真如苑の教えを分かりやすく基本的なことを説明するとしたら、 なんと答えますか?

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その、恥をさらしてるのが、ジブンの母親と絶縁して、 次の文章を投稿しました。 〉私は絶縁するのがてっとりばやいと思っています。 〉後悔してますよ、そりゃそうです。 〉なんでもっと早く絶縁しなかったんだろうと、今でも思っています。 ううーん。何ともヒドい、最悪。 以下の投稿も、ありました。 〉警察には「なんだか知らない人が怨霊だとか因縁がどうの言ってて怖い。」と通報です。 〉来たら「あんまりわけのわからんことを言うので親戚だと思わなかった。」ですっとぼけてください。

その他の回答(5件)

勧誘する事が他人の為になると本気で信じられる人の集まりです。 悪気がないぶん悪人よりタチが悪い偽善者とでもいいましょうか。

開祖の伊藤さんが独自に解釈した新興宗教団体です。 修行することで彼らの規定する霊能が得れるそうです。 在家で僧侶になれるのは別に苑だけではないです。 この手の新興宗教は過度に依存したり、誤情報を平気で正しいことのように触れ回る人間が出ます。

伊藤真乗の説いた教え。ですかね。伊藤真乗という人を説明すること。その人柄を伝えること。私ならそうしますね。

真如苑の教えとは、普通に社会生活を送っている人であっても、宗教専門に生きている出家修行者と同じように悟りの境涯を得られる「出家を中心とした在家も救われる教え」です。 普通、信仰と言えば家内安全や病平癒、商売繁盛など人間にとって都合の良い利益を求めるものという観念が根強くあります。 真如苑もそれらのものを与えてくれる側面はありますが、それはメインではありません。あくまで正しく仏教の教えを体得していく経験を重視します。 このことを真如苑を世に出した故 伊藤 真乗 真如苑教主は 「ご利益は まこと歩みの 副利なり 歩まず請うは 邪(よこしま)と知れ」 と教えています。 教えの中で自分の欲望を満足させることのみを求めるのは真如苑の信仰ではなく、それは邪な事であると教えているのです。 仏教では古来より修行として六波羅蜜という6つの項目を修める事で悟りに至ると教えられています。 伊藤 真乗はこれを普通に生活する在家でも履修できるように「3つの歩み」というものと「接心修行」というものを修行として体系化しました。 真如苑の信者はこれらの修業に勤しむ事によって、つまり、自ら願って行う事によって悟りの境涯に至れるし、そのご褒美として利益というものが与えられると教えています。 教書ではこの事を 「人は皆、健康で物心ともに恵まれ、闘争のない幸福な生活を祈っています。しかし、ただそれのみを願っていて、理想の浄土、歓喜世界が現れるものではありません。 願いと共に、他の為に行ずる、他の為に祈るという、み仏中心の行いから、涅槃のみ光が差しわたってくるのです」 と示しています。 その他にも真如苑は伊藤 真乗 教主が真言宗醍醐派において修行し、密教を他人に教える立場である伝燈大阿闍梨であり真言宗の法脈があるので、在家であっても得度受戒を頂いて僧侶の資格を得られます。 また、「顕幽一如」と言って御先祖をはじめとするあの世が救われる教えであり、その結果としてこの世の私たちも救われるという教えで霊魂を肯定する教えです。 具体的には、信者の過去・現在・未来を見通す神通力を持った霊能者がその指導に当たります。 この霊能者には一般の人であってもなれます。真如苑にはたくさんの霊能者がおり、また今も生み出され続けていますが、修行することによって在家であっても霊能が開発できる教えです。これを真如霊妙と言っております。 最後に霊能者となり、僧侶の資格を頂いて悟りを目指すわけですが、その悟りとは大般涅槃経という釈尊が御入滅される時に説き残された遺言の教えに則って至る「常楽我浄」と言われる喜びの境涯(悟りの境涯)です。 つまり伝統の法脈・真如霊妙・大般涅槃経の三つの宝が存在する教団です。 このように在家であっても悟りを求めて修業できる仏教教団は真如苑のみと言っても過言ではないのです。 それは上記三つの宝があるからです。

思考停止してただ信じることが重要な教義です。 その上で人を勧誘することが第一のネズミ講型新興宗教です。