「原爆の子」の広島市ロケ(1952年、(C)近代映画協会)

 東京のアパートは空襲で焼けたから(復員後、上京する前に)尾道の兄の家に帰った。すぐ上の姉も尾道で看護師をしていてね、広島に原爆が落ちた直後、医師団と救援に行っているんですよ。姉が話すには、そこらじゅうに人が死んでいたそうです。うじがわいてハエがたかって。

 僕は尾道から広島まで行ってみた。広島駅前から焼け跡を見てぼうぜんとした。子どものころ母と一緒に、石内から山を越えて広島に出て、大きな、美しいまちだと思っていた。それがなくなっていたんだ。