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動画再生回数が1億3千万回超え、トランプ大統領と安部首相の晩餐会、NY国連本部でパフォーマンス、ウガンダ観光大使に就任……2016年8月、YouTubeに投稿されたPPAP(Pen-Pineapple-Apple-Pen)という動画に登場したピコ太郎と呼ばれる男は、あっという間に日本を飛び越えて、世界中で一大ブームを巻き起こした。あれから2年、立役者となったプロデューサーの古坂大魔王、エイベックス・マネジメントのゼネラルマネージャーの白取輝知、チーフマネージャーの新井正則の3人に話を伺い、ピコ太郎の誕生秘話と、そこに隠されたヒットの核心に迫った。

異端トリオの出会いと
当時最先端のNO BOTTOM!

「エイベックス13年目なんですよ」――古坂は開口一番そう言いながら、幼馴染みである白取のことを、昔を振り返りながら紹介してくれた。

古坂「僕はずっとテルって呼んでるんですけど、もう幼稚園からいっしょですね。小中学校もいっしょで、高校は別だったんですが、18歳でふたりとも東京に出てきました。僕は芸人、テルはサラリーマン。テルは金融機関に設置されてる機械、両替機とかを直す仕事をしていたんですが、これ以上両替できないってとこまで登り詰めて(笑)。それで26歳の時に、この業界に興味があって転職を考えてたんですよ」

白取「その時にちょうど古坂のマネージャーがいなくなって。古坂から『一度、事務所の社長に会ってみないか?』って言われて、新宿アルタ裏にあったイタリアン・トマトで面接を受けたんです(笑)。『すぐ入ってほしい』と言われたんですけど、転職に3ヵ月はかかりそうだったので悩んでいたら、『3ヵ月待つ』って言ってくれて。それならと思って決断しました」

幼少期からずっと同じ時間を過ごしたふたり。「古坂は絶対に芸人になれるだろうけど、いっしょにやったら確実に足を引っ張る」――地元にいた時から白取はそう思っていたそうだ。ただし当時は、“青森から芸人になる”なんてことはあり得ない時代だったという。

古坂「あの頃は、青森から東京に行ってお笑いをやるって、ハリウッドに行って俳優やるのと変わらなかったんです。僕が東京に来た時に、ようやくJCA(人力舎が設立した関東初のお笑い養成学校)ができたけど、それまでは大阪に行ってNSCに入るぐらいしか選択肢が無かった。それに近いところだと日芸(日本大学芸術学部)とか、アナ学(東京アナウンス学院)とかがあったけど、ウッチャンナンチャンさんが日本映画学校卒だったので、そこへ行くっていう体で東京に行ってみようと。そうしないと親が許してくれなかったんです」

相方がいなかった古坂は、クラスで席が後ろの小島と並びにいた村島とともに、1991年に“底ぬけAIR-LINE”を結成。最初に所属したのは、M2カンパニー(ホリプロコムの前身にあたるお笑いプロダクション)。そこで出会ったのが、“くつした一足二足”というコンビで芸人をしていた新井だ。

新井「ホリプロに入る前は大学生でした。でもお笑いを本気でやりたいから大学を辞めて、小学校の同級生とコンビを組んだんです。それで数々のオーディションを受けては落ち、結果ホリプロを受けて預かりみたいな形に。白取は僕らの担当ではなく、別の担当マネージャーさんって感じでした。その後お笑い芸人は丸5年やったんですが、限界を感じて辞めて、その後にボディビルダーになろうと思ってジムで働きました。僕、筋肉の付きが良かったんですよ(笑)。ただ半年後ぐらいに、(エイベックスに転職していた)白取から突然『マネージャー興味ある?』って電話があって。芸人だった僕からすれば、エイベックスっていう大企業はもう未知過ぎて……」

白取「その時、私はAAAの現場を担当している頃でした。当時から本当に毎日忙しくて、僕としてはとにかく礼儀がちゃんとしてる元気と根性のある人を探してた。そこで新井を思い出したんです。当時のホリプロコムは稽古場が一つしか無かったので、まずは先輩芸人が優先的に使って、それ以降に若手が稽古するんですけど、終電が無くなったら大体空くわけですよ。みんな帰れなくなるから。なのに新井たちは終電ぐらいから稽古場に来て稽古をやってた。そういう根性や、めんどくさがらない性格を見込んで声をかけたんです」

古坂「その頃に僕はNO BOTTOM!というテクノユニットを始めて。そもそも僕はお笑い芸人としてエイベックスに入ってないんですよ。例えばバブルガム・ブラザーズって漫才師だったのに、『WON’T BE LONG』一発で他のお笑いを横から抜いていったじゃないですか。ああいうのいいなと。元々はドリフターズさんやとんねるずさんも好きだったし、お笑いと音楽の両方をする人が好きだった。ちゃんと音楽をやろうと思って始めたのがNO BOTTOM!なんです」

2002、3年頃に古坂は、当時の人気リアリティ番組『マネーの虎』に出演。NO BOTTOM!でロンドン・デビューを狙ったが不合格。その後、日本全国の祭り囃子をダンスミュージックにして盛り上げるという番組の中でメジャーデビューのチャンスがあり、そのレーベルがエイベックスだった。

