神慈秀明会について

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神慈秀明会の旧体制と言われた時期(駅前で「貴方の幸福…」とやってた時期)、集会所のようなところへ連れていかれました。 そこでいきなり「話が聞きたいなら1,000円以上の布施をするか、掃除をしていけ」と言われた事を今でも鮮明に覚えています。 その後、会主?様が娘さんに代替わりしてから過激な活動は公然とは行われていないようですね。 ちなみに私は真如苑の信者です。 その立場から、神慈秀明会を評すると「何もないところ」です。 まず、教義がない。 「世界救世教」からの離脱の話くらいしかないのでは? で、宗教の内容としては、奇跡が起きたと言う話ばかりで、それがどのような原理に基づいているのか?なぜ奇跡が必要なのか? その人間の人生に関わる根本の道を見出すことはせず、ただ奇跡が起きた、奇跡が起きたと言い、「すごいねぇ」と信者同士で言っているだけに見えます。 しかも、その奇跡が「死人が生き返った」とか、「切断した足が生えてきた」とか「一切れのパンが千人分に増えた」とかの、誰がどう見ても奇跡というものではなく、病気が治ったとかの「医者が良かったのでは?」と突っ込まれるような類のものばかりです。 奇跡なんてどこの宗教でも、あるいは宗教がなくても、起きる時には起きます。 そのような奇跡のみを求めてする信仰は「ご利益信仰」と言います。 ご利益信仰とは、霊的な力を「借金する」ようなもので、その場は良くても後で「利子をつけて返済」しなくてはなりません。 具体的には、様々な苦しみを受けていかなくてはなりません。 この「ご利益主体」の信心である事が最大の問題だと思います。 逆に、良い所はありませんね。 ご利益信心には良いところが全くありません。 ただ一時、よくなったように思えても、その後、地獄の苦しみへ一直線です。