第5話 狐の狩り
「剛力法師ねえ……暁人みたいな脳筋じゃないから正面切っての殴り合いはあんま得意じゃないんだけど」
焜は式符から一振りの刀を顕現した。それは龍骨から削り出されし漆黒の
四年前、この世に骸を晒し亡くなった臥龍暁久の遺骨から作り出された「遺作」であり、等級換算で準特等級に分類される呪具。普通の手段で手に入れる方法は、まずないと言っていい。まして野良妖狐が握れる業物ではない。
穢れを喰らい、妖力に変える性質を持つ霊刀であり、所長からもらった命の次くらいに大切な財産だった。
「私、相手が強いほど粘り強く立ち回れるタイプの陰陽師なんだよね。——オン・キリカク・ソワカ」
左手で小筒を抜き、さっと振る。顕現したのは、冷気を纏う三頭の白い秋田犬。
「足止めしなさい」
命じると同時に、焜も駆け出す。
冷気——水属性は地属性に対し、相性不利。土は水を吸うものだ。そんなことは百も承知である。戦闘において肝要なのは、なにも、直裁的にぶつかり合うことだけではない。
焜は剛力法師が振るうツルハシを紙一重で避け、逆袈裟に相手の右肩から切り下ろす。頑丈な作業着を裂いて、瘴気を龍骸刀が吸った。
穢れ喰らいの龍骸刀——溟人を斬るほどに、その切れ味を増す魔剣。
続け様に横に薙ぎ払われたツルハシを、やはりギリギリのところで回避。
ギリギリで回避が間に合っているわけではない。わざとそうしているのだ。
余計な動きを可能な限り減らし、硬直時間をなくす。そうすることで次手の組み立てを加速させ、最良の一手、最高の一手を打つのである。
スマートに、狡猾に、獲物を狩る。狐の鉄則だ。
白い秋田犬——〈白犬〉が吠え、冷気を解放した。
地吹雪が発生し、局所的な厳冬を生み出すと、〈白犬〉はそれと引き換えに一頭が消失。地面が凍結し、焜はあえてそこに走り込んだ。凍結した地面をスライディングし、爪を立ててブレーキ。反転しつつ妖力でスパイクを作った足袋で氷を踏み締め、構える。
剛力法師が追いかけてくるが、奴はあっけなく足を取られた。つるりと滑り、溟人なのに面白いほど人間臭くすっ転ぶ。
そこへすかさず二頭の〈白犬〉が突っ込んだ。
「
冷気爆発。熱を急速に奪う寒冷の波が剛力法師を飲み込むが、流石に地属性。全身凍結には至らない。冷気はほとんど吸収され、無効化された。ダメージは驚くほど少ない。
怒り混じりに唸り、乱暴にツルハシをぶん回した剛力法師の出鱈目さは、一歩間違って巻き込まれれば即死は免れない。
地属性の妖力が爆ぜ、氷が砕ける。と同時に焜は〈赤狼〉を生み、爆発ではなく熱風を拡散した。
当然、火が生ずることで土が栄える——故に、地属性には相変わらず相性不利であるが、状況は変わる。
氷が急速に熱され、それが一気に蒸発。あたりが蒸気に包まれ、視界が塞がれた。
剛力法師は突然視界を奪われたことに——当然、妖気が
だが、焜は別である。
知っているだろうか? 狐の目には、磁気を探知するタンパク質——クリプトクロムが含まれている可能性が極めて高い話を。
焜の目には、少なくとも北方向の相手に対しターゲットハッドが可能であり、北方向に対しての磁気感知能力は極めて高い。そして狐の聴覚は雪の下の小動物を察知するほどに鋭く、嗅覚は地中に埋められた死肉を嗅ぎ分けるほどに鋭敏だ。彼らは非常に感知能力の高い生物として知られる。
焜にとって有視界戦闘ができないという状況は、不利でもなんでもない。いっそ、有利とすら言えた。
音源探知で相手の南に周り、北方向に相手を捉え、磁気で相手を視認。
すかさず龍骸刀を上段霞に構え、刺突。
一切予期せぬ不意打ちに、剛力法師はなす術なく右胸を貫かれた。龍骸刀が瘴気を啜り、焜はすかさず引き抜いて刺突連打。
秒間十五発はくだらぬ刺突が剛力法師を穴だらけにし、あっけなく、祓葬せしめた。
「〈
呼び出した、尾が鎌になっているカマイタチに風を起こさせ蒸気を払わせると、焜は羽織のシワを直し、龍骸刀を血振りした。
暁人とはまた違う、スマートで狡猾な、実に狐らしい"狩り"であった。
×
「へえ、最近の若い陰陽師は粒揃いだなあ」
コンテナを積み下ろしするクレーンの真上で、呑気に腰掛けている人影。
二等級——の中でも特例なのだろう。限りなく一等級に近い二等級だ。人語を解し、外見も極めて人間に近いその女は、赤い髪を潮風に踊らせながら鼻歌を歌う。
顔には、目が四つ。本来の瞳の下部に、さらに一対の目があることを除けば、なんら人間と遜色ない外見だ。あるいはその一対を閉ざしていれば、人間で通るだろう。
「
女は、ただ二等級として気ままに浮世を揺蕩う溟人ではない。
彼女は、ある徒党に与し、野望実現のために行動する野心家である。そのために人を欺き騙し殺し、喰らい、弄び日々を過ごしていた。
その徒党とは。
四年前、臥龍暁久を殺した特等級溟人「空亡」が率いる、歴史上類を見ぬ最悪の溟人集団——その名を、「
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