シャドウズ・ワヰルドハント 〜 龍狐の夜会服は心血で染め上げて踊り狂いましょう? 〜

夢咲蕾花

第1章 第1章 水油龍狐の双陣

第1話 狩りの夜

 とあるビル街の路地裏で、溟人くろうとが雄叫びをあげた。

 四等級溟人の草臥法師くたびれぼうしは、擦り切れたスーツの裾を振り乱し、破れた傘を振り回す。黒いジャケットはビリビリに破けており、その下の白ワイシャツは何やらシミのようなもので汚れていてなんとも穢らわしい。

 ビニール傘もほとんど骨組みだけで、肝心の雨を防ぐことは、とうにできそうもなかった。


 暁人あきとは振り回される骨だけの傘を右に屈んで避け、返す一撃をダッキングしつつ避ける。ダッキングとはボクシングの技法の一つだ。あえて前屈みに前進していき、相手の攻撃を躱しつつ視界から消え失せる技術。

 そうして懐に入るとを込めた渾身の左肘を相手の脇腹に叩き込んだ。草臥法師が、赤紫色の血を口から吐いた。穢れの混じった、瘴気の血だ。浴びれば、激痛に苛まれる劇毒である。


 すかさず相手の膝頭を蹴り付けて距離を取ると、我流ながらも叔父から習った格闘術の構えをとった。

 左右の腕を上下に、左腕をやや前方に出し、右腕を引き、半身になる。左半身を前に出し、右のカウンターに主眼を置いた攻防一体の構えである。


 ——臥龍流がりょうりゅう龍虎奏撃りゅうこそうげきの構え。


 陰陽師が扱う体術として、陰陽師の名門一族・臥龍家が千年余りの時間をかけ、対妖怪・対溟人、あるいは対術師戦術として編み出したそれ。

 暁人は不明瞭な呻き声を漏らしながら、赤黒い穢れた妖力弾を中空に生成する草臥法師を視界に入れつつ、突っ込む。

 左手を前に出し、放たれた妖力弾を弾くパリィ。こちらも左手に妖力を纏い、相手の妖力をあさっての方向にいなしたのだ。

 妖力パリィは臥龍流においては基礎戦術である。極めれば、単純な穢れの弾のみならず、しっかりと成立した術さえも弾くという。

 暁人にそこまでの技量はまだなかった——だが、この場ではそれでも充分だった。


 暁人は右の拳に妖力を集中。そして、術式を発動した。

 ——術式発動・〈雅龍淟星がりょうてんせい〉。


 直後、暁人の右腕が金色の装甲甲殻——装殻そうかくに覆われた。その五指には鋭い爪が宿り、さながら龍の如き前脚が顕現する。

 本来鉄を嫌う龍の、矛盾とも言える金属性の龍の具現。金龍の——その、加護。

 龍の装殻、龍殻りゅうかく。これは、彼が並の術師でも妖怪でもないことは、火を見るよりも明らかにする光景だった。

龍殻剛爪りゅうかくごうそうの術〉。五行における金の属性を持つ龍殻を纏い、相手を引き裂く術法。


 暁人の金色の龍殻と、その剛爪が草臥法師を袈裟懸けに切り裂く。まるで熱したナイフでバターを焼き切るかのように、その肉体が引き裂かれた。

 赤紫色の瘴気の血飛沫が上がり、雄叫びを上げて草臥法師が雲散霧消した。

 暁人は〈龍殻剛爪の術〉を解き、元の腕に戻す。そして具合を確かめるように二度三度上下に振った。手のひらを閉じたり開いたりする。

 ——俺の手だ。


「まだ慣れないかい?」


 後ろから、声がかかった。

 白銀の髪の赤目の女だ。暁人の"師匠"として、この一年面倒を見てもらっている吸血鬼の陰陽師で、名を白銀禮子しろがねれいこという。

 暁人ははっきりと頷いた。


「龍の力を顕現した後の、引っ張られるような感覚に慣れません。俺の術式がこういうものだってことは叔父さんからも聞いてるんですが……慣れる慣れないってより、慣れちゃいけないもんだと思いますよ」

