もし非常戒厳が日本で起きたら 自問自答の夜「民主主義は簡単に…」

二階堂友紀

 韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が3日夜に宣言した「非常戒厳」。市民や国会議員の抵抗により、一夜で解除された。日本の憲法に同様の定めはなく、政治の仕組みも大きく違う。それでも、自分の暮らしと重ね合わせ、自問自答した人たちがいる。

 非常戒厳は、集会やデモなど一切の政治活動を禁じ、メディアも統制を受けるといった内容だった。国政運営に行き詰まった尹氏が、権力を守るため非常手段に訴えたとの見方が強まっている。

 「(現地からの)中継をじっと観(み)つづけた深夜を忘れないでいたい」。横浜市に住む50代の販売員の女性は4日午前、X(旧ツイッター)につづった。

 同日未明、数千人の市民が国会前に集まり、民主化運動で受け継がれてきた歌の大合唱が起きる様子をネット中継で見た。「人間の鎖となって戒厳軍に抵抗する人たちの姿に圧倒され、私たちは永田町に駆けつけられるだろうかと考えた」

 韓国のアイドルグループBTSのファンだという女性は、韓国の歴史についても学んできた。戒厳が解かれた後も寝つけず、戒厳軍が民主化を求める市民を弾圧した1980年の光州事件を描いたノーベル賞作家ハン・ガンさんの小説「少年が来る」を読み返した。

 「BTSの曲にも光州事件を示唆する歌詞がある。いざという時に体が動くのは、歴史と日常が地続きだからではないか。動くことができなければ、歴史のスイッチを止められるだろうか」と語った。

「眠れなくなった」投稿

 「『もし日本でこんな事態が起きたら……』と考えたらいい結末が見えず、眠れなくなった」と投稿したのは、上島大和(かみじまひろかず)さん(26)。

 映画制作に関わる夢を実現するため、会社を辞めてフィリピンの語学学校に通う。韓国人の友人の妻は「戒厳下で国に帰ったら、あなたは軍に参加させられる」と震えたという。

 「民主主義は簡単に終わるのかもしれない」と気づかされた。日本でも選挙でデマや誹謗(ひぼう)中傷が飛び交い、「民主主義が少しずつ壊れている」と感じていただけに、現実味があった。

 韓国では与党を含む国会議員190人が解除要求決議を可決した。「日本では、体を張って止める政治家が、与党にどれだけいるだろう」と考え込んだという。

 長野県松本市で出版業を営む福岡貴善さん(60)は「韓国にも深刻な分断や冷笑はあるが、弾圧と抵抗の歴史を通して、独裁者が軍を動かす時代に戻してはならないという共通認識があると実感した」と語る。

 8年前、機密文書の流出などを受け、朴槿恵(パククネ)大統領の辞任を求める市民ら20万人超がろうそくを手に集まった集会を現地で見た記憶もよみがえったという。親子連れの姿もあり、「デモが日常に根ざしている」と印象的だった。「異議申し立ての手段は選挙以外にもあるという意識を、私たちも持ち続けなければ」

「立ち上がるのをためらう人たちも」

 選択的夫婦別姓の実現を求める一般社団法人「あすには」の井田奈穂代表理事(49)は、声を上げても政治が動かない経験から、「あきらめが蔓延(まんえん)している」と考えてきた。

 活動する中で、デマや誹謗中傷の被害を数多く受けてきた。「政治に関わることを避け、声を上げる人をたたく風潮がある。そのせいで立ち上がるのをためらう人たちもいる」と話した。

 全国の選挙現場を歩くラッパーのダースレイダーさん(47)は「主権者の代表たる議員が国会の議決によって権力の暴走を止める一方、主権者たる市民が国会周辺に集まって議員たちの行動を支え、民主主義の形が実践された」と振り返った。

 「日本の戦後民主主義は、市民が自らの手で勝ち取ったわけではなく、米国の下で『今日からあなたたちが主権者です』と言われて始まった。主権者は私たちで、国会議員に権限を預けているだけだという意識を積み重ね、自分たちが望む社会をつくる手段として民主主義を育てていく必要がある」と指摘する。

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この記事を書いた人
二階堂友紀
東京社会部
専門・関心分野
人権 LGBTQ 政治と社会
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    長島美紀
    (SDGsジャパン 理事)
    2024年12月6日10時25分 投稿
    【視点】

    非営利シンクタンク言論NPOが2022年に海外の複数の団体と協働で実施した、民主主義状況に関する世論調査では、調査に参加した55カ国やG7の中でも、日本は民主主義や政治への不信が突出しているという結果が紹介されています。 「政治に対する関心」があるのは日本では37%、55カ国中40カ国では半数以上が「国内に自分の意見を代弁する政党がある」と回答したのに対し、日本は63%が「自分の意見を代弁する政党は国内にない」と回答していました。言論NPOは、既存の政党や政策への不信が、現状の民主主主義制度への不信に広がっていると指摘しています。 興味深いのは、既存の政党や政策への不信・不満を持ちつつ、不満を表明する行動には日本はつながりにくいという事実です。日本では選挙時の投票以外の政治活動、デモや署名運動、日常における政治に関する会話などを回避する傾向にあることは、これまでも多くの専門家が指摘してきました。大学の講義で現政権の施策に対する批判めいたコメントをすると「政府を批判するなんて」と学生からネガティブなコメントが出された、という、笑うに笑えない話も聞いたことがあります。 韓国の非常戒厳は、市民や国会議員の抵抗により、一夜で解除されました。背景にあるのは「歴史と日常が地続きだからではないか」という指摘がこの記事では紹介されています。日本では反対に、かつての過激な政治的運動の記憶が影響し、投票以外の政治的な活動への忌避につながっているという指摘もあります。記事が問いかける日本で非常戒厳のように民主主義を制約するような事態が起きたら、という問いかけに対し、「私たち日本人は粛々と受け入れるのでは」、と想像せずにはいられません。

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    佐藤優
    (作家・元外務省主任分析官)
    2024年12月6日10時38分 投稿
    【視点】

    <日本の戦後民主主義は、市民が自らの手で勝ち取ったわけではなく、米国の下で『今日からあなたたちが主権者です』と言われて始まった>という見方について、例外地域があります。それが沖縄です。沖縄は1952年4月にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本が独立を回復した後も、日本の施政権が及ばず、憲法が適用されませんでした。「本土復帰闘争」の主たる目的は、日本国憲法が施行される状況を作り出し、民主主義と人権を沖縄人の手に取り戻すことでした。アメリカにより贈与された民主主義という見方で沖縄を見ると、情勢を読み違えます。

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