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デジタル情報の歴史保存機関、Internet Archiveが直面する防衛戦

ウェブの記憶は何もかも非営利団体Internet Archiveのサーバーに保存されている。ただし、法廷闘争によってそれがすべて消え去ることがなければ、の話だ。
サンフランシスコにあるInternet Archive本部、グレートルームのいすに腰かける設立者のブリュースター・カール。Photograph: Gabriela Hasbun

金曜日のランチタイムが終わって見学ツアーが始まるころ、Internet Archive(インターネットアーカイブ)本部に足を踏み入れると、設立者で陽気な応援団長でもあるブリュースター・カールの出迎えを受けるかもしれない。

その建物はすぐに目に留まる──それはまるで、霧の立ち込める落ち着いた雰囲気のサンフランシスコ、リッチモンド地区にたまたま置かれた、古代ギリシア風をテーマにしたラスベガスのアトラクションか何かのようだ。白いコリント式柱のエントランスから中に入ると、カールがロビーに展示された年代物の「プリンス・オブ・ペルシャ」のアーケードゲーム機と100年前のレコード盤を演奏できる蓄音機を紹介する。続いて案内されるのがグレートルームだ。演壇に向かって傾斜するその部屋には木製のいすの列が並び、バロック様式の天井には荘厳なドーム型のステンドグラスがはめ込まれている。Internet Archiveの本部が入る前、ここはクリスチャン・サイエンス教会だった。

わたしがこの巡礼の旅に出たのは、去る5月のそよ風の吹く午後のことだった。10人あまりの見学者とともにカールのあとを付いて行くと、63歳の彼はしわの寄ったオレンジ色のボタンダウンシャツにワイヤーフレームの丸めがねをかけ、一生を賭けた仕事の場所を見せてくれた。午後の太陽が壮大なホールのドーム天井から射し込んで、人々は光に包まれる。なかでも銀色の巻き毛が光をまとい、ひときわ輝いて見えるのがカールだ。身振りを交え、よく笑いながら、教えを説く福音伝道者のように穏やかに話す。「近ごろ人々はテクノロジーに踏みにじられたと感じています。テクノロジーを再び血の通ったものにしなければなりません」とカールは語る。

見学ツアーの終点であるグレートルームには、色とりどりの手製の粘土像が数百個壁に沿って並んでいる。それらはInternet Archiveの職員の像だ──仲間たちを永遠に残すためのカールなりの一風変わったやり方なのだ。美しくも奇妙だが、そこでツアーはフィナーレではない。ほかの教会なら告解室がありそうな後ろの壁ぎわに、うなり音をあげて黒いサーバーがそびえ立っている。そこには8,350億のウェブページ、4,400万の書籍と文書、1,500万の音声記録などのアーチファクトなどを含む、Internet Archiveの膨大なデジタル所有物のおよそ10%が収められている。誰かが古いウェブページを開いたり、本をチェックしたり、Internet Archiveのその他のサービスを利用したりするたびに、各サーバーに付いた小型のライトが点滅する。不規則に続く光のまたたきを見ていると、眠気を催してくる。誰よりもカールがこの展示を喜んでいるようだ。

Internet Archiveの設立者にして最強の応援団長、ブリュースター・カール。

Photograph: Gabriela Hasbun

わたしたちの知るデジタルアーカイブは、Internet Archiveがなければ存在しえないと言っても過言ではない。そして、世界の知識リポジトリのオンライン化が進むにつれて、わたしたちの知るアーカイブ化がいまのように機能的でなくなるかもしれない、ということも。Internet Archiveの有名なプロジェクトであるウェイバックマシンは、ふたつとないインターネットの記録としての役割を果たす、ウェブページのリポジトリだ。広くとらえると、Internet Archiveは世界で最も重要な歴史保存機関のひとつだ。ウェイバックマシンは基本的にデジタル忘却に対抗するための安全弁である。Internet Archiveはインターネットの過去の記録に並々ならぬ思いを抱いている──もしなくなってしまったら、世界はインターネットの歴史に関する最良の公開リソースを失うことになるだろう。

職員はその敬虔な信者だ。「古きよきインターネット、古きよきサンフランシスコ。これらの何ひとつ現実にはもう大規模に存在していません」と語るのは、長年Internet Archiveで働き、現在図書館サービスのディレクターを務めるクリス・フリーランドだ。サイクリングを愛し黒のネイルを好むフリーランドは、「それは90年代後半のウェブの精神や、90年代後半のサンフランシスコの文化を知るための手段です。テック業界の人間だらけになる前、健康志向の強い人たちが集まっていたころの。ユートピア的で、理想主義的な」と語る。