古坂「NO BOTTOM!は2004年にエイベックスからメジャーデビューして、ワンマンライヴはヴェルファーレでした。東京音頭とジュリアナを組み合わせた『ジュリアナ東京音頭』とか、阿波踊りとアンダーワールドを交ぜて『アンダーワールド踊り』とか、ルパン三世と盛岡さんさを合わせて『ルパンさんさ』とか。当時では最先端のことをやってたとは思います(笑)」

白取「アイデアは良かったと思うんですが、広がらなかった。インターネットも普及してなかったし、あの当時にSNSがあったら、また違ったんじゃないかなとは思いますね」

ピコ太郎の大ヒットに隠された
“売れるための準備”

SNS。それは後に世界中で一大ムーブメントを巻き起こす「ピコ太郎」と『PPAP』にとって欠かすことのできなかったものだ。その意味でも、古坂、白取、新井のトリオによる“実験”は、ピコ太郎以前にも行われていたと言えるだろう。さらに3人のバランスもいい方向に向いた。

古坂「たぶん僕ら3人は、ものすごく似ている部分と全く違う部分があるんですね。白取とはマネージャーとタレントなんだけど、基本は幼馴染み。新井は芸人の後輩。その良し悪しはあると思いますけど、その良い部分がすべて発揮されたのがピコ太郎だと思うんですよね」

ただし、ピコ太郎誕生に至るまでには、古坂自身の葛藤もあった。「お笑いも音楽も中途半端にやったら誰も認めてくれない。やっぱり僕はお笑いがしたくて東京に出て来た」と古坂は、2010年に単独ライヴの開催を決意。当時は『エンタの神様』や『レッドカーペット』時代であり、“コントを短く、キャラクターで”というのが主流だった。しかし古坂の一本目のコントはなんと40分。「テレビを無視しよう」「裏を行こう」と思ってやっていくうちに――ピコ太郎に出会った。

古坂「ずっと音楽を作って来て、NO BOTTOM!で音楽コントもやってたんですね。もっと言えば底ぬけAIR-LINEでもやってた。ただし今回は、僕ではなく違う誰かにやってほしかったんです。その時に第2回の単独ライヴがあったんで、特別ゲストでピコ太郎を登場させた。それが全ての始まりで、その後に昔から使いたいと思っていたテクノ体操っていうコントの曲を使って、ピコ太郎のための曲として作ったのが『PPAP』。お笑いだったらオチをつけなきゃいけないけど、あの人は歌手なので、ウケなくていいんですよ」

白取と新井は、ピコ太郎の誕生を間近で見ていたわけだが、そこに至るまでに、特に口を出さなかったという。

新井「ただ実は最初、僕と白取的にはピコ太郎のPPAPではないネタの方がいいんじゃないかって言ってたんですよ。他にも面白い曲はあったので」

白取「え? そうだっけ?」

新井「ずるい!(笑)」

古坂「まあそれも含めて、運ですよ。ピコ太郎はほんと運だと思います。僕はよく『宝くじが2万回当たったような感じ』って言うんです。言ってみれば一発屋的な感じじゃないですか? でもいまだに海外に呼んでいただいたりしてる。ただ運を掴むためには、手数を打たないといけない。思い返すと、これまでも手数は打ってたなと。手数を打ちながら、ちゃんと身内の人間を固めて、同業者の信頼を得ておく。これは“売れる準備”だと思ってます」

また、ピコ太郎の『PPAP』の大ヒットの裏でたびたび証言されるのは、音楽的なクオリティの高さ。そこは古坂がピコ太郎というアイコンのポップさの裏に、巧妙に忍ばせていた部分だ。

古坂「お笑い的には、実はピコ太郎って薄いんですよ。ですが音楽をやってる人はまず、音源に食いついてくれる。DJ KOOさんは、スネアの部分の『808のカウベルはズルいよ』って言ってくれたり、tofubeatsくんは同じことを『関ジャム』で言ってくれました。ある意味でそれがあったからこそ、海外で受け入れられたんだと思います。ジャスティン・ビーバーのツイートで知った人が多いと思いますが、彼がいいって言うためには、きっと音楽的な要素が不可欠だった。ピコ太郎が日本的なお笑いの要素だけだったら、海外でのヒットは無かったと思います」

エイベックスという常勝軍団と
3人のトップダウン

『PPAP』の動画再生回数は1億3千万回。別のバージョンを含めると、『PPAP』自体でトータル4億回再生以上という驚異的な記録を叩き出している。

新井「あの時は1時間ごとに100万回ぐらいずつ再生回数が上がっていたので、『これ何かに乗っ取られてるのか?』と思いました」

古坂「『実感は?』とよく聞かれますが、なかなか難しい。だって普段は一生懸命作ったMVが10万再生いったらいい方ですよ。ただ、世界を回るとやっぱり実感しますね。あとピコ太郎に関しては、エイベックスでしかできないことがたくさんあった。ものすごく簡単な例だと海外で問題が起きた場合とか。それに『PPAP』は2016年8月に動画が公開されて、10月に全世界配信、12月にアルバムを出しました。そのスピード感はエイベックスだからこそできたことだったと思います」

