――テレビスピーカーのコンセプトは早くからあったのでしょうか。

はい。ガンマ波変調技術によって、脳内でガンマ波を惹起できることはわかっています。しかし、いくら良い技術を生み出しても使い続けてもらわないと価値を感じてもらえません。その点は塩野義製薬も重視していました。無論シーズが起点でもいいのですが、我々も過去の経験からニーズドリブンで展開しないと社会には浸透しないことを痛感していました。ですから塩野義製薬では研究部門に加えて新規事業部門の方々も相当コミットしていただきました。

日常生活の中に無理なく融合できる手段を考えたとき、早い段階から「テレビ音声の中に混ぜ込んでガンマ波を惹起するのはどうか」と思いつきました。シニアの人たちにヒアリングすると、ドラスティックに生活習慣を変えるのは難しいことが見えてきたからです。

ヘルスケアサービス、あるいは予防サービスはすぐには効果が見えないこともあって継続することが最もハードルが高い。テレビを観る習慣がQoL(生活の質)向上につながり、幸せな老後に寄与するのであればそれがベストです。そこからテレビスピーカーをコンセプトにして開発を進めました。「今までと変わらず、普通に暮らしていてくれればいい」というのがポイントです。

共同研究に着手してから1年半ほどは、「テレビの音の中にガンマ波の刺激が混ぜられるのではないか」との仮説をひたすら検証していました。当時は実現できるかどうかがわかりませんでしたが、実際にテレビの音に混ぜて出すことができたときにはかなりの手応えを感じましたね。

インターフェースも簡単で、ケーブルをテレビにつなげれば聞こえる仕組みにした。色や文字を符合させてわかりやすくしている(写真:小口正貴)
インターフェースも簡単で、ケーブルをテレビにつなげれば聞こえる仕組みにした。色や文字を符合させてわかりやすくしている(写真:小口正貴)
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――なるほど。実際の聞こえ方はどうなるんですか?

ビブラート(揺れ)がかかった音や声になるので多少違和感はありますが、パルス音のような不快さはありません。背景の音、声をそれぞれ分離して変調をかけられるのが特徴で、ダイレクトに響く声の変調はあえて弱くしています。変調が気になるとニュース音声などが楽しめなくなりますから。

変調は標準、弱、なしの3段階から選べるようにしています。そのため、通常のテレビスピーカーとしての利用も可能です。またLTEのモバイル回線による通信機能を搭載しており、わずらわしいWi-Fiの設定は不要としながらも、スマホのように機能をアップデートできます。

kikippaは高齢者に直接設定してもらうことを想定し、購入したらコンセントに挿して、ケーブルをテレビにつなげば聞こえるようにしました。本体には電源のオン/オフボタンも搭載していません。テレビをはじめ、接続した機器のスイッチに連動して入ったり切れたりする仕組みです。取扱説明書も大きな文字で印刷し、ほぼ1枚で伝わる工夫を凝らしています。とにかく徹底してユーザーフレンドリーを意識しました。

人類が抱える社会課題をガンマ波サウンドで解決したい

――2023年4月の発売後、順調に販売数を伸ばしているそうですね。リリース後の反響は。

最初に反応があったのはMCI(軽度認知障害)と診断された人たちでした。kikippaはシオノギヘルスケアのオンライン販売に限定していたのですが、検索してたどり着くことが多かったようです。それだけ適切な予防策を探している人たちがたくさんいたということでしょう。

中でも多いのは、子どもから親へのプレゼント需要です。スピーカー単体としてもかなり明瞭に聞こえるので一石二鳥と言えます。また、LINEと連携して利用状況を共有できる簡易なみまもり機能も設けています。

村上氏は「ガンマ波変調技術はどこにでも音の刺激を埋め込めるのが強み」と話す(写真:小口正貴)
村上氏は「ガンマ波変調技術はどこにでも音の刺激を埋め込めるのが強み」と話す(写真:小口正貴)
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――施設や企業とのコラボレーションも増えていると聞きました。

おっしゃる通り、どんどん輪が広がっています。例えばアルツハイマー病研究の権威にガンマ波サウンドをお伝えして、自分のクリニックに併設しているカフェで体験できるスペースを設置していただいたり、認知症患者が集まる認知症カフェに置いてもらったりなど草の根的な活動を展開しています。

並行して2023年4月には業界を超えた数社と「ガンマ波サウンドを活用した生活に溶け込む認知機能ケア」の連携を発表し、NTTドコモ、学研ココファン、SOMPOひまわり生命保険、三井不動産らとガンマ波サウンドの社会浸透を進めています。コアのアルゴリズムや制御技術は確立していますから、音が鳴っている場所であれば認知症ケアができるかもしれない。そうした可能性に共感してくれるプレーヤーが多いと実感しています。

――現在のkikippaの立ち位置は音響デバイスですが、今後の展望をどのように考えていますか。

将来的には医療機器を目指す可能性はあります。ただしkikippaはあくまでアウトプットの1つであり、最も重要なのは認知症にとってどれだけガンマ波サウンドの効果があるのかを示す研究になります。

2024年2月には学術発表会「Neuroscience 2023」において、40Hz振幅変調音を聞くことで「ガンマ波が統計的に有意に強く同期されること」を発表しました。こうした研究を続け、ガンマ波サウンドによるエビデンス構築に向けて邁進していきます。ご存知のように認知症は人類すべてが考えなくてはならない社会課題です。息の長い取り組みになることは覚悟していますが、しっかりと進めていきたいと思います。