第4話 龍殻雷槍の術

 迫り来る溟人の軍勢。一人、龍になりながらそれを撃滅していく、大きな背中。

 父は最期、龍になっていた。見上げるほどの巨体。恐ろしげな雄叫び。動くだけで地形が変わるような、凄まじい怒涛の戦い。

 しかしそれでも父は理性を捨てず、息子を守るため、全霊を振るった。


 無数の影、影、影。業火と水流がそれらを焼き払い、打ち払い、金色の尾が薙ぎ払われれば侍の格好をした溟人が一撃で消し飛び、大地を割る足踏みで白装束の女を消し飛ばす。激しい天雷が、平安貴族風の装いをした影を消し炭にし、しかしその都度、父はヒトではなくなっていった。


 ——お前は兄ちゃんだ。輝子を、守ってやれ。みんなを守れるくらい、強くなるんだ。


 ある長髪の般若面の男が、父の背中を心臓ごと貫いた。


 ——ヤマタノオロチの心臓は、確かに貰い受けた。小僧、貴様には用はない。何処へなりとも去るがいい。


 幾数人の影。九人いた、と思う。

 そいつらは暁人には手出しせず、悠々と去っていく——。


×


 ハッとして目を覚ます。溟月バス沿岸線の車内で眠っていたらしい。


 またあの夢だ。父を失った逢魔時の——自分が一等級溟人に攫われ、人質になり、父が罠にかけられた夕刻の悪夢。

 父は龍になっても自我を失わなかった。強靭な精神は、恐らくは家族愛が、我が子への愛が成した業だろう。

 自分はまだ、あの領域の爪先にも達していない。比べるのもおこがましい、胡麻粒のような状態である。


 暁人は目的のバス停で降りた。沿岸線はどこからどこまで乗っても一律二百十円である。暁人は運賃箱に小銭を入れ、出口から降りた。


 ところで溟月島はモダン和装が万年の流行りであり、和服を現代風にアレンジした服装を好む者が多い。中にはそっくりそのまま和装、という者もいる。会社でスーツを着なさい、学校で制服を着なさいという場合は別として。

 暁人は袴風のコットンパンツに、着物をパーカーのようにデザインした上着に羽織風ジャケットを合わせ、首にはスカーフを巻いていた。

 ショルダーポーチとウエストポーチには、メモ帳やら財布やら鍵やら、ちょっとした飲み物やら菓子やらが入っている。ごちゃついた、ありがちな中身だ。


 待ち合わせ場所はこのコンビナート前のバス停なのだが——。


「遅い」

「いでっ」


 後ろから声がしたと思った途端、思い切りふくらはぎを蹴られた。

 こんなことをする奴は、暁人の人生経験上一人しか知らない。


「焜、いきなり何しやがる!」

「私を十分も待たせんな!」

「遅刻はしてねーだろせっかち女! ったく。いくぞ。溟人が出てんなら、とっくに民間人なんざ逃げ散ってるだろうけどな」

「結界師が封鎖してるでしょうしね。職場には二人以上の結界師を常駐させよって基準があるし」


 溟月島では溟人対策のため、万が一職場に溟人が発生した場合それを外に漏らさないため結界術専門の術師である結界師が常駐しているものだ。

 人が集まればそれだけ穢れが滞る。それはつまり溟人を生む餌であり、肥え太らせる要因だ。

 溟人を結界内に閉じ込めている間に周辺住民の避難と、陰陽師の出動を待つというのがこの島での対溟人戦術のセオリーであった。


「結界が破られるまでのリミットが大体二時間。残り一時間十分。急ぐか」

「そうね。一時間といえど、溟人戦においては猶予とは呼ばない」


 喧嘩はしあっても、いざという時は意見が合致する。そういうところを汲んで、所長は彼らを組ませたのだろうが、本人たちがそのことに気づくのは先のことである。

 コンビナート前は避難してきた人集りが邪魔だったが、暁人たちが陰陽師バッジを見せると道をあけ、そこを退いた。見習いとはいえ暁人も一応は陰陽師である。青銀色のシキミを図案化したバッジは座卓から授与されており、それを上着の襟につけていた。