白取「今までマネージャーをやっていて初めてだったんですけど、ピコ太郎がいきなりグンと来た時に、自分の中で『これをやろう』っていうのが全部ひらめいたんです。テーマは世界を巻き込む大コント(笑)。だからこれはやってこれはやらない、最初にこれをやろうとか。それを古坂にも話しながら、二人で『今までお世話になった方々にお恩返しできるタイミングかもしれないから、そこも大事にやろう。』そして私から『絶対に忙しくなるから、スケジュールで文句は言わないで』と伝えました。古坂からは最後に『俺はおもしろかったらいいよ!だから悩んだら全部【おもしろいか、おもしろくないか】で判断して!』と言われたのもよく覚えてます。そこからは予想を絶する忙しさでした。社内でワガママも言ったと思いますが、チーム一丸となって突き進んだらとにかくやりたいことがほぼ叶ったんですよ」

新井「本当はマネージャーって、タレントが身体を壊さないようにスケジュール管理をしなきゃいけないって教わったんですけど、『今回だけは関係ねえ!』と思って。なんなら僕も初めての経験だったんですけど、2時間睡眠や1時間睡眠でもすごい現場が楽しいので走れたんですよ。ジャスティン・ビーバーがツイートするようなことが起きたので、また何か起きるんじゃないかと思って目が覚めちゃう。あと深夜や朝に海外の人と連絡も取ってたので」

ピコ太郎の世界的な大ヒットを経て、白取と新井は名誉ある賞を受賞することに。それは昨年のエイベックス社内表彰制度「Mad+Pure Award」の受賞だ。

古坂「まさか幼馴染みと後輩が受賞するなんて。いつも言ってるんですけど、ほんとラッキーなんですよ。もちろん積み重ねはあったけど、ブームが始まってからはいつ終わるんだろうねって言ってましたし、作るだけ作るけど、これはマリオで言うとボーナスステージだからと。ただそれを何とかしてブランディングしたのはこのふたりなので。最初の頃に言ってたのは、『トップダウンで決めるみたいなのがあるけど、この3人で決めたことがトップダウンだ』と」

白取「エイベックスの皆さんが尊重してくれたんですよ。『お前らでやれ』とサポートしてくれた」

新井「楽しかったですね」

古坂「ほぼ100点の動きでみんなが走ったんだと思います」

今年に入って新曲「Can you see? I’m SUSHI」がみんなのうたに選ばれ、初のデジタルアルバム『I have a PPAP』が7月に全世界150ヵ国に配信。ピコ太郎はまだまだ打つ手を隠し持っているはずだ。

古坂「予定としてはまだまだ打つ手はありますし、ただそれが当たるかはわからない。とりあえず打っておこう、動いとこうという感じ。先に言っておきますけど、『PPAP』現象を超えることはもう無い(笑)。変にあれを超えるとか意識せず、ただただ面白いことをしていきます」

最後に古坂に「仕事をしていて感じるエイベックスらしさとは?」と質問をすると、「このふたりがエイベックスらしくないからな〜」と笑った。ただ同時に、「やっぱりエイベックスは常勝軍団なので、勝ち方を知ってるんですよ。勝ち方を知ってるところに何かを投げたら、核融合する。さらにしっかりと構築されたシステムもある。ピコ太郎はエイベックスじゃなければ確実に売れなかった」とも。果たしてピコ太郎の今後の展開は? そして忘れてはいけないのは、ピコ太郎はあくまで古坂大魔王による“第1弾プロデュースアーティスト”ということだ。

(写真左)
エイベックス・マネジメント株式会社
芸能マネジメントグループ
チーフプロデューサー 新井 正則

(写真中)
古坂大魔王(ピコ太郎プロデューサー)

(写真右)
エイベックス・マネジメント株式会社
芸能マネジメントグループ
ゼネラルマネージャー 白取 輝知

こんな内容

  • 異端トリオの出会いと
    当時最先端のNO BOTTOM!
  • ピコ太郎の大ヒットに隠された
    “売れるための準備”
  • エイベックスという常勝軍団と
    3人のトップダウン
2018.09.21公開

関連リンク

古坂大魔王 OFFICIAL WEBSITE
ピコ太郎(PIKOTARO)オフィシャルサイト
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エイベックスが史上初めて契約した二次元アーティスト、ARP。最先端のAR技術を駆使し、リアルタイムでの歌やダンス、トークといったライヴパフォーマンスを展開するイケメン・ダンスボーカルグループだ。今回は生みの親である株式会社ユークスの内田明理氏と、このプロジェクトを支えるエイベックス・エンタテインメント株式会社の城田敬に、ARP及び、ARPの実現を可能にしたユークスのARライヴシステム「ALiS ZERO」が切り拓くエンタテインメントの可能性を訊く。

恋愛系ゲームの神プロデューサーが、
二次元+ライヴへシフト。
その時代的な背景

内田明理氏は言わずもがな、「ラブプラス」や「ときめきメモリアルGirl’s Side」など大ヒット恋愛シミュレーションゲームや、「ランブルローズ」といったプロレスゲームを手がけてきた名プロデューサー。「ランブルローズ」でも既に3GCGを用いて、ARPにつながる映像表現を行なっていた。だが、コナミを退職した内田氏は、現存のゲームビジネスへ若干の疑念を抱いていたという。

