サイコロの作業場

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「動画の『倍速視聴』理解度は、1.75倍まで変わらず」は本当なのか?

少し前に,高校生新聞の記事で映像教材を倍速視聴したときの理解度は1.75倍まで変わらないという内容の記事が紹介されていました。

この研究は,神奈川県の平塚江南高校の植野さんという方が行われた研究とのことで,ネット上で多くの注目を集めていました。以下では便宜的に植野(2024)と表記します。

植野(2024)は,認知心理学的なアプローチで学習方法(学習方略)の効果を検証する研究で,着眼点は面白いと思いました。自分が高校生のときに果たしてこのようなことができたかどうか…… 非常に尊敬します。80名の高校生を1倍速,1.25倍速,1.5倍速,1.75倍速,2倍速の5つのグループに割り当て,4択問題の正答率(=理解度の指標)を比較するというアプローチは,実際に研究者が同様の問い(リサーチクエスチョン)を調べるときにとる方法と近いように思います。

しかし,ポスターの写真を確認する限りでは,先行研究についての言及がほとんどみられない上に,仮説やその根拠が特に示されておらず,統計的検定やその解釈(考察)などにおいてもかなりの問題点が見受けられます(これは植野さん以上に指導者の責任を感じますが)。

あくまで私はポスターの写真を見ただけであり詳細は分からないので,ここではその問題点について深入りはしませんが(Xで宮川剛先生によるご指摘があります),ほぼ素人ながら片足の指先くらいまではこの分野に突っ込んでいる私としては,この結論はどこまで本当なのか?と疑問を抱き,近年の研究動向について少しばかり調べてみました。

実は,2倍速まではあまり変わらない?

映像教材の倍速視聴は1倍速のときと比べて理解度が低下するかについて先行研究を確認してみたところ,ここ数年の研究に絞っても複数の研究が行われているようです。その大半は若年者(大学生)を対象とした研究です。ここからは込み入った話なので少し難しい部分もあるかもしれません。

現時点では明確な結論が出ているとは言えないものの,研究間の細かい違いを抜きにして先行研究を総合すると,全体としては「2倍速までは1倍速と比べて『理解度(四択テスト等の成績)』の有意な低下はみられない」と考えるのが概ね妥当ではないかと思います [1-11]。

補足ですが,「有意」という言葉は簡単に言えば「確率的に意味があると考えられる程度の」という意味です。わざわざこのようまわりくどい表現をしている理由はいくつかあるのですが,一番大きな理由は「有意差がない」ことを「差がない」と断定的に解釈するのは不適切であるということです。この辺の事情は下記の記事もご参照ください。

少し実際の研究例に触れます。ある研究 [4] ではアメリカの大学生231名を1倍速,1.5倍速,2倍速,2.5倍速の4つのグループに割り当て,不動産鑑定またはローマ帝国の歴史に関する映像教材を用いて,倍速視聴が理解度に及ぼす影響を検討しています。この研究では,理解度を測るために教材に関する20問の4択問題を使用しました。さらに,映像を見た直後だけでなく,その1週間後にもテスト(別の20問)を行いました。

統計的な分析(ANOVA)の結果,倍速の条件によってテストの成績に有意な差があることが示され,特に2.5倍速で視聴したグループの人は1倍速で視聴したグループの人と比べてテストの成績が有意に低いという結果が得られました。それ以外のグループ間では有意な差が示されませんでした。つまり,1倍速,1.5倍速,2倍速の間には有意な差がなかったということです。また,この結果は直後のテストか,1週間後のテストかによりませんでした(専門的に言えば,交互作用が非有意でした)。

研究間で細かい違いはありますが,この研究のように2倍速までは1倍速と比べても理解度の有意な低下はみられないという結果が少なくないようです [1, 2, 4-6, 8, 10, 11]。ただし,一部の研究では1倍速と比べて1.5倍速や2倍速のときに理解度が有意に低いという結果も示されています [2, 3, 9]。なお,先の研究もそうでしたが,2倍速より上については,2.5倍速,3倍速になると1倍速と比べて理解度の有意な低下がみられるという結果が比較的一貫して示されています [4, 10]。

まとめると,植野(2024)の結論は「1.75倍までは変わらず2倍で低下する」だったようですが,先行研究を総合すると結論を出せるような状況ではなく,強いて言えば,少なくとも若年者で「2倍まではそこまで低下しない」という見解の方が相対的に有力というのが私の見立てです。もちろん,これらの先行研究で「2倍までは差がない」という結論は導けないでしょう。学術誌に掲載された論文にも多くの「限界(Limitation)」があることは否めません。高校生と大学生という違いも考慮すべきかもしれません。それでも,複数の研究を踏まえれば,現時点で有力な見解は「一般に,動画の『倍速視聴』理解度は,2倍まで変わらず」ではないかと思います