「龍の一族、か。君は特にその気質だろうね。なんせ一族でも傑出した龍神が憑いていると——」

「やめてください。陰陽師が才覚だけで決まるって話、好きじゃないんです。確かに俺がその才覚とやらに恵まれてることは認めます。でも、それで努力を怠っているなんて思われたらたまったもんじゃないんです」


 決然と言い切って、暁人は右腕を見た。

 浮かんでいる、龍鱗。前腕屈筋群ぜんわんくっきんぐんに浮かぶ、蛇腹状の模様。四年前にはなかった、明確に龍とわかる特徴。術式を使い始めてから徐々に始まった、龍神による侵蝕現象だ。

 龍神の力を使えば使うほど、その眷属たる龍に近づく。臥龍の一族は、そういう一族だ。人の身で龍の神に近づくことなど、本来あってはならないこと。故に力を使うほど、龍神にせられていく。龍神の加護を受けながらも、過ぎた力は己が身を蝕む猛毒となって牙を剥くのだ。

 暁人の父はそれが理由で一族と離反——とはまったくもって違うのだが、とにかく息子に関していえば、そうした龍化をさせないために陰陽師を勧めなかったことは、知っている。

 だが暁人は、その道を選んだ。荊の、修羅の道を。龍として生きる道を選んだのだ。


 他ならない父の仇討ちのために。そして、まだ幼かった妹を守るために。


「周囲からの僻目は承知の上じゃあなかったのかい?」

「割り切れるかどうかは別です。……ですが、まあ。自分で選んだ生き方です。なんとか折り合いはつけていきますよ」


 十六歳にしては妙に達観した物言いは、十二歳で父を失い、母もいないという出自から来るものだろうか。

 だとしたらそれは感情を持つべき者としては寂しくもあり、この世とは非常で無常であるとも思えるなと禮子は感じた。


「……話は変わるんだが」


 路地から出て、夜、帰宅ラッシュの大通りの歩道を歩く。

 すれ違う連中は、人間、陰陽師、妖怪と様々だ。ここが尋常ならざる土地であることを、如実に物語っている。本州の人間を目隠しして連れてきたら、まず間違いなく異世界転生を疑うだろう。


 客引きをするサキュバスに鼻の下を伸ばす酔漢、その傍らの鬼族の黒服が目を光らせていることに気づいているのかどうかは怪しいが、暁人が気にすべきはそんなことじゃない。

 この島では騒動など日常茶飯事。喧嘩は挨拶で、妖怪、陰陽師の華だ。人間だろうが陰陽師だろうが妖怪だろうが、陽の当たる世界では生きられないものが集う掃き溜めのような場所がここである。


「所長の命令でね。私は君の教育係から外れることになった」

「そんな……! 俺はクビってことですか! そりゃあ一年間、ヘマをしたりもしましたが挽回だってしたしちゃんと俺はっ——」

「あー違う違う。こんと組ませて切磋琢磨させろっていうのが天城あまぎ所長の判断らしい」


 焜、と聞いて、暁人は別の意味で目を剥いた。


「あの女狐と!? あいつ俺をボンボン上がりのエリートとか言って目の敵にしてるでしょ! 俺だってあんな自信過剰女嫌ですよ! 水と油なのは分かりきってるじゃないですか! 学校じゃ水油龍狐すいゆりゅうこなんて変な四字熟語つけられてんですよ!」

「あははは! その四字熟語はセンスがあるね! いや、ごめん。だからこそだよ。陰陽師には時に対人関係も必須。若いうちからいろんな陰陽師に触れることで、成長するのさ。いいかい、所長命令だからね」

「そんな……横暴だ」

「天城所長の暴虐っぷりは今に始まったことじゃないだろう? 時にそれが君の成長につながったことだってあるんだから」


 そう言われると、確かにその通りである。返す言葉が見つからない。時々分不相応と言える依頼を斡旋され、死にかけながらも成長を実感した経験も、確かにある。

 それにあの所長が、無駄なことをするとは到底思えない。

 そのまごついた様子を禮子は了承とみなし、暁人の肩を強く叩いた。


「頑張りなよ。私は教育係からは外れるが、いつだって君の師匠だよ」

「……わかりました」


 不承不承、暁人は——本当に渋々、頷いた。

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