内田「僕個人の意見ですけど、ゲームがパッケージのタイトルから配信型のアプリに変わってきて、他のコンテンツ同様、キャラクターの消費サイクルが非常に早くなったんです。キャラクターやストーリーを作り込んできた身としては、自分の仕事と相反するなと。これを、エンタテインメントに置き換えたときに、もうキャラクターにライヴをさせた方がいいなと思ったんです 」

ARP誕生秘話を語り始めると大変なことになると、笑いながら端的にきっかけを話す内田氏。

二次元のキャラクターがリアルタイムで観客とコミュニケーションするという新しいエンタテインメントの実現は、2006年のグラミー賞のオープニングパフォーマンスで観た、マドンナとゴリラズの3D映像で、確信していたという。

内田「ユークスはリアルタイム・レンダリングという、その場で動かす3Dモデルの技術で、国内有数なんです。そのユークスで仕事をすることになり、昨今、皆さんが価値を感じているライヴやフェスというコト体験を、二次元のキャラクターがお客さんと直接コミュニケーションできればいいんじゃないか? と。体験を継続的に生むことは、キャラクターが長きにわたって愛される事にも繋がる。それにはこの技術とこの技術とこの技術を組み合わせればできるはずだということは、その12年前のグラミー賞の3D映像の頃に理屈では分かっていたんです」

一方、城田はエイベックス黎明期の1997年入社。以来、V6のディレクターを始め、Every Little Thingなど音楽制作を担当。現在はレーベル事業本部クリエイティブグループのマネージャー兼シニアディレクターとして、ARPや和楽器バンド、新人女性アーティスト加治ひとみの制作業務に携わっている。まさにリアルなアーティストの現場にいた城田もARPには素直に驚いたのだという。

城田「最初のコンサートから見てるんですが、初めて見たときびっくりして。『これは本当に存在してる』という風に思えましたし、お客さんの熱狂度や盛り上がり方もリアルのアーティストとなんら変わりなかったんです」

コンテンツではなく
アーティストプロデュースとして
向き合う
エイベックスのDNA

リアルのアーティスト同様の驚き、その体感が最も大きな後押しとなったのはいうまでもないが、そこには2010年代後半の音楽業界が抱える課題ももちろんあった。

城田「いわゆるパッケージ市場が日本でも縮小していく中で、サブスクリプションなどの市場はこれら伸びていく。さらにライヴ市場は堅調に毎年、市場規模が上がっている中で、コト体験は大きなキーワードであることは間違いない。さらに、AR市場も拡大していく。サブスクリプション、ライヴ、AR、この3本の柱にARPというのは全てまたがっているというか、備えているアーティスト。まず、アーティスト自身に伸び代があるんです」

ARPは、リアルのアーティスト同様、コンサートのMCでは観客の声援に応えたり、会話が成立したり、生身の感情を持った発言が飛び出したりするという、従来にない、二次元でありつつコミュニケーションが成立する楽しさがある。さらには内田氏が丁寧に作り込んだキャラクター設定——例えば、リーダー格のSHINJIはバレエやフィギュアスケートの英才教育を受けており、愛犬と暮らしている。他にもインディーズバンド出身のメンバー、ダンスの才能に秀でたメンバー など、50項目近いQ&Aがプロフィールに記載されていて、ファンは“推しキャラクター” のバックボーンやストーリーも楽しんで、応援できる。

内田「ARPのキャラクターはアーティストと自分たちで一緒に作り上げていく、それこそライヴでキャラクターが実際の人間のように育っていく過程を感じています。これは音楽のプロデューサーさんもそうだと思うんですが、新人を発掘して、こういう感じで行け! と思っていたのに狙ってないところにいって、むしろうまくいくのと同じで、『ここでこういうこと言って欲しくないんだけどな』と思うことが、むしろファンの方にウケたり。キャラクターという“人”と仕事をしている感覚が、今までの仕事にはない醍醐味だと思いますね」

城田「内田さんの中に、こういうものを作りたいというビジョンが先にあって、それを実現するためにテクノロジーがあるから、強いコンテンツになっているんだと思います。だから、お客さんはリアルなアーティストを応援するようにARPのメンバーを応援するんでしょうね」

リアルのアーティストと同じような感情を持ち、歌やダンスの融合という意味では、生身の人間を超える見たことのないクオリティを実現する新しいアーティストであるARP。

城田 「いい楽曲であったり、ジャンルの垣根を超えるプロモーションというのは我々エイベックスの仕事ですし、ずっと生業としてやってきたことなので、そこを頑張りたい。エイベックスだからこそ、ARのキャラクターを普通のアーティストと同じようにプロモーションしていくことに面白みはあると思うんです」

テクノロジーが、過去のアーカイブや
アーティストの潜在価値を
デザインする

そして内田氏の中にはARのテクノロジーを使って、広く芸能界 まで拡張したいというビジョンがある。

内田「今、VTuberが花盛りですけど、あれは一般の方が一つエイリアスのようなものを作って表現されるということだと思うので、それはそれでいいと思うんです。ただプロの仕事、匠の技をバーチャル化したい思いがあって、例えば普段ダンスはしないアーティストさんが実は踊ってみたかったのなら、バリバリ踊る分身を持っていただいて、バーチャルライヴをするとか、そういう世の中にならないかなと思っています」

この技術を応用すれば、今は亡きアーティストの伝説のコンサートの再現も可能になってくる。往年のファンだけでなく、リアルタイムでは見ることのできなかった層にも、音源同様に時代を遡って体験できる可能性が広がる。