Internet Archiveの本部には、アーティストのヌアラ・クリードによる粘土像が収蔵されている。それらは職員や協力者を表した像で、ひとりにつき一体つくるのが決まりになっている。

Photograph: Gabriela Hasbun

しかし、Internet Archiveには敵もいる。とくに2020年以降は何度も法廷闘争に巻き込まれている。出版グループ大手アシェット対Internet Archive訴訟では、物理的書籍のデジタルコピーの貸出は著作権侵害に当たるとして出版社数社が訴えを起こした。UMGレコーディングスとの裁判では、音楽レーベル数社が音源のデジタル化により著作権を侵害されたと主張してInternet Archiveを訴えた。

どちらの裁判でも、Internet Archive側は「フェアユース」に該当するとの弁護を展開し、アーカイブ資料を作成する非営利団体として著作権で保護された著作物の使用は認められていると主張した。両裁判ともに原告側はInternet Archiveを著作権侵害の中枢と批判した。23年に判決が出て、Internet Archiveはアシェットに敗訴した。そして今月には控訴審でも敗訴が決定した。Internet Archiveはもう一度最高裁に控訴できるが、すぐに行動を起こす予定はない(「まだ決めていません」。判決の翌日にカールはそう言った)。

Internet Archiveは今年初め、音楽レーベルの訴訟の一部を棄却するよう裁判所に申し立てたが、判事はこれを却下した。もしその選択肢があれば、和解を考えているとカールは述べる。

これらの訴訟が重くのしかかり、Internet Archiveは崩壊の危機にある。なかでも罰金額が数億ドルにもなる恐れのあるUMGのケースは、その存在を揺るがしかねない。インターネットはすべての記憶をこの特異なひとつの組織に委ねた。その結果、それをまるごと失う現実を突きつけられているのだ。

あらゆるものを収めたデジタル図書館

カールは幼いころからデジタル図書館の構築に夢中で、その思いにかき立てられてMITで人工知能を研究するに至った。「あらゆるものを収めたデジタル図書館を建てたいと思ったんです。それを処理するには大規模なコンピューターが必要でした」とカールは話す。

1982年に卒業したあと、カールはスーパーコンピューティングのスタートアップ、Thinking Machines Corporationで働いた。そこでリモートコンピューター上のデータを検索するプログラム、「WAIS(Wide Area Information Server)」を開発。退職後に同名のスタートアップ、WAIS社を共同設立し、95年にAOLに売却した。その翌年には双頭プロジェクトである「AIとIA」を屋根裏部屋で立ち上げた。

「AI」は営利企業のアレクサ・インターネット──「アレクサ」の名はアレクサンドリア図書館に由来する──、「IA」は非営利団体Internet Archiveだ。ふたつのプロジェクトは相互に関係していた。アレクサ・インターネットがウェブをクロールして集めたものをInternet Archiveに提供したのだ。しかし、カールはそのビジネスモデルを活かすことができなかった。99年にアマゾンに買収をもちかけられたとき、それを受けるのが賢明に思われた。伝えられるところによれば、このエヴリシング・ストア[編註:「どんなものでも買える店」という、アマゾン創業者が目指したコンセプト]は2億5,000万ドル(約380億円)でアレクサの株式を手に入れ、AIをIAから切り離しカールをお金持ちにした。

アレクサにはその後数年留まったのち2002年に退職。それ以来カールはInternet Archive一筋に注力している。「カールは全身全霊でInternet Archiveに打ち込んでいます」。1990年代からカールを知る著作権学者のパム・サミュエルソンは言う。「彼はそれとともに生き、呼吸しています」

シリコンバレーにフェジウィッグ[編註:ディケンズ作『クリスマス・キャロル』の登場人物]がいるとすれば、それはカールだ。彼は禁欲主義者ではない。高級ヨットクラブの波止場には彼の高価な黒いヨットが停まっている。とはいえ、ふだんの生活は地味だ。電動自転車(eバイク)で通勤し、着るものには無頓着だ。かつてはバーニングマンが大好きだった──妻のメアリー・オースティンとは92年にそこで結婚した──が、いまは大々的になりすぎたと感じている(ブルジョアヒッピーとしての彼らの現在の楽しみは、毎年7月にボートを連結してサクラメント川三角州に浮島をつくるシーステディングイベント、「Ephemerisle」だ)。

