真如苑の位置づけ

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ポエムさん、torotoro_mokubaさん、以外、まったく仰る通りです。 今回はごちゃごちゃ言ってる人の正体を暴いてくれた方にBAです。ありがとうございました。ポエムよ、形より内容なら新興宗教でもなんでもいいハズだが(笑)

お礼日時:2013/10/5 10:46

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個人的には、単に設立時期だけで新興と伝統を判断するのは、難しいと思います。例えば、真如苑は過去に「真言宗醍醐派立川不動尊教会」という教団名の時期がありました。これは、真言宗醍醐派の末寺になるので、伝統仏教に包括されます。もし現在も独立せずに、「真言宗醍醐派真如苑」であったなら、伝統仏教なのか? 設立時期だけで判断するということは、たとえ誰もが認める伝統仏教といえど、近年独立した途端に新興宗教に分類されるということです。その逆もしかり、新興宗教団体が、伝統仏教宗派の傘下に入ったら、伝統仏教になるのか?「伝統」とは、そんなものでしょうか?私は、違うと思います。 真如苑以外に例をあげれば、雷門で有名な浅草寺は、聖観音宗です。聖観音宗は、第二次世界大戦後に天台宗から独立し生まれた宗派なので、設立時期でいえば、新興宗教団体になるはずです。wikiの解説は、以下↓ >「十三宗五十六派」ではないが、戦後単独宗制となった聖観音宗(総本山浅草寺)は、天台宗(総称)に分類される伝統宗教として認知されているが、それは浅草寺教団が幕末期以前に観音を本尊とする教団として成立していたからである。 教団の設立ではなく、成立で伝統仏教と認知されるそうです。聖観音宗の設立は、1950年ですので、間違いなく新興宗教に分類されるはずです。しかし、多くの人は、新興宗教と思っていないでしょう。 設立:組織・施設・制度などを新しくつくること。 成立:物事が成り立つこと。 真如苑が伝統仏教だという論拠に挙げているのは、「法流血脈」です。真如三昧耶流という真言小野流の一派です。では、「法流血脈」があれば伝統仏教と言えるのか?それには、まず「法流血脈」とは何か知らねばなりません。ですが、知るには、壁があります。「法流血脈」そのものが、真言密教の秘密の部分です。「法流血脈」をyahooで検索しヒットするのは、真如苑と醍醐寺がほとんどです。「法流血脈」という言葉が、真如苑と醍醐寺に関わる用語で、それ以外で使われることがないからだと思います。その詳細を語ることは、越法罪ですから世に出難い。ネットに載っている説明もほんの一端に過ぎません。では、なぜ真如苑の「法流血脈」が世に知れたのか?誰がリークしたのか?それは「まこと教団事件」に端を発します。この事件で、文部省の査察が入り、「法流血脈」を証すものが発見されました。つまり、リークしたのは当時の文部省。発見された時、真乗氏の奥様もそれを知りませんでした。奥様は、真如苑では霊祖として尊ばれていますが、その奥様にも、真乗氏は黙っていたほどのことです。それほど、「法流血脈」は、秘密しなければならないものなのですが、事件により世に出てしまった。事件以降、世に出てしまった「法流血脈」の周りで起きた出来事を一つ一つ紡いでいくと見えてくるものがあります。はたして伝統仏教と言えるかどうか?理解し難い事実として、当時の文部省は、まこと教団事件の被告人の教団に対し、裁判中であるにも関わらず、宗教法人の認可を下ろしました。この認可にも法流血脈が関わっています。

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2013/9/29 22:17

真如苑は仏教というよりは、甘い魔境に信者を引きずり込む邪教のような書き込みが多いようです。 金銭的な被害者も出ているのに、カルトと言うと発言を削除させられるという疑惑のある変わった宗教であると思います。 新興宗教でないという人は、あまりいないのではないでしょうか。

新興主教ならば、なぜ糞拭衣が与えられるのですか? それは伝燈大阿闍梨だからでしょう。 まぁ、真如苑は形より内容を見てほしいですがね。

そうですね。 真言宗系ですが、真言宗が内部に在家向きの信徒組織でも作れば伝統宗教の一つの活動で終わりますが、出家と在家とで分けてるから、そうも行かないか別の考えがあったのかな? でも在家で僧籍が取れるなら、あんまり意味無いとおもいますがね。 そもそも無用の勧誘に力を入れる自体が的はずれな話です、これが内部での立場に影響したりすれば不毛な勧誘も増えるでしょう。 信仰の度合いに対する位は別にあるようですが、14億の絵画も立派な建物も新興宗教のそれにしか見えません。 お布施もお金に限らず、精神的な施しをお布施とするものがありますが、現世利益も大いに視野に入ってますね。 とてもじゃありませんが「糞掃依」の精神があるとはおもえません。 糞掃依とはあの黄ばんだ布切れのような袈裟(けさ)のこと、耳慣れないかも知れないので軽く起源を。 起源は、インドの仏教僧侶が身にまとっていた布。仏教では本来、出家僧侶は財産になるような私有物を持つことを禁じられており衣服も例外ではなかった。そのため価値や使い道が無くなり捨てられたぼろ布、汚物を拭う(=糞掃)くらいしか用の無くなった端布を拾い集め綴り合せて身を覆う布を作った。 詳細は以下。 http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%A2%88%E8%A3%9F まさか現代で実際に上記がごとき生活をしろとは言えませんが、精神は忘れちゃいけないんでないの?って話です。 年代的にもやってることも新興宗教にしか私には写りません。