ノベル5巻発売記念 スペシャルSS
お疲れ様会
冬が過ぎ去り花が芽吹き、寒さ和らぎよく晴れた、情勢は落ち着き、仕事も一段落をついたそんな穏やかな日。
を、待っていてはいつまで経っても実現不可能との判断が下された。
ゆえに、寒風吹きすさぶ真冬のとある日。
神殿では、とある祝賀会が開催された。
抉れた箇所に、無理矢理土を押し込んで均した地面。草木は根こそぎひっくり返ったまま、枯れきったというには微妙に生を残しつつ四隅で前衛的な空間を彩り、過酷な環境を物ともせず根付いた雑草が咲かせた花が色を添えている。
そんな素敵な会場、またの名を壊滅状態に陥った狭間の庭を無理矢理どうこうして間に合わせた継ぎ接ぎ空間には、様々な料理がこれでもかと並んでいた。
ここに来た以上、誰一人として腹を空かせたまま帰すまいという料理長の執念の賜である。
そんな料理で口を彩り、頬を緩ませている人々が一番の花だ。
私は、そんな空間に集まった人々を眺めていた視線を上げ、少し傾いた横断幕を見た。
そこには、もう条件なんざどうでもいいからとりあえずやるぞとの勢いで開催が決定された祝賀会の名称が書かれていた。
その名も、「祝・アデウス国最大最悪最強事件慰安会び神殿・王城関係修復協同作戦開始及び聖女・特級神官婚姻」。
「お疲れ様会でよかったのでは?」
「そっ…………―いうの、はやく、言って」
この会の責任者であるペールが、地面に崩れ落ちた。人体には骨があるという常識を脱ぎ捨てた、見事な崩れ落ちっぷりであった。
最近は忙しすぎて、感想言い合うどころか本を読む暇もないので、次から次へと買っただけの新刊が積み重なっている仲間のペールは、この度無事に祝賀会を開催できた。本人は、押しつけられたと嘆いていたが、これを見事開催しきったことにより、これからもっと重要な仕事も回ってくるようになると思われる。
本人は、いつまでも下っ端で細々とやっていきたいと常日頃から言っているが、今更言うまでもないだろう。
神殿は、いつ如何なる時も空前絶後の人手不足なのである。
「この後に陛下来るんですけど、平気です?」
「平気じゃねーですっ! 何!? 陛下!? 何!?」
崩れ落ちたペールが、目にもとまらぬ早さで生えた。竹みたいだ。
「陛下というのはアデウスの国王のことですね」
「知ってるよ!? そうじゃなくて、国王が来るって、何!?」
「あれ? 王城との関係修復の一環として、王城関係者も参加するってことですけど、聞いていませんでしたか?」
責任者なのに?
「知ってるっ! けども!」
それは大事だなぁと思っていると、ペールは盛大にべそをかく寸前の子どものような顔になった。
「陛下自ら登場するとは聞いてない!」
「へぇー。じゃあルウィ、突如時間が空いたんですかね? まあいいじゃないですか。王子が来ようが陛下が来ようが。一応無礼講会場という触れ込みでやっているので、誰が来ようが変わりませんよ」
「あのな……? 無礼講で気を抜けるのって、普段から無礼が大した問題にならないお歴々だけなの」
「へぇー」
さめざめと泣き始めたペールから視線を外し、ずっと私の手を握っている人へと向ける。
「そうなんですか?」
「どうでもいい」
エーレはペールの嘆きに興味がないようで、空いた片手に持った書類を黙々と読んでいた。仕事が終わっていないらしい。
そもそも、エーレに限らず神殿も王城も、仕事が終わっているからこの場にいる人はいないだろう。誰一人終わっていなくても、状況が整うまで待っていては未来永劫開催不可能の判断で強行突破した会。
またの名をお疲れ様会。
そんなお疲れ様会の責任者は、改めてさめざめと嘆き悲しんだ。
「聞く相手、間違ってる……」
「そんな気がしてきました。それにしても、もう少ししたら王城関係者のみならず、辺境伯関係者も到着するんじゃないですか? 大丈夫ですか?」
王立研究所関係者や所長や、リシュタークやらサロスンやら。
「大丈夫じゃねーです………………あ、だからずっと手を繋いでるのか……そうか――……何も言ってない! 余計なことは何も言わない! そんな俺は、しがない一神官! 」
