵器禁止条約(CWC)に署名した。これは、ダマスカスの郊外で神経ガス「サリン」を使用した化学兵器攻撃が行われ、1400人以上が死亡した1カ月後だった。
犠牲者が苦しみながら痙攣(けいれん)する恐ろしい様子は、世界を震撼させた。西側諸国は、化学兵器攻撃を実施したのは政府のみだった可能性があると述べたが、アサド氏は反対派を非難した。
OPCWと国連は、シリア政府が申告した1300トンの化学物質をすべて破壊したが、国内での化学兵器攻撃は続いた。
BBCの分析によると、2014年から2018年の間に、シリア内戦で少なくとも106回の化学兵器が使用されたことが確認されている。
OPCWは9日、「すべての化学兵器関連物質および施設の安全と保安を確保することの最重要性を強調する」ため、シリア当局と連絡を取ったと発表した。
ゴラン高原の非武装地帯に進出
イスラエル軍は9日、、シリアとの間にある占領地ゴラン高原の非武装緩衝地帯に駐留する国連平和維持軍の基地に向けて越境した部隊の写真を公開した。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は前8日、軍がいわゆる兵力引き離し地域(AOS)を一時的に掌握したと発表していた。ネタニヤフ首相は、シリアで反政府勢力が実権を握ったことで、同国と1974年に合意した兵力引き離し協定は「崩壊」したと述べた。
ゴラン高原は、シリアの首都ダマスカスの南西約約60キロメートルに位置する岩だらけの高原。イスラエルは1967年の6日間戦争の終盤にシリアから奪い、1981年に一方的に併合した。国際的には承認されていないが、2019年にトランプ米政権が単独で認めた。
イスラエルのギデオン・サール外相は9日の記者会見で、IDFは「安全保障上の理由から非常に限定的かつ一時的な措置」を取っているだけだと述べた。
また、イスラエルはシリアの内政に干渉する意図はなく、自国民の防衛にのみ関心があると主張した。
一方、イスラエル・カッツ国防相は、イスラエル軍はミサイルや防空システムを含む「重戦略兵器を破壊する」と述べた。
イスラエルのシリアへの思惑
イスラエルのこうした動きは、シリアの反政府勢力が首都ダマスカスを占拠し、アサド政権を打倒した直後に始まった。アサド前大統領とその父親は1971年以来、シリアで権力を握り続けた。
シリアの反政府勢力「ハヤト・タハリール・アル・シャーム(HTS、「シャーム解放機構」の意味)」が率いる部隊は、8日早朝にダマスカスに入り、国営テレビでの放送でシリアが「自由になった」と宣言した。
ネタニヤフ氏は、アサド政権の崩壊は「中東における歴史的な日」だと評価した。
アサド政権は、シリア国内での残虐な内戦においてイランの支援を受けるイスラム教シーア派組織ヒズボラやロシアから多大な支援を受けていた。しかし、レバノンのヒズボラがイスラエルとパレスチナ・ガザ地区のイスラム組織ハマスとの戦争に関与し、イスラエルとレバノンの間で越境空爆が行われ、またロシアがウクライナ侵攻に巨額の資源を費やしているなか、HTSを含むシリアの反政府勢力はこの機会を利用し、最終的にシリアの広範囲を掌握することができた。
2011年のシリア蜂起の際にイスラエルは、アサド政権はイランおよびヒズボラの両方と協力関係にあるものの、アサド政権が倒れた場合はどういう政府が続くか不透明なだけに、アサド政権の方がましだろうと判断した。
ネタニヤフ首相は今回、イスラエルと平和的に共存したいと望むシリア人に対して「平和の手を差し伸べる」と強調した。
また、緩衝地帯におけるIDFの存在は「適切な取り決めが見つかるまでの一時的な防衛的措置」であると述べた。
「シリアで新しく台頭する勢力と隣人関係や平和的関係を築くことができるなら、それが我々の望みだ。しかし、そうでなければ、イスラエル国家とイスラエルの国境を守るために必要なことは何でも行う」と首相は述べた。
HTSのアブ・モハメド・アル・ジョラニ代表の家族がゴラン高原にルーツを持つため、イスラエルがこの地域について従来より敏感になる可能性がある。ゴラン高原には現在、数千人のイスラエル人入植者が住んでおり、占領後に残った約2万人のシリア人(その多くはドゥルーズ派)と共存している。
イスラエルがシリア国内を空爆するのは珍しいことではない。イスラエルは、イランや、ヒズボラなどの同盟武装勢力に関連する標的に対し、過去数年間で数百回の空爆を行ったことを認めている。
報道によると、2023年10月にガザ地区で戦争が始まって以降、ヒズボラやレバノンおよびシリアの他の勢力が北イスラエルに越境攻撃を行うにつれ、イスラエルのシリアへの空爆も頻繁になっていた。
SOHRは先月、イランが支援する民兵戦闘員の家族がいるパルミラ近郊で、武器庫などが空爆され、68人のシリア人および外国人戦闘員が殺されたと報告している。