ノーベル平和賞 最年少選考委員長の訴え

ノーベル平和賞 最年少選考委員長の訴え
「演説で彼が語る証言が、世界中の人類、そして、これから先の世代にまで影響を与えると確信しています」

日本被団協の田中熙巳さんが行うスピーチにについて、こう述べたのはノーベル平和賞の選考委員長を務めるヨルゲン・フリードネス氏です。

今を生きる私たちは、核兵器とどう向き合うべきなのか。
フリードネス委員長(40)へのインタビューから読み解きます。

(ロンドン支局 大庭雄樹 / 山田裕規)

“被爆者の証言が核兵器の使用を防いだ”

ノルウェーの首都オスロにある「ノルウェー・ノーベル委員会」。取材に訪れると、フリードネス委員長が爽やかな笑顔で迎えてくれました。
フリードネス委員長は1984年生まれ。

ノルウェーの議会から任命され、2021年から平和賞の選考委員を務め、ことし2月に最年少の39歳で委員長に就任しました。

インタビューのために案内してくれたのは、平和賞の選考が行われる部屋でした。

過去120年余りの受賞者の肖像画などが壁いっぱいに飾られていて、近く、日本被団協も加わります。
核軍縮や核廃絶の取り組みへの授賞は、13回目になるそうです。

フリードネス氏は、核兵器が1945年以降、戦争で使われていないのは、被爆者の証言が果たした役割が大きいと改めて強調しました。
フリードネス委員長
「2024年のノーベル平和賞を日本被団協に授与するという決定は、彼らの証言に関連しています。核兵器は道徳的に受け入れられず、二度と使用すべきでないという私たちが『核のタブー』と呼ぶ国際規範を形づくるうえで、被爆者の証言が重要だと見ているからです。
平和賞は被爆者の努力をたたえるとともに80年近くも核兵器が使われていないという驚くべき事実に敬意を表すものです。
日本被団協と被爆者は、痛みや苦しみ、トラウマを通じ、堂々と立ち上がり、何度も自分たちの物語を語ろうとすることで『核兵器のタブー』を作りだし、核兵器の使用を防いできました」

“核廃絶の責任は私たち全員が負うべき”

被爆者たちの訴えは、長い年月をかけ、日本の内外に伝えられてきました。その声は、遠く離れたノルウェーにも届けられています。

フリードネス氏は、広島や長崎を訪れたことはないものの、若い頃に被爆者のことを学校で学んだと言います。
ただ、被爆者の高齢化が進み、核兵器廃絶運動の中心を担ってきた人が相次いで亡くなる中、核兵器廃絶に向けた活動を、どう継承していくのかが大きな課題となっています。

フリードネス氏は平和賞の授賞を通じて、被爆者の活動を改めて世界に知らしめ、国や世代を超えたすべての人が核廃絶に向けて動き出すべきだと訴えました。
フリードネス委員長
「被爆者は何十年にもわたって重要な役割を果たしてきました。今は新しい世代に委ねられていますが、被爆者の証言や体験を共有する責任を負うのは日本の新しい世代だけではありません。
広島と長崎で体験を伝えることはもちろん重要ですが、その責任はわたしたち全員が負わなければならない世界的な責任です」

“証言の継承”が“意味ある未来”をつむぐ

この「証言の継承」の重要性について話した際、フリードネス氏はノルウェーで起きた悲惨な出来事に触れました。

2011年7月、オスロ近郊のウートオイヤ島で開かれていた青年大会の会場で、男が銃を乱射するなどして、多くの人が殺害されたテロ事件です。
フリードネス氏は、島の復興を担う団体の代表を過去に務め、島を再興するにあたって、テロの生存者たちの辛い体験を継承することが重要だったと語りました。

同じように、被爆者の証言は人類の支えになってきたと強調しました。
フリードネス委員長
「私はこれまでの仕事のほとんどの時間を、テロの犠牲者、トラウマ、証言活動に関わることに費やしてきました。その中で、追悼や記憶、証言の力が、意味のある新しい未来をどのように生み出すかを学びました。
意味のある未来を見つけるには、トラウマと向き合わなければなりません。私たちは何が起きたかについて、真実を語らなければなりません。
私たちは出来事に意味を与えるだけでなく、学ぶこともできます。そして、それが日本被団協と被爆者が成し遂げてきたことです。彼らは『核なき世界』に向けて進むための道徳的な羅針盤を与えてくれました」