また、バーチャルなキャラクターと魅力的なストーリーが存在することで継続的な興行が新たに生まれる可能性も。

城田「例えば劇団四季さんのシステムってすごいと思っていて。コンテンツ制作から演じる人間、支えるスタッフ、ひいては専用のシアターや、チケット販売のシステムもプロモーションの仕方も全部コントロールされている。エイベックスは劇場以外は全て持っていて、同じ内容の公演をロングランできるノウハウや豊富な人材というインフラも持っています。ALiS ZEROというシステムを中心に、これからも新しいエンタメを生み出せる予感がしていますね」

リアルなアーティスト同様、9月からはテレビ朝日『BREAK OUT』でマンスリーアーティストとしてフィーチャーされ、8月に開催されたアーティストコンベンションでは、ARPメンバーが声優としてアニメに初挑戦するというニュースもアナウンスされた。

内田「普通のアニメにするつもりはなくて、ARPのお客様にも納得してもらえるように、アニメの中の出来事とライヴステージが話としてリンクしていくようなことはやっていけたらと。具体的には話せませんが『ああなるほど、これが拡張現実なんだね』という面白みをアニメでも出していかないかと、今、画策中です」

人の心の琴線に触れるシナリオとテクノロジー、良い楽曲、そしてアーティスト・プロモーション。内田プロデューサーとエイベックスがタッグを組み、見たことのないエンタテインメントの未来が創造されていく。

(写真左)株式会社ユークス
内田 明理

(写真右)エイベックス・エンタテインメント株式会社
レーベル事業本部 クリエイティヴグループ
クリエイティヴ第1ユニット
マネージャー兼シニアディレクター 城田 敬

こんな内容

  • 恋愛系ゲームの神プロデューサーが、
    二次元+ライヴへシフト。
    その時代的な背景
  • コンテンツではなく
    アーティストプロデュースとして
    向き合う
    エイベックスのDNA
  • テクノロジーが、過去のアーカイブや
    アーティストの潜在価値を
    デザインする
2018.09.14公開

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ARP 公式サイト
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美容商材を製品開発から製造、販売まで行うavex beauty method。昨年発売した美顔器カテゴリー商品・イヤーアップは約5万個を売り上げるヒット商品となり、その業績でエイベックスの社内表彰制度である「Mad+Pure Award」も受賞。今回はavex beauty methodシニアプロデューサー 新規事業開発の尾関政輝、同事業開発と営業担当の中山勝代、アライアンス部門の谷口亮太に、エイベックスがビューティー事業に取り組む意義を聞いた。

異なるバックボーンで
培ったノウハウを
活かしたプロジェクト

広告代理店勤務を経て、エイベックス入社後も広告業務に携わっていた尾関が異動でこのチームの責任者となって1年。

尾関「アーティストやタレントに対して、美容事業ならずっと継続的に活用していただけるし、やはり日本の美容商材や美容ブランドは世界的に見てもクオリティが高い。うちの会社で他に世界的なコンテンツといえばアニメ等もありますが、美容もそれぐらい大きな柱になりうるんじゃないか? という志で事業立ち上げ当時から捉えていますね」

芸能関係のマネジメントを長年経験してきた中山は女性ならではの感性での気づきが多かったという。

中山「サロンが外苑前と表参道の間という土地柄もあり、働く女性のお客様がお仕事疲れや精神的なストレスを癒しに来られることが多くて。そんな時、ちょっと肌の透明感を増したり、ハリを与えてあげたりするだけで、みなさんからモチベーションが上がり、毎日出社するのが楽しくなったと言っていただけたりと、生の声を聞いてきました。サロン自体は一旦閉店しましたが、やはり働く女性に少しでも元気になってもらえる、お役に立てる商品を作りたいという思いから、イヤーアップも生まれました」

また、前職が化粧品と健康食品メーカーでの製造と販売戦略部門だったという谷口は、その経験を生かし、エイベックスのソリューションやアーティストを動かし、他の企業のPR企画を担当。今年7月の体制変更でavex beauty methodプロジェクトに合流。異なるバックボーンを持つ少数精鋭のメンバーで、商品開発から製造、販売まで手がけることがこのプロジェクトのMadでPureな部分だと尾関は言う。

サービスの主幹は体験。
エイベックス独自の
プロモーション展開

美顔器カテゴリーで大ヒット商品となったイヤーアップ。耳つぼにイヤーアップが触れる構造で、耳にかけるだけの手軽さも相まって、「ながら美容」が実現できる斬新な商品だ。だが、構想から発売までの道のりは相当険しかったらしい。

中山「実に構想から発売まで5年かかりました。アイデアレベルの試作から始まり、ご一緒する会社さんを探すことにも時間がかかりましたし、イヤーアップをツボに当てるとなぜ効果的なのか? という科学的な根拠の答えは出ないわけです。そこで埼玉医科大学の教授にご指南いただき現在の形状になったのですが、その辺りが一番苦労しました。また、外部の工場さんをはじめ、いろんな方の力をお借りして着地できたものなので、それだけ長く売っていきたい、売らなければいけないという気持ちはあります」