彼が何よりも心から愛するもの、それは仕事だ。

「ブリュースター・カールの物語は、宝くじに当たった人の物語です」と、長年アーキヴィストを務めるジェイソン・スコットは語る。「彼と妻のメアリーは振り向いて言いました。すばらしい、これでわたしたちは図書館員になれますね、と」

以前は教会だった、Internet Archive本部。グラフィティ・ヴァンは、Internet Archiveのアーティスト・イン・レジデンス・プログラムを取り仕切るアミール・エスファハニの依頼によって製作された。

Photograph: Gabriela Hasbun

カールはいま、代表的なビデオゲーム、コンサートのライブ音源から雑誌、新聞、書籍まで、世界中のあらゆる種類のデジタル/フィジカルメディアを網羅する独自の総合カタログの陽気な管理人だ。Internet Archiveは最近、アルバ島の文化施設の支援を行なった。それは、とくに特許法に関連する法的調査からアカウンタビリティ(説明責任)・ジャーナリズムにいたるあらゆるものにとっての最重要ツールだ。「オンラインアーカイブ化のツールはほかにもありますが、どれもInternet Archiveにはおよびません」と語るのは、プロパブリカ記者のクレイグ・シルヴァーマンだ。つまり、それは性能が保証されたマシンなのだ。

Internet Archiveの独自性は、従来型の図書館とは異なるやり方で境界を押し広げようという意欲にある。米議会図書館もウェブをアーカイブしているが、収集したウェブサイトに通知し、許可を受けた場合に限られる。

「Internet Archiveは常に少々危なっかしいところがありました」と、ウェブアーカイヴィングに関する著書が近く出版されるウォータールー大学歴史学者のイアン・ミシガンは言う。その際立った有用性は、長年におよぶ著作権に対する常軌を逸したアプローチと密接に絡み合っている。実際、カールとInternet Archiveは1992年改正著作権法および98年著作権保護期間延長法による著作権法拡大のやり方に異議を唱え、20年以上前に政府を相手に訴訟を起こした。カールは敗訴したが、目的達成のために頑張る意志はもちろん消えることはなかった。

目的のひとつは2005年に現実のものになった。当時、人気のハッカー、アーロン・シュワルツは度々Internet Archiveのプロジェクトに参加し、カールとともに「Open Library」プログラムと呼ばれる新たな構想を生み出し、その展開を主導した。目指したのは、世界中にある本1冊ごとにひとつのウェブページをつくることだった。カールにとってそれはGoogleブックスに代わるもの、つまり商業的な利益でなく、もっと現実離れした、まさにおめでたい理想論のような、「情報は自由(タダであること)を求めている」という野心によって突き動かされたものだった。

Open Libraryはすべての書籍の目録作成に加え、書籍をコピーして読者が利用できるようにしようと試みた。そのために物理的な書籍(紙の本)をスキャンして、人々がデジタル版を借りることを可能にする。Open Libraryは10年以上のあいだ、デジタル化された本が電子書籍ではなく昔ながらの物理的書籍として扱われる制御デジタル貸出(CDL)と呼ばれるフレームワークを用いてきた。貸し出される本はInternet Archiveが購入したものもあれば、他の図書館や組織、または個人によって寄贈されたものもあった。CDLの原則に従えば、物理的書籍を保有している図書館はそのデジタル版を貸し出すことができなければならない。

勤務中のあるInternet Archive職員

Photograph: Gabriela Hasbun

Open Libraryは主として一般的な読者以上に、ほかの場所では入手しづらい本を読みたい研究者の興味を引いている。「Internet Archiveの本を1冊借りて読んでみてください。骨が折れますから」とカールは言う。嘘ではない。デスクトップのスクリーンに表示される物理的書籍のぼやけたスキャンとKindleで見るふつうの電子書籍を比較するのは、iPhoneの小さいスピーカーとボーズのサラウンドサウンドシステムで聴く音楽を比べるようなもの。大半の借り手は借りた本を5分もかけないで読んでしまう。

他のデジタルメディア同様、電子書籍は売り切りではなく紙の書籍よりもかなり高い価格でライセンス供与されるのが一般的だ。電子書籍のライセンスを購入すると、図書館は決められた回数それを貸し出すことができる。支払いが止まれば、書籍は消える。CDLは図書館が目録を管理しやすくし、物理的書籍しかない蔵書へのアクセスを拡げようとする試みだ。