核の脅威とは人類への脅威

日本被団協や被爆者が支えてきた「核のタブー」。それが今、脅かされているとして、懸念が高まっています。

ウクライナ情勢をめぐって、核による威嚇を繰り返すロシア。去年には、アメリカとの核軍縮条約「新START」の履行について、一時的に停止すると一方的に表明しました。

また、北朝鮮は核・ミサイル開発を加速させるなど、一部の国では、核を増強する動きも見られます。

こうした状況に、フリードネス氏は強い危機感を示しました。
フリードネス委員長
「私たちの見解では世界の安全保障状況、核の脅威は差し迫っていると考えています。ウクライナに対するロシアの脅威を見ると、これは人類に対する脅威の問題となっています。
『核のタブー』が軽んじられると、最終的には核兵器が再び使用されることにつながる可能性があります。
現代の核兵器の破壊力は1945年に使用されたものよりはるかに大きく、いま核兵器が使用されれば何百万人もの人々が命を落とすことになります。それは気候にも甚大な影響を与える可能性があり、地球規模の問題を生じさせるでしょう」
そして、核兵器が安全保障をもたらす「核抑止」という考え方について、断固とした口調で批判しました。
「ノーベル委員会は、世界の安全保障が核抑止力に依存している状況で、私たちの文明が生き残ることができると信じていること自体が甘い考えだと思っています。
核兵器は存在すべきではありません。すべての政治指導者、特に核保有国には一歩一歩前進する義務があります。世界の核弾頭を削減し、私たちが抱く『核なき世界』というビジョンに到達するまで必要な措置を取るべきです」

“核の傘”の国には特別な責任

その「核なき世界」に向けた取り組みをどう続けていくのか。

核兵器の開発や保有、使用などを禁じる核兵器禁止条約は、被爆者の訴えもあり、2017年に国連で採択され、2021年に発効しました。

2024年12月9日時点で、73の国と地域が批准しています。

しかし、アメリカやロシア、中国といった核保有国のほか、アメリカの核の傘のもとにあるNATO=北大西洋条約機構の加盟国や唯一の戦争被爆国である日本などは、条約に参加していません。

ノルウェーはNATO加盟国で、こうした国のひとつです。

ノーベル平和賞を選考する委員会がありながら、核の傘に守られているという状況について尋ねると、フリードネス氏は、核の傘にある国こそが核兵器の廃絶に向けた行動に取り組むべきだと断言しました。
フリードネス委員長
「核保有国や、核の傘によって保護されている国々は『核のタブー』を守るために必要なすべての措置を講じることに特別な責任があります。核保有国が不確実な事態に踏み込まないよう圧力をかける責任もあります。
ノルウェー、日本、そのほかの政府が取るべきは、緊張を緩和し、軍拡競争をやめ、核保有国や別の国が新たに核を持とうとすることを許さないことです。核兵器の脅威を増大させるべきではなく減らす必要があります」

“決して諦めない”というメッセ-ジ

核軍縮や核廃絶への取り組みに平和賞を授与してきたノーベル委員会。

その委員長として、今もなお、核兵器がなくならない現実についてどう考えるか、フリードネス氏に尋ねました。

すると、壁にかけられた過去の受賞者の肖像画などに視線を移しながら、次のように答えました。
フリードネス委員長
「これらの肖像画が物語るのは、悪、戦争、それに不正義はなくなりませんが、私たちは決して諦めるべきではないということです。
核軍縮に焦点を当てることで、政治指導者に圧力をかけると同時に、世界中の何百万もの人々を教育し、努力するよう促すことにもなります。
日本被団協、そして、高齢である被爆者が、核廃絶に一生を捧げてきたことが伝えているのは、決して諦めないというメッセージだと信じています」
最後に、12月10日の授賞式で予定されている日本被団協の田中熙巳さんが行うスピーチに期待することを聞きました。
フリードネス委員長
「演説で彼が語る証言が、核兵器が人類にとって最も破壊的な、二度と使われてはならない兵器だということを思い出させ、世界中の人類、そして、これから先の世代にまで影響を与えると確信しています。人類の総意になるでしょう」
広島の原爆慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という誓いのことばが刻まれています。

原爆投下から80年近くがたった今、人類は再び過ちを繰り返してしまうのか。

それとも踏みとどまることができるのか。

被爆者の訴えを、私たち1人1人がどう受け止めるかに、未来はかかっています。

(12月9日 ニュースウオッチ9で放送)
ロンドン支局長
大庭 雄樹
2000年入局 札幌局 スポーツ部 アメリカ総局などを経て2022年8月から現所属
幼少期をロンドンで過ごしイギリスの学校給食で味覚の幅を広げた
ロンドン支局記者
山田 裕規
2006年入局
旭川局 広島局 経済部 国際部を経て現所属
欧州経済などを中心に取材
ノーベル平和賞 最年少選考委員長の訴え

