真如苑を批判しておられる方に質問です。 かなり多くの方が 「真如苑を勝手にやる分には良いが、おたすけと称して勧誘するのは勘弁してほしい」 「真如苑は仏教ではなく新興宗教だ。
真如苑を批判しておられる方に質問です。 かなり多くの方が 「真如苑を勝手にやる分には良いが、おたすけと称して勧誘するのは勘弁してほしい」 「真如苑は仏教ではなく新興宗教だ。 新興宗教とはそれだけで悪だ」 というような論法を展開されていると思います。 では、釈尊本来の仏教は、他人を巻き込まず「自分だけ」の悟り、解脱を目指すものだったのでしょうか? 仏教の目的が自己解脱(自分だけで悟り、他人は巻き込まない)なら、釈尊は既に悟られたわけですから、他人に法を説き、苦労して解脱させる、つまり「おたすけする」必然性はないはずです。 しかし「仏」たる仏陀が語ったことで「法」がこの世に明示され、その法を聞き仏陀と共に歩む人たち、「サンガ(教団)」が生まれたのです。 ここに仏・法・僧、三宝一体の「仏教」が成立します。 即ち仏陀がおたすけを実践した事で仏教は今日も成り立っている訳です。 おたすけこそ、仏教を仏教たらしめているものです。仏教成立の根本原理は「法を説く」事が根本となります。もちろん、説くだけでなく実践しなければなりませんが。 従って、真如苑批判の根拠としての「おたすけを辞めろ」というのは、「真如苑を辞めろ」と言っているのと同じです。真如苑が仏教である以上、その法を語るのが教徒の修行だからです。 以上の理由から真如苑のおたすけが行われるのですが、おたすけを辞めろと仰る方々は、仏教そのものもやはり否定される立場なのでしょうか?
残念ですが、このまま待っていると投票に移行してしまうので一旦、BAを選ばせて頂いて、真如苑被害なるものの詳細についてもう少し詳しく伺いたいので、また別に質問を建てさせて頂きます。
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