その試合に藪はスイスイと好投した。球審の名はマイク・ディミュロ。当時のセ・リーグ会長が日米交流を目的として、米国から招いた審判だった。
際どい内角はほとんどボール判定。外角はビックリするほど広かった。日本の打者はぼう然、激怒、抗議の繰り返し。でも、投げる側の藪は違った。内心、ほくそ笑みながら外角へ〝ボール球〟を投げ続けた。それがすべてストライクになるのだから。
「審判に逆らったらダメでしょう。利用しなければ」
なるほど、その通りだと納得した。個性を見抜き、駆け引きに利用する-。野球の違った見方を教えられた気がした瞬間だった。まあ、ディミュロ審判は個性的すぎたけれど。
残念ながら、米国からきた審判は、判定に不服な監督、コーチ、選手に囲まれたことに恐怖を抱き、辞表を提出して6月には帰国してしまう。この事件で数多くの球界関係者がコメントしたが、誰よりも熱烈に残念がったのは藪だった。あの年、あの審判がフルシーズンいたら、藪の勝ち星はいくつ増えていただろうか。
ちょっと極端すぎる事例だったが、野球がどこか人間味あふれるスポーツで有り続けるためにも、ストライク、ボール判定にはVARが導入されませんように-。
余談だが、ディミュロ審判は、阪神唯一の日本一監督・吉田義男氏を退場させている。25年に及ぶユニホーム生活でたった1度の退場だ。結構、おもしろい事件です。そのお話は、いつか、またどこかで。(上田雅昭)
■上田 雅昭(うえだ・まさあき) 1962(昭和37)年8月24日生まれ、京都市出身。86年入社。近鉄、オリックス、阪神を担当。30年近くプロ野球を見てきたが、担当球団が一度も優勝していないのが自慢(?)