天皇への忠誠心は歴史的にほとんどない。太平記の不自然さ。

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「太平記」を読み返して、なんか変だなと思うのは、後醍醐天皇の特殊性である。もしくは「太平記」の特殊性である。後醍醐天皇と似たような戦闘的な感じというと、後白河天皇とか後鳥羽天皇とかいるけれども、彼らへの忠誠心というのはないわけである。戦国時代でも、戦争は日常茶飯事だが、天皇は空気である。いろいろ考えると後醍醐天皇だけが特別なのである。命を捧げる忠誠心の対象になった唯一の天皇である。「太平記」は物語の力がとても強いのだが、やはり日本の歴史全体を見渡すと、天皇のために命を捧げるという風習はない。ずいぶん奇妙なのであるが、これが明治以降の猛毒となって、日本を蝕んだのである。南北朝というのは、後嵯峨天皇に長男(後深草天皇)と次男(亀山天皇)がいて、後嵯峨天皇は亀山天皇がお気に入りだったので、そこから皇統が2つに分かれてしまったわけである。後醍醐天皇(南朝)は後嵯峨天皇の曾孫であり、後醍醐天皇が島流しにされたときの光厳天皇(北朝)は後嵯峨天皇の玄孫である。やはり曾孫とか玄孫のところまで行ってしまうと、遠い親戚であり、天皇の歴史にありがちな兄弟喧嘩とは少し色合いが異なるし、血縁が遠いから朝敵ということにもなろう。そもそも後醍醐天皇の名前は誰もが知っているが、光厳天皇は影が薄く、そこも奇妙である。後醍醐天皇(南朝)の系統は消えているから、現在の天皇は光厳天皇(北朝)の子孫なのだが、本当に不思議である。ともかく「太平記」は本当におかしなストーリーである。感動ポルノとして秀逸ではあるが、歴史をいろいろ考えると、天皇が忠誠心の対象というのはない。
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