通称「紀州のドン·ファン」と呼ばれた野崎幸助さんと私は、彼が亡くなる数年前から親交がありました。彼は、ドン·ファンとは程遠い女遊びをする方でした。
初めてお目にかかったのは13年ほど前。南紀白浜のホテル「川久」で、愛犬イブちゃんのお誕生日会でした。パーティーの後、6~7名で改めて食事会がありました。席に着くなり私に「結婚しよう」とニコニコして言われ、とにかく、普通でない言動をなさる方でした。もちろん私は冗談と受け流しました。印象に残るのは、2回の脳梗塞で御御足も悪く、言葉がうまく話せず、口元からよだれが垂れてしまう方ということでした。食事会にはK-1で有名な背の高い美女、高野人母美さんもいて、彼女を大変お気に召しているようでした。ご自身が小柄なせいか、背の高い脚長の女性を好むようでした。
その後、私は野崎さんと交友が始まり、旅行に御一緒したことも幾度かあり、いつも背の高い脚長の女性を連れていらっしゃいました。いつも私に『あなたは日本の宝』と呼び敬い、何部屋も続くような極上最大級のお部屋をいつも取ってくださいました。私と一緒にいるときは、いつもとても嬉しそうでした。旅行先は南紀の温泉巡りで、いつも彼が運転し、女性は後部座席、私が助手席に座り、イブちゃんが彼の膝の上にいる状態でした。
お酒はあまり得意ではないようで、私にはいつもシャンパンを取ってくださいましたが、ご自身はビールを一口二口飲む程度でした。イブちゃんには特別な愛情をお持ちで、全財産をイブちゃんに残すと言っていたこともあります。親兄弟には一銭も残さないとも言っていました。自分の母親を売春婦と呼び、別れた2人の妻も売春婦と言っていました。彼にとって女性は全て売春婦なのかもしれません。
私にお連れの女性を紹介するたびに「今度結婚する女性です」と言っており、何人も結婚するという女性を紹介されました。そして、その女性たちの両親を必ず接待していたようです。ご両親たちは言葉もおぼつかなず、しかしながら御御足が悪いにも関わらずスタスタ歩く姿には驚いていたと思いますが、ご自身がいかに資産家かということをアピールしているようでした。両親に会ってくれるということで、女性たちは「自分は遊ばれているわけではないんだ」と、すっかり信用してしまうのでしょう。結婚をエサに、最初は30万円のお手当をあげていたところ、最終的に“釣った魚に餌をやらない”ことになるので、どの女性とも長いお付き合いはしていませんでした。このようなやり方は卑劣という以外ありません。彼の確かなことは、イブちゃんに対する愛情だけです。それだけは本物だったと思います。小さな書類ケースを開けて、中に数千万円の現金をチラつかせたりしていましたので、騙された女の子たちは数多かったと思います。とにかくお会いするたびに新しい女の子を「今度結婚する人です」と紹介されました。彼の遊びは綺麗なものではありませんでした。しかし、彼の生きがいは女狂いそのものでした。東京には2ヶ所くらいのコールガールを紹介する組織をご存知のようでした。ロシア人を相手にしていた時、ベッドの上で失禁してしまい、ロシアの女性が半狂してしまったという恐ろしい話を聞いたこともあります。
それでも彼は飽き足らず、ミッドタウンのバーに1人で赴き、女の子を30万円でよく釣っていました。リッツカールトンで紹介したい人がいるというので行くと、若い素人の女性が隣にいることもありました。なぜ私が呼ばれるのかわかりません。それはおそらく、私と友人であることをその女性に見せて箔をつけるためだったのでしょう。そこで女の子を安心させ、札束をチラつかせてモノにするという、とても汚いやり方だったと思います。しかし色情狂の反面、私とは普通の友人としての交友でした。犬を可愛がるという点では私と共通の話題も多かったですし、紀州から見事な梅を何箱も送ってくださったり、毎年、盆暮にはご自身で醸造された日本酒をケースで送ってくださいました。親兄弟のことは糞味噌に話し、どうしてそうなったのかわかりませんが、ご自分の母親のこと、離婚した2人の元妻のことを売女とも言い切るおかしな人でした。いつも素晴らしい上質のスーツ、カシミヤの下着の自慢、ビキューナのコート、靴も特注という、おしゃれな面もありました。そして私のチャリティー・パーティーには必ず来てくださいました。いつも違う女性を連れて。私のチャリティー·ディナーの時には、私の描いた絵を落札してくださり、彼の自宅の階段の正面に飾られていました。