 焜も藍色の袴装束の襟にそれをつけており、人々は彼らが若き陰陽師と知るなり、事態を察した。

 中にはこんなガキが? という目を向ける者もいたが、慣れているので無視する。


 結界師が木札に妖力を流し込んでいる様子を見つけ、暁人は声をかける。


「天城民間陰陽師事務所から来た陰陽師だ。状況は?」

「く、溟人が……四等級が複数に、三等級が二体はいた! こんなに湧くなんて……!」

「わかった、すぐ祓葬する。もうちょい結界を維持してくれ」

「わかりました……!」


 暁人たちは対溟人結界に容易に侵入した。

 溟人の出入りを禁ずる代わりにその他一切の出入りが可能という足し引きで結界の強度を保つのが、対溟人結界の基礎戦略だ。

 妖術は誓約と宣誓によってその術式効果を引き上げるものであり、ある程度の限定条件を縛ることでその効能を底上げできる。

 足し引きの駆け引き——それが、妖術を行使する上での基本だった。


 結界に入ると、それに塞がれていた瘴気がどっと満ち満ち、暁人は胃がずっしり重くなるのを感じた。


「暁人、気ぃ抜くんじゃないわよ」

「わかってる。……この濃さ、二等級がいてもおかしくねえぞ」


 暁人は冷や汗をかいた。まだ二等級溟人と戦った経験はなく、もし相対することになればどうなるか——。

 いや、だめだ。戦う前から負けることを考える馬鹿がいてたまるか。常に勝つビジョン、勝つための手順を組み立てて想像し、実行しろ。陰陽師の鉄則だろうが。


 その時、コンテナの影から草臥法師が顔を出した。

 その名の通りくたびれたスーツを擦り切れさせ、ボロボロになった傘を提げている。先行きの見えない社会人生活に疲れた穢れが生んだ溟人で、生者から生気を吸い取り同じ暗い道を歩ませようとする存在。

 暁人は妖力を込めた体術の構え——龍虎奏撃の構えを取る。

 溟人が傘を振り上げると同時に暁人は駆け出した。


 至近距離を傘が擦過——左耳を掠める風音に内心肝を冷やしながらも、左拳のレバーブローを放つ。

 ドムッ、と鈍い音。龍人としての侵蝕が進んだ暁人のパンチ力は、ヘビー級プロボクサー以上。そこに妖力が加わっているのである。五等級なら、今の一撃で即座に祓えていただろう。