美容メーカーではない苦労がありつつ、サロンワークで蓄積した知見が、エイベックスが美容に関わるなら何を作るべきなのか? にフォーカスできた理由だろう。そして商品が完成しても、化粧品メーカーではないエイベックスがどのようなプロモーション展開をすべきか? という課題が立ち上がる。

尾関「美顔器カテゴリーでいうとラッキーなことに競合商品がないんですよ。ただ逆にどういう商品なのかわかりづらいということでもある。また、大手メーカーさんのように潤沢な広告費があるわけでもない。それで僕たちは地道なことをやってきたんですが、やっていくうちにわかったのは、やはり体験してもらうことなんです。それでお店以外に美容院においてもらったらすごく売れたんですね。美容院は鏡の中で全てが起きるので、髪を切る間の10分、片方だけイヤーアップをかけて左右の違いを実感してもらう。そうすると『これって手が開くからすごく便利!』等、効果以外のことにも気づいてもらえる。言わなくてもわかってもらえるので、そういう形のプロモーションがメインですね」

美容院での販売以外にもタッチ&トライのイベントとしては、エイベックス主催のWANDERLUSTでのイヤーアップを装着してのヨガ体験や、ホットヨガ・スクールが開催する鈴木亜美も登場するヨガプログラムとのコラボレーション等、エイベックスならではのプロモーションを展開中だ。

尾関「やはり僕らの会社はライヴもそうですし、体験を売り物にしているというか、サービスの主幹は体験だと思うので。WANDERLUSTのように弊社が持っているコンテンツと掛け合わせて、さらに相乗効果を生むということは、イヤーアップに限らず、他の商品でも取り組みを広げて考えていきたいですし、商品と体験をセットにしたソリューションを開発したいという思いはありますね」

ライフスタイル事業で、
一般まで広くバックアップする

ナショナルクライアントである老舗の化粧品メーカーが強い存在感を示してはいるものの、安全・安心な日本の美容商材は海外展開も可能性を秘め、市場的にも高いポテンシャルを持つという理由で、ビューティーから始まり、さらにヘルスケアも含めたライフスタイル事業をエイベックスの主幹事業に育てることが尾関のビジョンだ。

また、数多くの時代を象徴するスターやアーティスト、ファッションのトレンドを創出してきたエイベックスだからこそ、商材への信用度、注目度の高さは強みになる。

尾関「会社として、これまで多くのスターや美しいものを作ってきたわけです。それ自体が資産なので、その資産を活用できるビジネスという意味で、ビューティーは親和性が高い。そして、ライフスタイル事業は社会貢献だと思っていて。まず、チームの人間が幸せになり、社員のみんなもこの事業を通じて明るい気持ちになってほしい。そもそも女性だったらきれいで健やかになって、仕事も遊びも楽しくなる、そういう人を幸せにする事業になってほしいなと思いますね」

谷口「今までエイベックスはテレビに出るようなスターを育ててきたわけですが、今後はそのノウハウを一般の人たちをバックアップできる商品作りに反映できると考えています。今やYouTuberどころかVTuber等も登場しているので、テレビや雑誌にこだわらずに個で光を発している人もフックアップしたいですね」

エンタテインメントの世界で時代を象徴する女性像を創出、つまり実際にアーティストに多く接し、作品やマネジメントで関わってきたエイベックス。アーティストや社員への思いやりから生まれたこの事業には、エンタテインメント領域で培った「今の女性が何を求めているか」というエイベックスならではの感覚が生かされているのだ。

尾関「美容の話じゃないんですけど、うちの会社の女性は美味しいご飯屋さんをすごく知ってるんですよ(笑)。美容も食もいいものを知っていて、かつアーティストをきれいにしてステージに上げ、それを見てファンになったり、好きになってもらう、そのノウハウを僕らは持っている。美しくしてステージに『上げる』というノウハウを商品を通して一般の方に提供することで、その方のライフステージを一つ上に『上げる』ことができればと思っています。美しく豊かに楽しい毎日を過ごしていただきたいですね」

「エイベックスが美容事業をやっているというと、「そうなんですか?(Really?)」と言われることがありますし、最初は『やれるわけないでしょ』と社内でも思われていたんじゃないでしょうか。でも立ち上げから8年間、大変なこともあったし、イヤーアップも何度か挫折しそうになったのですが、やはり世の中や人の役に立ちたいというところはPureな思いですね」と、社内では新しい事業でありつつ、ユーザーもアーティストも、さらには世の中も包摂したロングスパンの取り組みを標榜する尾関。今後ますますあらゆる企業で中核をなすライフスタイル事業で、avex beauty methodがどんな提案をもたらしてくれるのか、引き続き注目していきたい。

なお、8/1(水)には第二弾商品として、飲む夏の美容ケア「AOPALE(アオパレ)」をONLINEでの販売をスタート。体の内側から紫外線予防やケアができる商材として、イヤーアップに続くヒットになるか? 市場の反応を見守りたい。

(写真左)エイベックス・エンタテインメント株式会社
事業開発本部 ライフスタイル事業グループ
ヘルス&ビューティーユニット
中山 勝代

(写真中)エイベックス・エンタテインメント株式会社
事業開発本部 ライフスタイル事業グループ
ヘルス&ビューティーユニット
シニアプロデューサー 尾関 正輝

(写真右)エイベックス・エンタテインメント株式会社
事業開発本部 ライフスタイル事業グループ
ヘルス&ビューティーユニット
谷口 亮太

こんな内容

  • 異なるバックボーンで
    培ったノウハウを
    活かしたプロジェクト
  • サービスの主幹は体験。
    エイベックス独自の
    プロモーション展開
  • ライフスタイル事業で、
    一般まで広くバックアップする
2018.09.04公開

