国政で良く言われる右だ左だリベラルだ革新だは、地方自治つまり県政遂行に殆ど関係ありません。地方自治の長つまり県政の場合は知事ですが人物第一で選ぶ時代ですし、また投票行動もそうあるべきではないでしょうか?、戦前戦中良く使われた言葉に八紘一宇、現代使うとアンタ右翼か?と批判されそうな言葉ですが、平たく解説すれば、全てを覆う大きな屋根、と言えば齟齬は無いかと思います。県政は県土全体を覆う大きな屋根です、日差しが強すぎれば遮り、過ぎる雨風を避けてくれる物、父母が子供を慈しみ守り育てる慈愛に満ちた親心の様な物でしょう。井戸敏三元知事まで強靭で度量の広い父性の県政が推進されて来ました、私達は3年前、父性の県政継続発展を期して金澤副知事を次期知事に推しましたが、維新の常套句身を切る改革なる見掛け倒しの流行り言葉に多くの県民が籠絡され、ポッと出の三流官僚を知事にしてしまい、実現を見なかったばかりでなく、県民は深く傷付き停滞してしまいました。県議会から不信任を突き付けられた前職は、辞職せず、失職出直選挙を選びました。辞職して再選を果たしても任期は辞職前の残り任期、失職出直選挙で再選されれば新しく4年の任期を得られます、実に姑息な判断であります。しかも前職は、県政が深く傷付き停滞した半年間も知事俸禄や賞与はチャッカリ手にしています、勿論県民の血税であります、以ての外ではありませんか?、皆さん。
今、私達兵庫県民に課された課題は、この深く傷付き停滞した兵庫県政を如何に立て直し改創して行くのか?それには誰が最適任の選択なのかの判断が喫緊の課題であります。私は、父性の県政を改創として母性の県政に引き継ぐ、対話で信頼を紡ぎ愛の県政へ改創すべきではないか?、この一点に於いて、稲村和美氏以外に最適任性を見出し得ない、と結論した次第。私が稲村和美氏を推す理由は以下に、平易に書いております。
https://choraku.hatenablog.com/entry/2024/10/14/141907
ご一読下さると幸いです。
さて、稲村和美氏をして、リベラルだからどうだ、とか、新社会党がどうだ、とか、批判に余念の無い方もいらっしゃいますが、それがどうした!ではありませんか?皆さん。私は自由民主党の特別党員でありましたし、旧来の党員また支持者ですが、3年前の県知事選挙に政党の党利党略があからさまに持ち込まれた結果、兵庫県政は深く傷付き停滞しました、自殺者2名を出すと言う悲惨な現状であり、法律家は兵庫県と兵庫県政は違法状態と断じています。前職を推した日本維新の会、兵庫維新の会は言うに及ばず、兵庫県選出の自民党国会議員始め、会派を割って支持支援した自民党県議ですら、前職を見限って独自候補擁立に血眼です。かって京都府に黒田氏と言う革新知事府政がありましたが京都府が停滞した崩壊した等と言う話を聞いた事がありません、私はです。北法相宗音羽山清水寺の大西良慶師と黒田京都府知事が対談された事がありました、黒田氏は元共産党員で、無所属で府知事選挙に臨まれ府知事になられましたが、退任されまで共産党員であるが故の批判には常にさらされていた様です。この対談で大西良慶師が黒田氏に何と言われたかと言うと「赤でも黒でもエエもんはエエ!」と言われたそうです、党派党色よりも人物第一主義を説かれた様です。党利党略派利派略や党色が地方自治に介入すると地方自治は深く傷付き停滞しし崩壊します、3年前の兵庫県政終わりの始まりの繰り返しになる事を、私達兵庫県は身を持って学習しました。人物第一主義はバランス主義です、県民の思想信条の幅は広い、副知事経験者がいない今、県議を経験し、尼崎市と言う大自治体の市長を経験し市政財政を立て直した実績は、付け焼き刃の鍍金では無いでしょう。VOTE!稲村和美!