 赤紫色の瘴気の血を吐いた草臥法師の顔面に頭突きを叩き込み、右の貫手で心臓を抉る。

 まず一体を祓葬。術を使わずに祓ったという達成感を感じつつ、焜をチラと見る。


「オン・キリカク・ソワカ」


 真言を唱えた彼女は肩から巻いていたベルトに括り付けてある小ぶりな筒を抜き、赤く燃え盛るシンリンオオカミを二頭召喚した。


 ——〈飯綱操術いづなそうじゅつ〉。

 霊獣を使役する、飯綱の法にも似た、降霊術とも式神術とも言える、そのいいとこ取りの召喚術。

 燃え盛る狼——〈赤狼せきろう〉は、猛々しく吠えると左右に散り、草臥法師にそれぞれ飛びかかった。

 そうして傘の一撃を避け、喉笛に喰らいつく一頭と、もう一頭は傘に脇腹を貫かれながらも二の腕に噛み付いていた。


オン


 焜が唱えたと同時に、〈赤狼〉が爆裂する。

 爆音がコンビナートを揺さぶり、暁人の腹を揺すり上げた。臓物が震える嫌な感覚を味わいながら、相変わらず凄まじい威力だな、と呆れた。

 草臥法師はまだいる。


「暁人、三時方向、三等級!」

「げ! 雑魚は任せるぞ!」

「取り分は五:五だかんね!」


 暁人はそちらに目を向け、舌打ち。

 そこには無骨な作業着にヘルメット、ツルハシという姿の大男が一人。当然それは溟人である。

 三等級、剛力法師ごうりきぼうし

 耐久性、攻撃力共に草臥法師の比ではない。

 現場監督という重責に耐えかねた精神が生んだ溟人である。その行き場のない鬱憤を暴力に変え、憂さ晴らしする厄介な三等級。


 暁人は腕一本に留めることを己に化し、出し惜しみせず〈龍殻剛爪の術〉を発動した。

 右腕が金龍の装殻に覆われ、金剛石の如き爪が露わになる。

 龍気は妖気に勝る、上位の気力である。幻獣の王たる龍に相応しい特徴だが、それを人体に降ろすのはとてつもない負担だ。

 暁人は腕に痛みを感じつつ、それを胸の内で噛み殺して構えた。

 両手の爪を立て相手に向ける、守りを一切考慮せぬ攻撃重視の構え——龍爪一碧りゅうそういっぺきの構え。龍の爪は曇り一つ許さぬ一振りで一碧の空を顕現する。


 剛力法師がうなりを上げ、ツルハシを振るった。それを地面に打ち付けると地属性のエネルギーが爆ぜ、衝撃波が迸る。

 暁人は跳躍してコンテナを蹴ると、彗星のような速度で剛力法師に突っ込んだ。

 剛爪が唸り上げて迫るが、溟人はすかさずツルハシを跳ね上げガード。金は土から生まれる。地属性の攻撃は、金属性の龍殻剛爪には効きづらい。

 しかし、それを考慮してもあまりある破壊力に、暁人の右腕がギシ、と嫌な悲鳴をあげた。

 パキンッ、と——何かが欠ける音。そして、激痛。顔が、思わず苦悶に歪む。


 剛力法師が口だけで鼻も口もない青白い、やたらと下膨れした顔に笑みを浮かべ、空いた左拳を暁人の右頬にぶち込んだ。

 派手に吹っ飛んだ暁人はコンテナに背中から突っ込み、冷凍リーファーコンテナのステンレス鋼を陥没させた。

 常人なら全身の骨が砕け、即死であるが——。


「ぐ、くそっ」


 暁人は軽く喀血しただけで、無事だった。凄まじい耐久度である。

 龍殻に微かな亀裂。そして出血。自分が未熟な術師とはいえ、自信に傷がつく瞬間である。


 ——出し惜しみは、しない。


 こんなところで終わるやつが、般若を殺せるか!


 暁人の妖力が燃え上がる。

 暁人の右腕が変質。金色の龍殻が深緑色の龍殻に作り変えられていき、風と電気を纏う。

 木属性——地属性に有効な、五行属性である。


 暁人に憑く龍神は、

 全てを持ち合わせ、全てに適応する最強の龍神——ヤマタノオロチ。それが、暁人に加護を与える龍神の正体であり、父から受け継いだ最強の術式性能、その一角であった。


 翠緑の雷光が迸り、暁人は帯電しつつ、踏み込んだ。速度は、単純比較で先ほどの倍。蹴り付けたステンレス鋼が爆裂し、大穴が穿たれる。

 剛力法師が地属性全開で衝撃波を発し、埋め立てコンクリートで壁を作る。暁人は妖力で強化されたコンクリの壁を、天雷の貫手でぶち抜いた。

 しかし二枚目までは抵抗なく貫通したそれも三枚目で抵抗、四枚目で止まる。

 頭上からツルハシの振り下ろし。暁人はすぐさま右腕から噴射した暴風でその威力を相殺し、帯電した左拳で四枚目の壁を破壊。


「歯ァ食いしばれ!」


 暁人の右腕が唸る。

龍殻雷槍りゅうかくらいそうの術〉——風と雷の力を借り受けた、神速の貫手。


 剛力法師が虚をつかれたように口を開け、直後、胴体を暁人の右腕に貫かれた。

 瘴気血液が噴出。暁人は瞬時に妖力の膜を張って瘴気を防ぎ、激痛を生む劇毒を遠ざけた。

 腕を引き抜くと同時に、剛力法師が霧散する。


「この速度、目が回るな」


 暁人はそう言って、しかしまだ術は解かず、周囲を見回す。

 十体はくだらぬ四等級、草臥法師がそこにいた。

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