「原爆の子」が製作されて2年後の1954年3月、中部太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁で実施された米国の水爆実験で、静岡県焼津市の遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」の乗員23人が被曝(ひばく)した。

 映画「第五福竜丸」(59年)は、あった通りの記録を基に作ったんですよ。後世に証拠として残るから、この核実験をたどっていくと人類の滅亡につながるから、ぜひ撮りたいと思ったんです。独立プロ(近代映画協会)を立ち上げて9年目ですが、このときからもう金がなくてね、東京から焼津に少しずつフィルムを送ってもらって撮影した。