突然元気大爆発したペールは、これから立て続けに訪れる来客受け入れのため、一目散に駆け出していった。
その背を見送りながら、ずっと繋いだままの手を揺らす。
「あの、エーレ」
「何だ」
「私、あっちに山と積まれてるどれをとっても重量級なお肉を食べたいんで、手を離してもらっていいですか?」
あれは、料理長が一昨日から仕込んでいたお肉だと知っているので、絶対に食べようと心に決めていたのだ。
ちなみにお父さんのお皿には、料理長直々にその中でも一際大きなお肉が乗せられた。
穏やかな笑顔のまま動きを止めたお父さんのお皿を受け取ったヴァレトリが、いそいそとお肉を切り分けている。
その横では、満面の笑みを浮かべ三口でお肉を平らげているサヴァスに、ココが信じられない者を見る目を向けていた。
いま到着したらしいルウィ率いる王城関係者も、信じられない物を見る目で肉の塔を凝視している。
ちなみにルウィはというと、いそいそ肉の塔へ向けて移動を開始していた。その背は、どこからどう見てもわくわくしている。
私もその後に続きたい。
「却下」
「両手が空いたほうが、エーレも書類を読みやすいと思うんですけど」
「問題ない」
片手が塞がっていると何かと不便なのだが、非効率を好まないエーレにしては珍しく、かたくなに不便さを手放さない。
「流石に、今日も逃亡の予定はありませんよ?」
今日に限らずしばらくその予定はないのだが、今日は輪にかけてサボるつもりはなかった。
それなのにエーレは、書類から目を離して私を見た後も、その手を離そうとはしない。
「ジーンが来るだろう」
「東西南北それぞれの辺境伯から名代の参加表明ありましたから、来ますね」
流石に辺境伯自体はこれずとも、それぞれ名代参加の連絡はあった。北はジーンとのことだったので、お世話になったお礼を直接できるなと思っている。
「だからだ」
「何がですか?」
「以上だ」
「何がですか!?」
私のお肉は!?
エーレとは思えぬ力で手を握り直された。最早、手を繋いでいるという表現では収まりきらない力だ。どう考えても確保である。
「マリヴェル」
「何ですか?」
いろいろあったはずなのに、結局最初から最後まであまり変わっていないと思えてしまうエーレは、今日も変わらぬ表情と声音で私の横にいる。
「俺は防衛より攻撃を得意とする」
「はあ、知ってますが」
「以上だ」
「私のお肉は!?」
「お前は、俺と肉どっちが大事なんだ」
「何の話ですか?」
「お前は肉が好きなのか」
「エーレはもっとお肉つけたいって話ですか?」
「何の話だ」
「何の話でしたっけ」
エーレが何を言っているのかはよく分からなかったけれど、切り分けられただけで総重量は変わっていないお肉を前にしてどこか遠くを見ていたお父さんと目が合ったことで、全てがどうでもよくなった。
とりあえずお父さんの元に行こう。全てはそれから考えればいいのである。
いそいそと場所を移動してお父さんの横に並んだ私とエーレの前に、いそいそとお肉が並べられた。いきいきとお肉を積んでいく料理長を眺めていると、私の手を確保していたエーレの手が、いつの間にか縋るような力となっていた。
料理長が取り分けてくれる料理の量は強大に見えるけれど、会場の隅で居眠りしているカグマが手持ちに胃薬を用意していないほどにはいつだって適量なので不思議だ。
視線を巡らせて、会場内をぐるりと見回す。
無礼講と銘打っているが、あまり意味を成していないように思える。何せ誰も彼もが、もてなしの料理を前に呆然としているからだ。
疲労は癒やせずとも腹は満たして帰るべしという、料理長の確固たる信念が遺憾なく発揮された結果である。
神殿関係者も王城関係者も、所属機関関係ない誰も彼もが皆、同じ料理を前に、目を丸くし、呆然とし、意気込み。
互いに目を合わせ、苦笑いも大笑いも一緒くたにして笑った。
どんなときも、お腹を満たす。話は全部それからだ。
それはきっと、平和の基本なのだろう。
だから私もエーレと顔を見合わせ、皆と同じ顔をして笑った。