関連リンク

avex beauty method
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5/11(金)に開催された2018年3月期の決算説明会で決算とともに発表されたのは、6/22(金)付で創業者の松浦勝人が代表取締役会長CEOに就任し、黒岩克巳グループ執行役員(当時)が代表取締役社長COOに、また、林真司COO(当時)が代表取締役CFOに就任するというビッグニュースだった。2018年で設立30周年を迎え、「Really! Mad+Pure」というタグラインを胸に、新たな体制で未来に向けてチャレンジを始めたエイベックス。松浦会長からその舵取りを託された黒岩の言葉から、エイベックス及びエンタテインメントの未来を探った。

既存の“1.0”と
新たな“2.0”を融合し、
“1.5”を生み出す

「就任していろいろとやることは多いですが、エイベックス・エンタテインメント株式会社の社長をやっていた時もバタバタはしていました。ただそこに新たな領域が事業として入り、さらに松浦会長や林CFOと経営的な話をする時間も増えたので、会議自体は多くなっています。でもそこはみなさんと連携して、無駄な会議はなるべく減らしていこうと考えています。既存の時間でシェイプできる部分はシェイプし、新しいことをやっていくための時間を作っていきたい」

端から見ていて、このエイベックスの新体制は、入念な準備と狙い済ましたタイミングで動き出したもの――そう思っていた。ただし、そこに至るまでの経緯を黒岩に聞くと、「松浦会長から告げられたのはゴールデンウィーク前」という驚きの回答が返ってきた。

「『俺、会長になるから』、それが第一声でしたね。それに対しては『もちろん、いいんじゃないですか?』と。でも『黒岩がグループの社長をやれ!』と言われて、私がまず言ったのは確か『ムリです』か『重いです』のどちらかでした。グループの経営的な社長と、グループの事業会社の社長とではやはり守備範囲が違いますし、私自身も音楽領域の社長として道半ばの段階で、まだここでやっていくものだと思っていたので、まったく想定もしていなかったです。ただし色々と考えた結果、とてもありがたいことですし、松浦会長が新しいことをやっていくというのは、会社としても非常にポジティブなことです。会長曰く、『既存の“1.0”は黒岩が担い、新たな“2.0”を自分がやる。そしてそれが融合し、“エイベックス1.5”が生まれてくる』と」

会社や組織といった枠組みにとらわれず、同じ思考の仲間と有機的に繋がりながら働く――昨今、さまざまなビジネスの現場で提唱されている“働き方2.0”。松浦会長はそれを会社に置き換え、エイベックスにおける既存の“会社1.0”の仕組みを進化させるために、あえて自分は“会社2.0”として外へ飛び出すことを決断した。そして、それぞれが得たものを還元し、融合させることで、新たな“会社=エイベックス1.5”のスタイルを生みだそうとしているのだ。

その意味でも既存領域を支え、さらなる成長へ導くリーダーとして、これまで数々の事業を牽引してきた黒岩がCOOにふさわしいだろう。そして、ゴールデンウィーク前後に決まった急転直下の人事劇だとしても、そこには松浦会長の揺るがぬ確信があったに違いない。

「後ろは崖しか無いような気持ちで受けさせてもらうと同時に、辞表を持って行くような覚悟でした。グループの社長になるということは、『結果が出なかったからまたここに戻って』というわけにはいかない。それだけの責任がありますし、もちろん家族とも話しましたよ。それでも正直なところ、最初は半信半疑というか、それぐらいのスピード感でしたね」

「松浦会長がこれまで担って来たことの大変さを、今、痛感しています」と語る黒岩。社長に就任し、松浦会長とより密に話すことが増えた中で、特に印象に残っている言葉があるという。

「『社長になると色々な人が寄ってくるので、ちゃんと見極める』こと、そして、例えばエイベックスで言えば『小室哲哉さんのような人を掴まえられたら勝ちだ』と。30周年で0歳からという松浦会長の言葉もあるように、既存だからといっても今までのやり方を踏襲していればいいということではない。それにはいかに社外の人たちも含めエイベックスに魅力を感じてくれて、いっしょに手を組み、新しいものを世の中に提供することができるか。それも踏まえた上での人が寄ってくる、そして時代を象徴するような人を掴まえられたら勝ち――ということだと捉えています」

足腰を鍛えて、
筋肉質な体質を作った組織に
ピークは無い

浜崎あゆみや東方神起、BIGBANG等のアーティストや、a-nation、ULTRA JAPAN、STAR ISLAND等のコンサートやフェス等の華々しい事業を手掛けた経歴が表立つが、実際に黒岩がどのようなきっかけでエイベックスに入社し、その先の道を歩んだのかを知る者は少ないのかもしれない。