そして最後に紹介されたのが結婚した須藤早貴さん。恵比寿にあった”アクトスクエア”で行われた私のチャリティー晩餐会でした。そこで3人揃って写真を撮る時、須藤早貴さんは「あなたは入らないで」と野崎さんをを突き飛ばしました。私はそれを見て「今度の子は相当根性の悪い子だな」と思いました。まさか結婚するとは思いませんでした。何人も結婚すると紹介された女性たちがおりましたので、「結婚する」というのは口先だけだと思っていました。女性を30万円で釣り、結婚すると騙し、親をご馳走して信用させ、それでも飽き足らずにコールガールと破廉恥なお遊びをし尽くした野崎さん。男性には無情な条件でお金を貸し、取り立て、裁判だらけの人生だったようです。
男性には、完全に嵌められてしまうよう契約書に署名捺印させ、裁判には必ず勝つという、2度も殺されかけた野崎さんの人生。彼がいなくなって、ホッとしている男の方が大勢いらっしゃるかもしれません。運の尽きがこのような悲しい結果になるとは、誰が予想したでしょう。悲しき宿命とでも言うでしょうか。
彼が結婚して間もなく愛してやまない イブちゃんを亡くした時、「お前が殺したんだろう」と須藤早貴さんをなじったとも聞きました。 イブちゃんが亡くなってからは、毎日私のところに電話をしてきました。「お葬式を盛大にやりたいので6月11日に川久ホテルに来てください。イブちゃんのために舞を捧げたいので新橋の芸者衆を5人連れてきてください。トランペット吹きを1人か2人連れてきてください。トランペット吹きには、南紀白浜の飛行場、一緒に散歩した浜辺、そして自分のお家の中で演奏してもらいたい。」と願ってきました。私に彼らのギャラ、飛行機代、ホテル代、全て指示してきました。ここでも私にはファーストクラス、彼らにはエコノミーと指示をしてきたのも彼らしいところでした。他にも有名な人を1,000人呼んでいたようです。イブちゃんのためにあれほど大掛かりなお葬式をしようとしていた彼が自殺するはずありません。野崎さんが亡くなり、イブちゃんのお葬式が中止になり、トランペット奏者と芸者衆をキャンセルするのに私は大童。
亡くなった時、ドンドンと床を叩くような音がしたにも関わらず、階下にいた彼女とお手伝いさんが2階に上がらなかったのはなぜでしょう。発見された時には椅子の上で足を組んで裸のまま、すでに死後硬直していたと聞きます。
野崎さんが亡くなった2ヶ月後、前妻が封筒を持って私を訪ねて来ました。不思議なのは「僕に何かあったらこれを夫人に」と渡されていたのに、亡くなってから2ヶ月も経ってからそれを届けに来たことです。封筒には非常に古い鍵が一つ、それと国債証券が2枚、手紙も何もありませんでした。どこの鍵かはわかりません。2番目の妻は同棲中の男性と「どうしたら自分たちも遺産にありつけるのかを模索していた」ようですから、ひょっとしたら、もともとは手紙が入っており、そこにはなんのための鍵か記されていたのかもしれません。2ヶ月の間に何があったのか、いまだにミステリアスです。その鍵は田辺署にお渡ししましたが、結局はどこの鍵かわからず戻ってきました。また同封されていた2枚の何百億円の国債証券ですが、それらは全て実によくできた偽物と判明。ものすごく精巧に作られた証券でしたが、額があまりにも大きいことから最初から疑わしいものでした。この鍵と国債証券は、野崎さんが担保として渡されたものなのでしょうか。彼でも騙されることがあったのですね。
彼の財産は全て高利貸での所得。『大手町で俺のことを知らない奴はいない』と豪語していた彼。高利貸の相手は公務員のみ。「公務員は絶対確かだから」と言い、返済不可の時には裁判を起こし、負けたことはないと私に自慢をしていました。










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野崎さんとお知り合いだと言う事を仰ってるのを当時のニュースかで観てたんですが📺️👀
お知り合いになってからの事は
知りませんでしたので
(ワンちゃん繋がりでとは知ってましたけど)
デヴィ夫人は
“名高い”お方なので
”利用されてしまった”と言うか“巻き込まれてしまった”と言うか何れにせよ嫌な想いをされましたね~…😣
この記事を読んで
ビックリな事だらけでした😨
因みに
ドン・ファンの意味を知らなかったんですが😅今!調べてみて解りました
(その名の通りやっぱり“紀州のドン・ファン”ってピッタリですね)😂
彡✰(^-^)✰彡
2024-10-17 01:38:25
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