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ナインとティア様1

 ……ナインがその頃、どこにいたかと言えば。


 城内において己のプライベートとプライバシーが唯一安全に確保できる場所、即ちトイレであった。


 魔王と過ごす日々の中、全く突然の緊急警報。


 クリスと部下が話している内容を漏れ聞いたところによれば、何やら使徒……それもかつて出くわし、謀ったアビス・ヘレンが何者かと一緒に来ているとのこと。


(城下町では避難が開始されているし、一体全体、どういうことだろ)


 ……最近は確かにやることがなかったが、しかし、こんなハプニングを望んでいた訳ではない。

 後はイスタが攻められる辺りのタイミングを見計らい、ティア様との契約を用いてクリスという存在を魔族から奪い取るのが、己の最後の役目であった筈なのだ。


 その大仕事を前に、こんなイレギュラーが発生した。正直、嫌な予感しかしない。

 大体にしてこういう出来事というものが、仕事を失敗させる要因となるのを知っている。


「ねえ、ティア様……」


 ……自分でも何を話すべきかがまとまっていなかったが、軽い混乱を解消する為に小声でぼそりと内に潜む存在に語り掛ける。


 最近は余り話す機会が無くなってきていたティア様であるが、気心の知れた彼女との会話で少しでも頭を冷やしておきたい。

 いずれにせよ、人間がこの城に来ているというのであれば、自分も何かしら動く必要があるやも。

 彼らに下手な真似をされたくはないのだ。どれだけの時間と労力をかけて僕が下準備をしてきたと思っているのだろうか。

 実際ディアボロに来てからは半年弱程度であろうが、それでも綱渡りの連続だった。

 そもそも、自分の復讐計画としてみれば十年間だ。


 十年だぞ。

 十年間……自分の人生の半分ほども掛けて、魔族らをこの世から消すためだけに生きてきたんだ。

 自分の手で、そうだ、自分でやろうと思って、これだけの時間を掛けたんだぞ。

 今更誰かに水を差されるなんて冗談じゃない。


「……? ティア様、無視しないでよ」


 よくよく考えれば、もうティア様と会話できることも数少ない。

 話すきっかけがこんな機会であっても無駄にするまい。

 そう思ったのだが、ティア様からの返答がない。


「……ねえ、ティア様ってば! 返事してよ、僕、無視されるの嫌いなんだよ」


 ……段々不安になってくる。


「ねえってば、ティア様!? いるんでしょ!?」


 いないはずが無いのだ。

 彼女は僕の体内と精神を、マナとやらを介して循環しているのだから。

 彼女がいなくなるとすれば、僕が真に滅びたときだけだ。



 ――なあに――?


「ああ、やっと返事してくれた。遅いよ」



 寝てたのかな。だとしてもさっさと反応してくれよ、大声出しちゃったじゃん。誰かに聞かれたら変に思われちゃうだろ。


 ――随分切羽詰まった感じねえ。何かあったの――?


 ほわほわと、呑気な声を上げるティア様についイラッとするが、ここで彼女に八つ当たりしても仕方ない。

 僕は彼女に現状を伝えるために、口を開く。


「なんか使徒の……ほら、前にティアマリアでアレコレしたアビスさんと、もう一人誰かがここに向かってるんだって。もしかしたらクリスと直接会っちゃうかも」


 ――それで――?


「それで、って……。いやほら、アビスさんにクリスがやられるとも思えないけどさ。僕もなんかやっとくべきことってあるかなって思って」


 ――ありませんわ、そんなもの。だって、貴方に何ができるって言うの――?


「……そ、そりゃそうだけど」


 随分とそっけない返事が返って来た。

 いつものティア様ならもうちょっとほら、頑張って、とか、応援するわ、とか、なんの役にも立たないことでも言って励ましてくれるのに。


 ……でも、機嫌が悪そうな感じでもない。

 なんだろう、なんていうか……。


 珍しいことに……高揚してる感じ、なのか……?


「でもさ、ほら。やっこさんらも考えなしに城に直接来るなんて、どう考えてもおかしいと思わない? 普通に考えて、こないだ会った第二位の、あのガキんちょ。そう、ムーとやらもクリスにボロ負けしたのにさあ、無策でなんてあり得ないでしょ?」


 ――そうねえ。確かにそのとおり――

 ――だからもう一度聞くけど、それで貴方に何ができるっていうの――?


「そ……そりゃほら、なんかティア様がたぐいまれなる知恵を貸してくれたり」


 ――貸しませんわ。私は貴方に寄り添うだけ。貴方の人生は、貴方が考え、実行してこそ価値があるもの。無粋な真似は嫌い――


 ――このタイミングで彼らが来た事も、向こうの都合によるものでしょう。ナイン、貴方にとっての都合の良し悪しは、彼らにとって関係ないのよ。あなたにとってもそうであるように――


「…………」


 ……なんか、おかしい。

 ティア様がこんなに長広舌を披露するってのは、そこまで珍しくはないんだけど頻繁にあることでもない。何より、彼女は教えたくないことは正直にそういう性質だ。少なくとも、僕の知っている彼女はそうだった。

 だけど、なんだか。

 ディアボロに来てから、僕の復讐の準備が進むにつれて、彼女は段々とこちらを煙に巻くような言い回しが増えた気がする。



 ……最近。

 本当に最近、気付きたくもなかったし、考えたくもなかったんだけど、薄々分かっていたことがある。



 ティア様は、何か、僕にとって都合の悪いことを隠してるんじゃないか……?


 …………。



「……ねえ、ティアさ」


 ――ナイン。貴方は、これまでなんのために生きてきたの――?

 

 こちらの発言を上から塗りつぶして、ティア様がこちらに話しかけてくる。


 ……これも、今まではなかったことだ。

 嫌な想像が確信に近づいていく。


 ――答えてナイン。あなたの目的って、元々なんだったかしら――


「……それは、復讐だよ……。貴女だって、知ってる筈でしょうに」


 そうだ。

 決まってる。復讐、復讐だ!

 僕はそのためにここに来たんだ。

 村のみんなや家族の、仇を取るために……。


 …………?

 そうだよな。その為だよ。目的は、それだ。


 ぼかぁ人間なんだ。僕を育ててくれた家族や、周囲の人たちが無惨に殺されたなら。

 彼らを悼んでそうする事は、全然おかしくないよね……?


 仇だよ。クリス達は、仇なんだ。

 なんとか村の誰かとか。お、お父さん……お母さん……? 

 とにかくそういった存在が、僕にだっていてさ……。居たんだよ、居た筈だ……!


 ――どうしたの? 答えなさい。貴方は、誰の為に復讐するの――?


「誰の為に、って」


 ――彼らの名前は? その者達はどんな人? 貴方に、どんな関わりがあった人――?


「……そんなの関係ないだろう」



 ――あるわよ。だって、そうでなければ――


 ――復讐の意味なんてないじゃない――


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