出版社は長年、Internet Archiveによる書籍のスキャンに目をつむっていた。ところが、新型コロナウイルスのパンデミックの最中、Internet ArchiveがCDLの考え方をあまりに拡大解釈しているのを知って、とうとう堪忍袋の緒が切れた。

それは善意の取り組みなのか

20年3月、突如閉鎖を余儀なくされた学校や図書館はジレンマに直面した。物理的形態しかない書籍を貸し出せなくなり、電子書籍の需要がライセンス契約の下に定められた貸出回数をはるかに上回ったのだ。その対応策として、Internet Archiveは大胆な決断を下した。一冊の本のデジタル版を同時に複数の人に貸し出すことを許可したのである。このプログラムをInternet Archiveは「National Emergency Library(全国緊急図書館)」と名づけた。「図書館員、教員、作家の求めに応じて行動しました」とクリス・フリーランドは言う。

カールはそのとき、図書館利用を拡大するために、Internet Archiveはできることを何でもしなければならないという職業上の使命感を感じた。自分のしていることは幅広い支持を得られているとも思った。「協力に同意し、『助けてください』と懇願してくる図書館は100を超えました。そうした図書館はNational Emergency Libraryに賛同し、『われわれの名前でやってください』と言いました」とカールは述べる。

非営利団体の全米作家同盟(Authors Alliance)のエグゼクティブディレクター、デイヴ・ハンセンは当時デューク大学の図書館員だった。「学生に本を貸し出すのにものすごく苦労しました。Internet Archiveのプロジェクトは善意の取り組みでした」

Internet Archiveのコレクションには、世界中の古い新聞や雑誌が多岐にわたって多数保存されている。

Photograph: Gabriela Hasbun

とはいえ、すべての人が同じ考えだったわけではない。著名な作家たちはプロジェクトを猛烈に批判し全米作家協会や全米著述業組合もこれに同意した。「それは図書館などではない。本を購入し著作権を尊重するのが図書館ではないか。これは聖人のふりをした詐欺師だ」。作家のジェイムズ・グリックはツイッター(現X)でそう発言した(グリックはいまもInternet Archiveは図書館ではないと主張しているが、『詐欺師というのは少々厳しすぎた』と述べている)。

「彼らは命令に従って仕事をしているように見えます」と、アシェットとの裁判で出版社側の代理人としてアミカス・ブリーフ[編註:第三者が裁判所に提出する意見書]に署名した著作権弁護士のバマティ・ヴィスワナサンは話す。ヴィスワナサンはライセンス制度の裏をかくのは傲慢だと考えている。「[Internet Archiveの行為は]テック企業がやっていることにそっくりです。『事前に許可を求めるな、あとから謝ればすむのだから』というわけです」

Internet Archiveの組織のイメージは、初めて最悪の危機に瀕していた。20年6月、出版社が合同で訴訟を提起し、Internet ArchiveによるNational Emergency Libraryおよびより広範なOpen Libraryプログラムが著作権を侵害したと主張したのだ。数週間後、Internet ArchiveはNational Emergency Library事業を終了して以前の制限付き貸出制度に戻したが、出版社側にとってそれはもうどうでもいいことだった。

出版社とその支持者は、Internet Archiveの行為は作家に害を及ぼすと主張する。「Internet Archiveは作家の作品を無許可でコピーし、世界中の人々に配信しても問題ないと反論しています」。米国出版社協会顧問弁護士のテランス・ハートはそう『WIRED』に語る。「みんなが同じことを始めたらどうなるか、想像してみてください。Internet Archiveが作家の生活とデジタル時代の著作権制度を脅威にさらしているのです」

訴訟が提起されてから、図書館とInternet Archiveによるデジタル書籍の貸出を支持する文書に署名した作家は、ナオミ・クライン、ダニエル・エルズバーグはじめ1,000人を超える。支持者のひとりである作家のチャック・ウェンディグは、当初は批判のツイートをしていたが、その後公然と意見を変えた。ジョアン・マクニールなど、現在全米作家協会に所属しこれをサポートしている作家のなかにも筋金入りの支持者がいる。マクニールはときどき貸出サービスを利用して絶版になった書籍を読むことがあり、それを不可欠なツールとみている。「Open Libraryプログラムにわたしの本があるといいです」とマクニールは言い、批評家には絶賛されたがあまり売れなかった自著が広く入手可能でないことはもうわかっていると語った。「少なくともその方法を使えば、誰かがわたしの本を見つけられる可能性があります」

