海軍から復員した新藤さんは1945年11月、東京に戻り、松竹に復帰した。夢中でシナリオを書きまくった。戦時中、病気で亡くなった妻の久慈孝子さんのために「愛妻物語」も書いた。

 僕は貧乏時代、久慈さんのおかげでシナリオにすがりついていることができた。だから「愛妻物語」だけは監督をしたいと思った。乙羽信子さんは宝塚から高額で大映(2004年、角川映画に再編)に引き抜かれたけど、メロドラマばかりで嫌気が差していたとき、「愛妻物語」のシナリオを読んで、出たいと言ったんです。大映もこれ1本だけということで許した。乙羽さん(主演)は久慈さんとよく似ていた。