さらなる論点

いくつか補足をしたいと思います。まず,仮に2倍速で理解度が多少低下したとしても,倍速で視聴したことによって浮いた時間を2度目の視聴や他の教材の使用などに活用すれば,十分にその低下を補える可能性があります。実際,ある研究では2倍速で2回視聴することの効果の検討が行われています [4]。さらに,映像の視聴中にメモ(ノート)をとることは1倍速でも2倍速でも理解度を向上させるという研究もあり [2],倍速で視聴する場合でもメモをとれば理解度の低下を少なくできる可能性があるということです。理解度の低下も,他で補えるほどであれば大きな問題にはならないと思われます。

また,どんな人でも倍速視聴をしたときに理解度が低下しないと主張できるわけではありません。たとえば,教材に関連する事前知識があるときには2倍速での理解度低下はみられないものの,事前知識がほとんどないときには理解度が有意に低下するという研究結果があります [11]。60代以上の高齢者と10~20代の若年者を比較した研究では,高齢者のみで2倍速での視聴が1倍速と比べて理解度を有意に低下させるという結果も示されています [5]。日本の大学生を対象とした研究でも「学習スタイル」という学習者の個人差によって倍速視聴による影響の違いがあることが示されています [7]。少し話は異なりますが,学習能力が高い人は1.5倍速,学習能力が低い人は1.25倍速のときに最も理解度が高くなるという可能性を示した研究などもあります [3]。

さらに,今回は4択問題を用いて「理解度」を確認しているため,(実際の設問は確認していないものの)理解度というよりも「記憶への定着度」と言った方が適切かもしれません。しかし,実際の学業場面はただ「記憶」すれば良いだけではありません。別の指標で「理解度」を測定したらどうなるでしょうか。あるいは別の単元の教材を用いたらどうなるでしょうか。全く異なる結果になるかもしれません。あくまでも,これは限定的な状況での結果であることに注意する必要があります。

最後になりますが,今回は先行研究の紹介を「理解度」に絞りましたが,いくつかの研究では「どれくらい正解できそうか」という予測や,マインドワンダリング(注意が現在の課題から思考や感覚などに移ること)などの指標も取り上げて,倍速視聴との関連を検討しています。このような別の指標への倍速視聴の影響も組み合わせて考えることで,より深い考察が可能になるようにも思われます。

以上より,タイトルの問いに対してあえて私が暫定的な結論を出すならば「動画の『倍速視聴』理解度は,ざっくり言えば1.75倍までではなく2倍まで変わらず。ただし,細かく見ていけば例外やらよくわかってない部分やら多数あり」となるかなと思います。

植野(2024)が明らかに間違っている,無価値であるなどと主張したいわけではなく,あくまで別の多数の研究ではこうなっていますという話ではありますが,一般の読者も含め「1.75倍まで理解度が低下しない(2倍からは低下する)」と結論づけることについては慎重であるべきでしょうし,当該の高校生新聞の記事についても不用意な印象を受けます。

もっと言えば,なぜ先行研究ではおおむね2倍まで変わらないのに,植野(2024)では異なる結果となったのか,ということを今の私だったら考察してみたくなるのが正直なところです。

※情報の正確性には注意を払っていますが,この領域は専門ではなく,各論文を時間をかけて読み込めたわけではないので,内容に誤り等があるかもしれません。十分ご留意いただきますようお願いいたします。

※先行研究も数十分あさった程度ですので,網羅的ではなく,取り上げられていない論文がたくさんあると思います。

引用文献(学術論文)

  1. Chen, A., Kumar, S. E., Varkhedi, R., & Murphy, D. H. (2024). The effect of playback speed and distractions on the comprehension of audio and audio-visual materials. Educational Psychology Review, 36(3). https://doi.org/10.1007/s10648-024-09917-7

  2. Chen, A., Murphy, D. H., Brabec, J. A., Bjork, R. A., & Bjork, E. L. (2024). The effects of lecture speed and note‐taking on memory for educational material. Applied Cognitive Psychology, 38(1), e4166. https://doi.org/10.1002/acp.4166

  3. Mo, C.-Y., Wang, C., Dai, J., & Jin, P. (2022). Video playback speed influence on learning effect from the perspective of personalized adaptive learning: A study based on cognitive load theory. Frontiers in Psychology, 13, 839982. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.839982

  4. Murphy, D. H., Hoover, K. M., Agadzhanyan, K., Kuehn, J. C., & Castel, A. D. (2022). Learning in double time: The effect of lecture video speed on immediate and delayed comprehension. Applied Cognitive Psychology, 36(1), 69–82. https://doi.org/10.1002/acp.3899

  5. Murphy, D. H., Hoover, K. M., & Castel, A. D. (2023). The effect of video playback speed on learning and mind-wandering in younger and older adults. Memory, 31(6), 802–817. https://doi.org/10.1080/09658211.2023.2198326

  6. 長濱 澄・森田 裕介 (2017). 映像コンテンツの高速提示による学習効果の分析 日本教育工学会論文誌, 40(4), 291-300. https://doi.org/10.15077/jjet.40062

  7. 長濱 澄・菅野 弘朗・森田 裕介 (2018). 映像コンテンツの高速提示が学習効果に与える影響--学習スタイルと二重チャンネルモデルに着目して 日本教育工学会論文誌, 41(4), 345-362. https://doi.org/10.15077/jjet.41065