だが、誰がどんな支持を表明しようと影響はなかった。出版社が訴訟を取り下げることはなく、23年3月、裁判はInternet Archiveの敗訴に終わった。今年9月には控訴審でも敗れた。裁判所は、Internet Archiveはその行為が出版社に経済的損害を与えていないことを証明しなかったと指摘し、フェアユースの主張を退けた。この間、次の控訴審に向けInternet Archiveの訴訟費用は増え続けている。

「法定損害賠償額に上限はない」

アシェット対Internet Archiveの最初の判決後、当事者は和解条件に合意した。詳細は極秘だが、資金提供者の力を借りてInternet Archiveは経済的に生き残ることができるとカールは断言した。二度目の控訴をしない決定をした場合は和解条件を履行しなければならなくなる。打撃ではあるが、とどめは刺されていない。

もうひとつの裁判のほうが、生き残りがはるかに難しいかもしれない。ユニバーサル ミュージック グループ、ソニー、キャピトルら大手レコード会社数社は23年、「グレート78プロジェクト」を巡ってInternet Archiveを訴えた。訴状のなかで企業らは、そのプロジェクト、すなわち1890年代から1950年代後半にかけて使用されていた旧式のフォーマット、78回転のSP盤で録音されたニッチなアルバムレコードコレクションのデジタルアーカイブが「音楽の価値を損なっている」と主張している。そこには権利侵害に相当する2,749作品が列挙されており、損害額は4億ドル(約600億円)以上にのぼる可能性がある。

「レコード業界に関してひとつ言えるのは、請求できる法定損害賠償額に上限はないということです」とパム・サミュエルソンは言う。

Internet Archiveの地下室。暗号化やインターネットの自由について熱のこもった議論が盛んに行なわれている。

Photograph: Gabriela Hasbun

出版社との裁判同様に、Internet Archiveはフェアユースを軸に弁護を展開している。古いセラック樹脂がひび割れ、パチパチと音が鳴る旧式のレコードを保存することで、歴史に触れる機会をつくっているとInternet Archiveは主張する。著作権法は予測不可能なことで知られていて、Internet Archiveのケースは根拠があやふやだと考える人もいる。「フェアユースの主張としては、必ずしも説得力があるとは思いません」と著作権が専門の南イリノイ大学法学教授ツヴィ・ローゼンは話す。

コーネル大学デジタル・情報法教授ジェームズ・グリメルマンは、レコード会社はグレート78プロジェクトが「ビジネスに及ぼす悪影響をかなり誇張」していると指摘する(極端に質の低いフォーマットで録音された楽曲を聴きたい人が相当数いるとするなら、なぜレコード会社は78回転のSP盤をリリースしようとしないのかという彼の言い分は筋が通っている)。各レコードへのアクセス数は平均月1回にすぎない。それでもグリメルマンはこの点が裁判で重視されるとは確信していない。「Internet Archiveはこれらの作品を直接複製しています。そこが判事にとって非常に難しいところです」

裁判が解決するには数年かかる可能性があり、Internet Archiveの未来に対する不確実性がいつまでも残り、拡大する恐れさえある。しかも、この件が和解するにせよレコード産業の勝訴で終わるにせよ、著作権保有者による訴訟の動きが活発になるかもしれない。「音楽訴訟がどこまで影響を及ぼすかが気がかりです」とグリメルマンは言う。

Internet Archiveに対する一連の訴訟は、苦しい状況にある米国の図書館を取り巻く大きな物語の一部だとカールは考えている。カールは自らの苦境を極悪非道な出版社軍団との闘い、デジタル時代に本を所有する権利を奪い返す大規模な闘争の一部とみなしたがる(彼にその話をさせたら、電子書籍配信サービスのオーバードライブも出版社のサイモン&シュスターも親会社は世界的投資会社コールバーグ・クラビス・ロバーツだと指摘するだろう)。これまで築き上げてきたすべてのものが危険にさらされていることを、カールはひしひしと感じている。「オーウェルが描いた時代では政府がやっていましたが、いまはそれを企業がやっているのです」とカールは述べる。「恐ろしいです」

