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公式hpが基本で、それに私観で追記します。 修行によって、人格の向上をめざし、家族、身近な人々、職場、地域と、 周囲を幸せにすることが、自らの幸福という実践の教えです。 信仰してる人が、みな人格が高いのではなくて、 それぞれの現状から、向上をめざすのです。 この点、理解が不十分な者は、 『うまく行けば信仰のお陰。ダメなのは実践できてないから。因縁、障害。大難を小難に』などと言い、周囲に迷惑かけると言ってるが、 上記はすべて、信がまだ浅い者は理解できないから、 説くのは不適切、とされている事項です。 そうじゃない、人格を向上させる努力も、しているのに、 信仰しない家族は、わざとその努力を無視する。 『』を、非科学的だと、ガアガア文句いうのです。 家族の不幸って、貧困、障碍、病気、不倫、暴力、苛めと、トルストイの見解とは異なるが、 ほぼパターン化できる。 文句だけ、不平不満だけの奴は、そうした不幸から信仰へと歩む人、あるいは 家族を不幸にしてしまった自責の念から、信仰へ歩む人への、 「何を今さら、ジブンばっかしイイコになって」という妬み嫉みから、悪口を言ってる。 つまり、身内の恥をさらしてるだけ、という事です。
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