  8. Ritzhaupt, A. D., Pastore, R., & Davis, R. (2015). Effects of captions and time-compressed video on learner performance and satisfaction. Computers in Human Behavior, 45, 222–227. https://doi.org/10.1016/j.chb.2014.12.020

  9. Song, K., Chakraborty, A., Dawson, M., Dugan, A., Adkins, B., & Doty, C. (2018). Does the podcast video playback speed affect comprehension for novel curriculum delivery? A randomized trial. The Western Journal of Emergency Medicine, 19(1), 101–105. https://doi.org/10.5811/westjem.2017.10.36027

  10. Tran, S., Bianchi, L. J., & Risko, E. F. (2024). Examining increasing playback speed in recorded lectures on memory, attention, and experience. Journal of Experimental Education, 1–19. https://doi.org/10.1080/00220973.2024.2306399

  11. Wilson, K. E., Martin, L., Smilek, D., & Risko, E. F. (2018). The benefits and costs of speed watching video lectures. Scholarship of Teaching and Learning in Psychology, 4(4), 243–257. https://doi.org/10.1037/stl0000127

その他

高校生新聞の記事の最後に,最も効率のよい勉強方法は何かということに焦点を当てて研究を行ってみたいとの旨が記されていたので,せっかくなのでそれに関連する書籍を紹介。

更新記録

【2024.11.28 訂正】研究紹介の中で,1倍速と比べて1.5倍速や2倍速のときに理解度が有意に低いという結果を示した研究として,2, 3, 9 の3種類を挙げていましたが,論文3(Mo et al., 2022)に関しては1.25倍,1.5倍と比べて2.0倍速が有意に低いという結果であり,1倍速と2.0倍速の間には有意差はありませんでした。論旨には影響しないものの,引用としては不適切であると判断して,赤字で訂正線を入れました。お詫び申し上げます。

【2024.11.29 追記】ブログ公開時点(11月27日夜)で検索の漏れがあった/アブストラクトでしか内容を確認できなかった,一部の文献について本文とは独立させる形で追記します。これらを踏まえた上で,私の暫定的結論は現時点でそこまで変わらないのですが,特に文献12, 14はこのテーマを丁寧に考える上では重要な論文ですので,判断材料にもなるようここに追記したいと思います。

12: Cheng, L., Pastore, R., & Ritzhaupt, A. D. (2022). Examining the accelerated playback hypothesis of time-compression in multimedia learning environments: A meta-analysis study. Journal of Educational Computing Research, 60(3), 579–598. https://doi.org/10.1177/07356331211043535

> 2008年から2018年までの研究(7論文,18の効果量)を統合したメタ分析(複数の研究で得られた結果をまとめて効果を検討する)の論文です。これを見落としていたとは正直恥ずかしい限りです。元の引用文献の中では,文献8,9が含まれています。論文をすぐに入手できず,アブストラクト(概要)を確認しただけですが,1倍と比べたときに1.4~1.5倍でも学習効果は有意に低下する(効果は小さい)という結果が記されています(1.8~2.0倍についての結果は誤解を招きそうなのでここでは言及しません)。この研究結果は「2.0倍まで(あるいは1.75倍まで)変わらない」という暫定的結論に対する反証の一つとして採用すべきだったことは間違いありません。

少し踏み込んだことを言えば,このテーマは人間のデジタル環境への適応やデジタル技術の発展による影響が大きいと考えられます(最新の論文を重点的に確認したのもそのためです)。私自身は最新の論文を相対的に重視して判断する方が妥当ではないかと思っていますが,それは私の主観的判断も大いに含む部分です。このような統合的結果を踏まえて1.5倍程度で低下する可能性の方が高いかも,と判断したり,「なおさらよく分からない」などと判断することも可能です。また,倍速視聴の影響の大きさ(効果量)という観点も一層重要になると思いますが,ここではその議論は控えます。

13: Kıyak, Y. S., Budakoğlu, I. İ., Masters, K., & Coşkun, Ö. (2023). The effect of watching lecture videos at 2× speed on memory retention performance of medical students: An experimental study. Medical Teacher, 45(8), 913–917. https://doi.org/10.1080/0142159X.2023.2189537

> 医学生を対象にした1倍速と2倍速の比較研究です。こちらもアブストラクトを確認した限りですが,1倍速と2倍速では有意差がみられなかったようです。

14: Pastore, R., & Ritzhaupt, A. D. (2015). Using time-compression to make multimedia learning more efficient: Current research and practice. TechTrends : For Leaders in Education & Training, 59(2), 66–74. https://doi.org/10.1007/s11528-015-0841-2

> 倍速視聴に関する,2015年時点での簡易的なレビュー(複数の研究をまとめた)論文です。近年の動向を見るという目的と合わないと判断して後回しにしていたのですが,追記にあたってざっと本文を確認しました。スピーチを倍速で聞かせたときの理解度に関しては1957年の研究から順に言及されており,現在の倍速視聴研究の源流が確認できます。また,論文の「Design Principles: Time Compression in Multimedia Learning」というセクションでは著者による推奨として,最大でも1.8倍速くらいまでが良いと記されており,この数値は植野(2024)の結論とほぼ一致していました。