「私が入社したのは2001年。それこそCDが爆発的に売れて、宇多田ヒカルや浜崎あゆみのCDが400万枚以上売れる時代でした。ただし、私が最初にやった仕事はコンサート。当時、会社でコンサートの事業をやっている人は、ほとんどおらず、『コンサートは儲からないから外注でいい』――それが社内での考え方でした。そのため最初は全然注目もされず、ただ実際やってみるとけっこう労力もかかるし、とても専門性があって、すごく面白かった。それを部下もいない状況で2年ぐらいやっていたのですが、外注先のライヴ制作会社がかなり優秀だったのもあり、いろいろなことを学びましたね」

その頃、欧米ではすでにパッケージビジネスが下り坂に突入し、レコード会社よりもライヴのプロモート会社の方が360度ビジネスを展開していた。

「『これから360度ビジネスをやる上では、絶対にコンサートを自社の事業に組み込むべきですよ!』と、当時の上司に言ったりしていました。しばらくすると同じ考え方をしている人が現れ始めて、ひとつのグループに。そして2005年に第2創業のように言われる時期が来た時に『ここだ!』と思い、上司を飛び越えて直訴しました。最終的な経営判断のもと、「やろう」ということになり、そこからコンサートの制作と、その他のスポンサーセールスやMD、チケッティング等を司るエイベックス・ライヴ・クリエイティヴという会社が誕生しました」

黒岩が「自分たちのヒットとは何だろう?」と考えた時に、最終的に辿り着いた結論は「この会社の規模を大きくすること」というものだった。

「ヒットというのは未来永劫続くわけではなく、ピークがあって、ある程度で一定になるか落ちるか。ただし、組織にピークは無い。時間はかかるかもしれませんが、しっかり足腰を鍛えて、筋肉質な体質を作ることが私たちにとってのヒットであり、会社に対する貢献だと考えました。その想いで地道に地道にやってきた結果、吹けば飛ぶような組織ではなくなったと思います」

これまで築き上げたシステムやプラットフォーム。それは、さまざまなヨコ展開を可能にした。

「『外部のアーティストとのコラボレーションをやろう』『舞台をやろう』『ニューヨークからブルーマンを呼ぼう』とか。さらに『フェスをつくろう』『海外のフェスを持ってこよう』もそう。私はずっとひとつのことを地道に組織の一員としてやってきた。『楽曲を作ろう』といった発想にはならなかったし、『気に入った人のマネージメントをしよう』ともならなかった。自分の与えられているライヴ・エンタテインメントという領域で、360度、何ができるのか――それを常に考えてきました」

MadとPure――
相反する要素が融合し、
何が作れるのか

黒岩は自身のこれまでを振り返り、「限られた中で何でもやってきたことが、結果的に今に繋がっている」と語る。シンプルにひとつのことを追求し続けた結果、気がついたら、COOの位置にたどり着いていたのかもしれない。

「どうしても人は与えられたことを淡々とこなしてしまいがちになる。新しいことを思いついても、組織に潰されることもあれば、『そこまでやっても……』と自分で諦めてしまうケースもあるでしょう。ただし、今あるものに対して疑問を持って可能性を追求することのできる人が、きっと新しい何かを切り開くことができるのだと思います」

“疑問”というシンプルな動機が、これまでも黒岩を突き動かして来た。

「昔はアーティストを発掘する会社と、育成する会社と、マネジメントする会社が別々だった。ただしそれは、一気通貫でなければ絶対に良い人は育たない。また、リリースに関しても『出さなければいけない』という悪しき慣習がある――「何で?」っていう。私はわからないことは教えてほしいし、教えてもらった上で論理的に突き詰めていきたい。あと大事なのは、売上よりも利益だということ。売り上げは規模の経済の話で、新しいマーケットを取りにいったら上がる。ただし、シェアの取り合いはあるにしても、日本の音楽産業で大体のパイは決まっていて、その中で売上を無理して伸ばそうとすることほどナンセンスなものはない」

インタビューの最後は、やはり「Really! Mad+Pure」というタグラインについて聞きたかった。

「Really! Mad+Pureもエイベックス1.5も同じだと考えています。プラスとマイナス、陰と陽……それぞれがあってバランスが成り立つ。それと同じで、Madだけでもいけないし、Pureだけでもいけない。大事なのは相反する要素が融合し、何が作れるのか。その上で『マジ!?』『スゲーじゃん!』みたいなものを目指すべきだということが、あのタグラインには込められていると考えています。やはり世の中でスタンダードになるものは、最初はどちらから入っていても最終的に融合して、パイが大きくなり、マーケットが安定する――これが私たちでいう、ヒットの定義でもあると思います」

エンタテインメントを牽引し続けなければいけない企業の代表に必要な“らしさ”は、すでに言葉の端々から滲み出ている。論理的ではない慣習に対しては素直な疑問を持ち、実直に新たな改革にチャレンジする――“エイベックス1.5”は果たしてどのような形で成就するのか? 黒岩が率いる新生エイベックスは、次なる航海へ向けて舵を取ったばかりだ。

エイベックス株式会社
代表取締役社長COO
エイベックス・エンタテインメント株式会社
代表取締役社長

黒岩 克巳

こんな内容

  • 既存の“1.0”と
    新たな“2.0”を融合し、
    “1.5”を生み出す
  • 足腰を鍛えて、
    筋肉質な体質を作った組織に
    ピークは無い
  • MadとPure――
    相反する要素が融合し、
    何が作れるのか
2018.08.22公開
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