■特集:大学新時代
従来は1コマ90分が一般的だった大学の授業時間を、延ばす大学が増えています。100分に延ばす大学が目立ちますが、さらに長い105分にする大学もあります。一方、こうした動きに異議を唱える教授もおり、「授業時間の長さ」は大学の大きなテーマの一つになっています。(写真=Getty Images)
>>【前編】東大、早稲田に明治、関東学院などで授業時間が「1コマ100分以上」に なぜ長くなったの?
2つの問題を一挙に解決
追手門学院大学は、105分授業を2021年度から行っています。なぜ105分にしたのでしょうか。真銅正宏学長はこう話します。
「105分にしたのは、主体的な学びを実現するためです。今までの座学中心の授業とは違う、新しい教育スタイルを模索するなかで、学生が行動して学び、学びながら行動するような、主体的な学びを実現させたいと考えました。そのために授業でディスカッションやプレゼンテーションを取り入れたいと思ったのですが、それには90分では足りません」
授業に加えて、留学やインターンシップなど、大学の外で学ぶ期間も確保したいという狙いもありました。1コマが105分になれば、従来の90分×15週の授業が105分×13週になるので、半期で2週間、1年間で4週間が空きます。夏休みと春休みが増え、学生は留学やフィールドワークなどに行きやすくなります。
もっと長い110分授業にする手もありますが、授業の終了時刻が遅くなりすぎて、課外活動やアルバイトができなくなります。そこでギリギリの数字として決まったのが105分でした。105分授業を採用しているのは、東京大学など他にもあります。
発言することで授業への姿勢が変わる
105分に延ばしたことでどんな変化があったのでしょうか。
真銅学長は、「105分は長すぎて学生が退屈するのではないかと多くの人に言われましたが、教員の工夫によって集中しやすい授業になっています。たとえば、前回の振り返りから授業が始まり、グループワーク、講義、まとめのレポートというように、次から次にやることがあって退屈する時間はありません」と説明します。
真銅学長が重視しているのが、グループワークやプレゼンテーションを授業に取り入れてアウトプットを増やすことです。たとえば、5人グループでプレゼンテーションをするとき、90分授業では4人目までしか発言できませんでしたが、5人目にも順番が回ってくるようになりました。発言することに慣れると、学生の授業への姿勢も変わったそうです。
「今は、ちょっと背中を押してあげるとすごく成長する学生が多い。発言する機会を与えられ、経験することで成長し、授業に積極的に参加するようになります。学年が上がるほど積極的な学生が増えています」
学ぶ姿勢と方法を身につける
105分授業を導入した21年度以降も、大学のアンケートでは、8割以上の学生が「授業に満足している」と答えています。教員からは、「学生からの自発的な質問が増えた」「期末試験の前にまとめて勉強することが学生の負担になっていたが、毎回の課題の提出で成績を評価するようになり、学生の気持ちに余裕が出たように思う」といった声が寄せられました。
ただ、学生からの評判が悪かったのは、昼休みを短く設計したことでした。放課後の課外活動の時間を確保するため、40分だった昼休みを30分にしたところ、学長のもとに反対意見がいくつも届きました。このため、25年度からは45分に延ばす予定です。
105分授業は、一方通行の座学ではなく、ディスカッションやプレゼンテーションなどを通じて学生が積極的にアウトプットする学びを支えています。
真銅学長はこう話します。
「同じ学習効果が上がるなら、楽をしたほうがいいというのが私の基本的な考え方です。与えられる知識を覚えるだけではなく、どうしたら短い時間で効率的に知識を得られるか、時間の使い方も自分で工夫してほしい。学ぶ姿勢と学ぶ方法を身につけて一生学び続けていけば、大きく成長できると思います」
校門前で反対ビラを配布
一方、授業時間の延長に対して、他大学では異議を唱えた教授もいました。
名古屋大学大学院経済学研究科の齊藤誠教授は、一橋大学の教授だった2015年当時、105分授業の導入に反対の声を上げました(一橋大学は17年度から105分授業を導入)。
「人間の生活のカレンダーを刻んでいるものを勝手に変えてしまうと、生活や学習のリズムを壊してしまいかねません。授業時間の変更と同時に、前期・後期の2学期制を4学期制(クオーター制)に変える内容でした。それまでは地元の祭りと学園祭が同時期に開催されて大いに盛り上がっていましたが、4学期制では学期末の試験と重なってしまうことも残念に思いました」
校門前で反対のビラを配ったものの、学生の反応は薄かったといいます。
「教員が反応しないことは予想していましたが、学生も自分たちの生活リズムが壊れることに関して無頓着でした。変化は仕方がないものです。でも、それを無条件に受け入れるのではなく、立ち止まって考えてほしい。そんな問題提起をしたかったのですが、残念ながら反応はほとんどありませんでした」
17年度に105分授業が導入されると、教授たちの間で「講義の進行が速くなる」ことが共通の話題になったそうです。齊藤教授の場合、授業では最初に雑談をして助走をつけ、学生の調子が上がってきたら速く進めていくというスタイルを取っています。105分だと助走後の時間が長くなり、つい多くのことを教え込んでしまうため、学生の集中力が限界に達し、消化能力が落ちてしまったといいます。
「高校の50分授業に比べると倍の時間ですから、特に1、2年生は人間の身体的な限界を超えてしまっているのが見て取れました。集中力が落ちるとノートが取れなくなり、完全に受け身で授業を聞くことになります。105分授業になって、学生の受け身度が高まったと感じました」
授業のスタイルを変えなければ、長くなった授業を聞くことさえ限界があるのかもしれません。ただし、授業や変化にどう関わるかは学生次第です。齊藤教授が伝えたいのは、90分か105分かということではなく、「自分が大学で過ごす時間を大切に考えてほしい」ということです。授業での学びを自分自身の成長につなげられるかどうか。教員が工夫すると同時に、学生自身にも受け身で終わらない積極性を持つことを求めています。
齊藤教授が現在勤務している名古屋大学では、90分授業を続けています。授業時間を延ばす大学が今後も増えるのか、それとも90分授業を維持する大学が多数派のままなのか、「大学の授業時間」の問題は、しばらくは過渡期が続きそうです。
(文=仲宇佐ゆり)
【写真】大学の授業時間が105分に延長、学生にはどんな影響が? 校門前で反対ビラを配った教員も
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