2019年5月、歌舞伎町ヤクザマンション(東京都新宿区)に住み始めてから約1カ月が経とうとしていた。このマンションには今でもいくつかの暴力団組織の事務所が入居しており、さまざまな場面でその事実をうかがい知ることができる。
とはいえ、マンション内で組織同士の抗争が勃発し、拳銃を弾く音が聞こえてきたり、見せしめでエントランスに死体が遺棄されたり、といった不穏な出来事はそう簡単に起きるわけもなく、実に平和な時間がそこには流れていた。
住めば都――。しかし、ルポライターである私の目的は、このマンションで起きる珍事の数々をこの目に収めることだ。そこでまずは、いつも暇そうにしている管理人のおじさんと交流を深めることにした。彼はエントランスにある管理人室でいつもミステリー系の文庫本を読んでいる。
「先月引っ越ししてきた者です。噂には聞いていましたが、やっぱりこのマンションにはまだ暴力団の方たちがたくさんいるんですね」
管理人のおじさんは文庫本にしおりを挟んで本を閉じると、ガラス越しにこう答えた。
「はい、まだいますよ」