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特集
ノーベル平和賞 最年少選考委員長の訴え

「演説で彼が語る証言が、世界中の人類、そして、これから先の世代にまで影響を与えると確信しています」

日本被団協の田中熙巳さんが行うスピーチにについて、こう述べたのはノーベル平和賞の選考委員長を務めるヨルゲン・フリードネス氏です。

今を生きる私たちは、核兵器とどう向き合うべきなのか。
フリードネス委員長(40)へのインタビューから読み解きます。

(ロンドン支局 大庭雄樹 / 山田裕規)

“被爆者の証言が核兵器の使用を防いだ”

ノルウェーの首都オスロにある「ノルウェー・ノーベル委員会」。取材に訪れると、フリードネス委員長が爽やかな笑顔で迎えてくれました。
ノルウェー・ノーベル委員会 ヨルゲン・フリードネス委員長
フリードネス委員長は1984年生まれ。

ノルウェーの議会から任命され、2021年から平和賞の選考委員を務め、ことし2月に最年少の39歳で委員長に就任しました。

インタビューのために案内してくれたのは、平和賞の選考が行われる部屋でした。

過去120年余りの受賞者の肖像画などが壁いっぱいに飾られていて、近く、日本被団協も加わります。
核軍縮や核廃絶の取り組みへの授賞は、13回目になるそうです。

フリードネス氏は、核兵器が1945年以降、戦争で使われていないのは、被爆者の証言が果たした役割が大きいと改めて強調しました。
フリードネス委員長
「2024年のノーベル平和賞を日本被団協に授与するという決定は、彼らの証言に関連しています。核兵器は道徳的に受け入れられず、二度と使用すべきでないという私たちが『核のタブー』と呼ぶ国際規範を形づくるうえで、被爆者の証言が重要だと見ているからです。
平和賞は被爆者の努力をたたえるとともに80年近くも核兵器が使われていないという驚くべき事実に敬意を表すものです。
日本被団協と被爆者は、痛みや苦しみ、トラウマを通じ、堂々と立ち上がり、何度も自分たちの物語を語ろうとすることで『核兵器のタブー』を作りだし、核兵器の使用を防いできました」
ニューヨークでの反核デモ行進(1982年)

“核廃絶の責任は私たち全員が負うべき”

被爆者たちの訴えは、長い年月をかけ、日本の内外に伝えられてきました。その声は、遠く離れたノルウェーにも届けられています。

フリードネス氏は、広島や長崎を訪れたことはないものの、若い頃に被爆者のことを学校で学んだと言います。
ただ、被爆者の高齢化が進み、核兵器廃絶運動の中心を担ってきた人が相次いで亡くなる中、核兵器廃絶に向けた活動を、どう継承していくのかが大きな課題となっています。

フリードネス氏は平和賞の授賞を通じて、被爆者の活動を改めて世界に知らしめ、国や世代を超えたすべての人が核廃絶に向けて動き出すべきだと訴えました。
フリードネス委員長
「被爆者は何十年にもわたって重要な役割を果たしてきました。今は新しい世代に委ねられていますが、被爆者の証言や体験を共有する責任を負うのは日本の新しい世代だけではありません。
広島と長崎で体験を伝えることはもちろん重要ですが、その責任はわたしたち全員が負わなければならない世界的な責任です」

“証言の継承”が“意味ある未来”をつむぐ

この「証言の継承」の重要性について話した際、フリードネス氏はノルウェーで起きた悲惨な出来事に触れました。

2011年7月、オスロ近郊のウートオイヤ島で開かれていた青年大会の会場で、男が銃を乱射するなどして、多くの人が殺害されたテロ事件です。
銃乱射事件が起きたノルウェー ウートオイヤ島(2011年)
フリードネス氏は、島の復興を担う団体の代表を過去に務め、島を再興するにあたって、テロの生存者たちの辛い体験を継承することが重要だったと語りました。

同じように、被爆者の証言は人類の支えになってきたと強調しました。
フリードネス委員長
「私はこれまでの仕事のほとんどの時間を、テロの犠牲者、トラウマ、証言活動に関わることに費やしてきました。その中で、追悼や記憶、証言の力が、意味のある新しい未来をどのように生み出すかを学びました。
意味のある未来を見つけるには、トラウマと向き合わなければなりません。私たちは何が起きたかについて、真実を語らなければなりません。
私たちは出来事に意味を与えるだけでなく、学ぶこともできます。そして、それが日本被団協と被爆者が成し遂げてきたことです。彼らは『核なき世界』に向けて進むための道徳的な羅針盤を与えてくれました」

