葬儀や法事で僧侶が得意げにお経を読んでますが、あれはいっさい効き目のない呪文みたいなものですか。
葬儀や法事で僧侶が得意げにお経を読んでますが、あれはいっさい効き目のない呪文みたいなものですか。 お釈迦様が自分の教えをわかりやすく伝えるためにたとえ話を交えて語った内容を弟子たちがまとめたものが経典らしいですね。 それをたとえば鳩摩羅什や玄奘三蔵が漢訳したものを遣唐使らが日本に持ち帰ったものが現在あるお経だと聞きますが、今なおそれをそのまま聞き手がだれも理解できない音読みで得意げに読んでるのはお釈迦様の教えが人々に理解されると僧侶は都合が悪いんですか。 日本の知識層にとって文章といえば漢文だった時代、彼らが仏教研究に用いるためのテキストとしてであれば、漢文のままでもいいでしょう。でも現代の葬儀などでの用途は違いますよね。 もしかすると高いお布施を支払った遺族が不満に思わないようになんの効き目もないものの呪文代わりに唱えておけばなんとか場がもつだろうという魂胆ですか。
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