ウェブにあるものは永遠だという誤解

Internet Archiveを失うなんて、想像するだけで恐ろしい。「世の中にはウェブにあるものは永遠だという誤解があります。そんなことは決して、決してありません」。そう話すクレイグ・シルヴァーマンは、Internet Archiveの死はすべての記憶の砦を消滅させるだけでなく、特定の学問や報道を「不可能ではないにせよ、いまよりはるかに難しく」するとみている。

今年9月、グーグルはInternet Archiveと提携し、ウェイバックマシンにリンクする機能によって、グーグル検索で表示されたウェブサイトの過去のバージョンを閲覧できるようにすると発表した。以前は更新前のウェブサイトの内容が見られるキャッシュ機能を独自に提供していたグーグルだが、この提携によって小さな非営利団体に頼ることになった。

訴訟以外にもInternet Archiveは問題を抱えている。まず、資料のアーカイブ化がますます難しくなっている。ウェイバックマシンのディレクター、マーク・グラハムが語ったように、とりわけ特定のオペレーティングシステムに使用が限定される、ライブストリーミングなどの機能をもつアプリの増加が技術面で問題をもたらしている。それに加えて、膨大なうえに増える一方のコンテンツの数とペイウォールも障害になっている。「とにかく資料が多すぎるんです。何を優先させればいいかわかりません」

それから、やはりAIの問題がある。これまでInternet Archiveは、AIの訓練データに関係するwebクローリングに対する新たな監視を回避してきた、または免れてきた。例えば今年6月にスクレイピングポリシーの更新を発表したとき、RedditはInternet Archiveのような「誠実な関係者」によるRedditのクロールをいまでも許可しているとはっきりと言及した。しかし、横行するAIデータのスクレイピングへの反対の声が強まるに連れて、Internet Archiveはまたもや新たな障害にぶつかるかもしれない。規制当局や議員が許可を得ていないAIスクレイピングをうまく抑制できなければ、膨大な量のデータを収集・再生できるからこそ機能するウェイバックマシンなどのサービスが損なわれかねない。

AIの発展によって、一部のクリエイティブな人たちはInternet Archiveの著作権アプローチへの関心をすでに失っている。カールは彼が生み出したInternet Archiveをふつうの人たちの味方となる図書館とみなしているが、訴訟の相手方は彼の見解に断固異議を唱えている。彼らはカールを、ナップスター時代の考え方で凝り固まった、図書館員という羊の皮をかぶったテクノロジーの狼と評する。「Internet Archiveは、『出版社は悪、出版社を痛めつけるものは善』のように対立の構造がシンプルだった20年前と同じ戦法で闘っています」と語るのは、アメリカレコード協会元幹部で、Internet Archiveの著作権に関する考え方を批判してきたニール・ターケウィッツだ。「ですが、わたしたちの生きる世界は変わりました」

Internet Archiveの膨大なデータを収めているサーバーの一部。誰かが本、ウェブサイト、映画、歌などのファイルにアクセスするたびに、ライトが点滅する。

Photograph: Gabriela Hasbun

今年9月にZoomで話したとき、Internet Archiveが控訴審で敗訴したことを知った直後のカールは動揺していた。まさに荒野をさまようインターネットの先駆者のようだった。フランス、アルルの郊外をハイキングしている途中で、カールはゴツゴツした断崖の前に座っていた。ブルーの野球帽をかぶり、太陽が当たる頬は真っ赤、いつも通り愛想はいいが、落胆している様子だ。彼はいつ判決が下りるのかを事前に知らなかったので、メアリーとの1週間の休暇を一時中断し、急いで仕事のクライシスモードに戻った。「ものすごく憂鬱です」と彼は言う。

携帯を手に持ち、岩に腰かけながら、カールは米国の法制度は壊れていると語った。彼はこれが最後の訴訟だとは思っていない。「著作権カルテルが勢いづいていますからね」。似たような訴訟がこれから増えてくるのではないかと気をもんでいるのだ。南フランスでの休暇中にこれほどまでに気落ちしている人を見たことはない。しかし、彼はとても反抗心が強い。後悔はなく、自分のしていることは正しいという思いを新たにしたようだ。「ここには大きなチャンスがあります。インターネットの夢です」と彼は話す。「すべてがよい方向に転べば、わたしたちの勝ちでしょう」。彼の言葉は祈りのように聞こえた。

(Originally published on wired.com, translated by Takako Ando/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)

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