核の脅威とは人類への脅威

日本被団協や被爆者が支えてきた「核のタブー」。それが今、脅かされているとして、懸念が高まっています。

ウクライナ情勢をめぐって、核による威嚇を繰り返すロシア。去年には、アメリカとの核軍縮条約「新START」の履行について、一時的に停止すると一方的に表明しました。

また、北朝鮮は核・ミサイル開発を加速させるなど、一部の国では、核を増強する動きも見られます。

こうした状況に、フリードネス氏は強い危機感を示しました。
フリードネス委員長
「私たちの見解では世界の安全保障状況、核の脅威は差し迫っていると考えています。ウクライナに対するロシアの脅威を見ると、これは人類に対する脅威の問題となっています。
『核のタブー』が軽んじられると、最終的には核兵器が再び使用されることにつながる可能性があります。
現代の核兵器の破壊力は1945年に使用されたものよりはるかに大きく、いま核兵器が使用されれば何百万人もの人々が命を落とすことになります。それは気候にも甚大な影響を与える可能性があり、地球規模の問題を生じさせるでしょう」
旧ソビエトでの核実験(1961年)
そして、核兵器が安全保障をもたらす「核抑止」という考え方について、断固とした口調で批判しました。
「ノーベル委員会は、世界の安全保障が核抑止力に依存している状況で、私たちの文明が生き残ることができると信じていること自体が甘い考えだと思っています。
核兵器は存在すべきではありません。すべての政治指導者、特に核保有国には一歩一歩前進する義務があります。世界の核弾頭を削減し、私たちが抱く『核なき世界』というビジョンに到達するまで必要な措置を取るべきです」

“核の傘”の国には特別な責任

その「核なき世界」に向けた取り組みをどう続けていくのか。

核兵器の開発や保有、使用などを禁じる核兵器禁止条約は、被爆者の訴えもあり、2017年に国連で採択され、2021年に発効しました。

2024年12月9日時点で、73の国と地域が批准しています。

しかし、アメリカやロシア、中国といった核保有国のほか、アメリカの核の傘のもとにあるNATO=北大西洋条約機構の加盟国や唯一の戦争被爆国である日本などは、条約に参加していません。

ノルウェーはNATO加盟国で、こうした国のひとつです。

ノーベル平和賞を選考する委員会がありながら、核の傘に守られているという状況について尋ねると、フリードネス氏は、核の傘にある国こそが核兵器の廃絶に向けた行動に取り組むべきだと断言しました。
フリードネス委員長
「核保有国や、核の傘によって保護されている国々は『核のタブー』を守るために必要なすべての措置を講じることに特別な責任があります。核保有国が不確実な事態に踏み込まないよう圧力をかける責任もあります。
ノルウェー、日本、そのほかの政府が取るべきは、緊張を緩和し、軍拡競争をやめ、核保有国や別の国が新たに核を持とうとすることを許さないことです。核兵器の脅威を増大させるべきではなく減らす必要があります」
核兵器禁止条約 第2回締約国会議(ニューヨーク 2023年)

“決して諦めない”というメッセ-ジ

核軍縮や核廃絶への取り組みに平和賞を授与してきたノーベル委員会。

その委員長として、今もなお、核兵器がなくならない現実についてどう考えるか、フリードネス氏に尋ねました。

すると、壁にかけられた過去の受賞者の肖像画などに視線を移しながら、次のように答えました。
“決して諦めない”というメッセ-ジ
フリードネス委員長
「これらの肖像画が物語るのは、悪、戦争、それに不正義はなくなりませんが、私たちは決して諦めるべきではないということです。
核軍縮に焦点を当てることで、政治指導者に圧力をかけると同時に、世界中の何百万もの人々を教育し、努力するよう促すことにもなります。
日本被団協、そして、高齢である被爆者が、核廃絶に一生を捧げてきたことが伝えているのは、決して諦めないというメッセージだと信じています」
最後に、12月10日の授賞式で予定されている日本被団協の田中熙巳さんが行うスピーチに期待することを聞きました。
フリードネス委員長
「演説で彼が語る証言が、核兵器が人類にとって最も破壊的な、二度と使われてはならない兵器だということを思い出させ、世界中の人類、そして、これから先の世代にまで影響を与えると確信しています。人類の総意になるでしょう」
日本被団協 代表委員 田中熙巳さん
広島の原爆慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という誓いのことばが刻まれています。

原爆投下から80年近くがたった今、人類は再び過ちを繰り返してしまうのか。

それとも踏みとどまることができるのか。

被爆者の訴えを、私たち1人1人がどう受け止めるかに、未来はかかっています。

(12月9日 ニュースウオッチ9で放送)
ロンドン支局長
大庭 雄樹
2000年入局 札幌局 スポーツ部 アメリカ総局などを経て2022年8月から現所属
幼少期をロンドンで過ごしイギリスの学校給食で味覚の幅を広げた
ロンドン支局記者
山田 裕規
2006年入局
旭川局 広島局 経済部 国際部を経て現所属
欧州経済などを中心に取材

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