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betray

 ガロンは、戦闘態勢を解いてはいない。

 その両手からは人体をバターのように切り裂ける鋭い爪が長く伸び、全身の筋肉には血液が常より流入し、熱を帯びている。


 アロマの言い分は不明瞭だ。魔王からはいまだ明確な指示が降りていない。なら自分は自分に与えられた権限と義務をもって、人間を殺害しようと、彼女はそう思っていた。


 扉が開き、部屋の中に入った瞬間ガロンは自分の眼前にいる存在を四つ裂きにしようと己の両腕を振りかぶり、そして。

 手を止めざるを得なかった。



「は、はじめまして」



 そう言って椅子から立ち上がり、ガロンに向かって頭を下げたのは、一人の少女であった。


 ……少女ではある。確かに珍しい。

 しかし、ガロンがその暴力を止める理由にはなりえない。

 では、何がこの場における流血を留め得たのか。


 ……彼女は、人間ではなかった。


「リ、リール・マール出身のマルハトカと申します。ヴァーミリオン様にお目通りできるなんて、とても光栄です。我々・・の中でも誉れ高きあなた様にお会いできるなんて……」


 人狼。

 使者の少女は、人狼であった。


 ガロンは少女の姿を見て大きく開いた眼を、そのまま横のアロマに向ける。


「……なあ、アロマ。こりゃ一体……」


「マルハトカさん。あなた方の要求を、もう一度ここで述べてくださるかしら」


 ガロンからの、疑惑疑念に満ちた視線と言葉を受け流し、アロマは少女にそう言った。


 少女は、一瞬目をぱちくりとさせ、しかし己の役割を果たすために背筋を伸ばして、ガロンが先ほど伝え聞いたとおりの言葉を発した。


 すなわち、サリー・スノウホワイトなる人物と、使徒アビスを城内に招き入れてほしい、と。


 伝言を口にし終えた後、胸元を抑えてほっと一息ついている少女に、ガロンは鋭い視線を向ける。


「……なあ、チビ。お前、自分が今何言ったか分かってるか?」


「は、はい! もちろんですヴァーミリオン様」


 ガロンから声をかけられたことで、少女はむしろ、本心から嬉しそうであった。

 ……ここにガロンは違和感を感じる。


 親人類派というのがいるのは知っているが、リール・マールでは既にその潮流は弱まっていると耳にしていた。しかし、『親』人類という名こそついていたが、明確にディアボロに反逆するような過激派がいるとは聞いていない。それも、こんな少女を使ってまで牙をむくなどとは、こちらがどんな感想を抱くかなど分かり切っているだろうに……?

 我々が仁義というものをどれだけ重要視するか、人間でさえ知っているだろうに……?


 そう、違和感がある。

 ディアボロの思想を知っていながら、根回しなくこんなことをする理由。リール・マールからは、今アリス達が必死に情報をかき集めているが、全くこの件に関与していない様子だった。少なくとも、今ここで発生しているのはまともな交渉ではないことがより一層強調させられている。

 少女が親人類派だったとして、それも過剰に人間に傾倒する性質の者だったとして、人狼社会で名を馳せているヴァーミリオンに対して、何故そうも友好的な態度なのか。演技には見えない。



 他にも思うことはあるが、なんにせよ、今わかっているのは目の前の少女が本気で人間の使者をここに通したいと、そう思っていることだけだった。



 己の任務を果たした少女。それに向かいただ無言と無表情を貫き続けるアロマに代わり、ガロンは居心地悪く体をゆすって、不自然な沈黙が場に残る。


 意外にも、口を開いて静寂を破ったのは少女であった。


「どうか、彼らに従ってください。彼らは素晴らしい人たちです。特にリリィ様は、私たちにとても優しくしてくれました」


 ……正気であるとは思えない発言だ。

 しかし。


「リリィ……使徒の第十位か、成程な。奴が……!」


 ガロンは、口端で鋭く光る牙を強く食いしばり、きしらせる。

 リリィという名を聞き、ガロンは今の状況に多少の理解が及んだ。無論納得などしていないが、何故この少女が人間の手先となって動いているのか、その理由については想像ができるようになった。


 サリア教団が使徒第十位、『乱愛』リリィ・スゥ。


 伊達に親衛隊長をやっているわけではない。彼女の名前は聞いたことがある。それだけではなく、かつてリール・マールのスリザに送り込んだスパイの一人が、彼女に誑かされて裏切ったという情報も耳にしている。

 ……それも、対拷問用の訓練を受け、忠誠心も高い古株の者がだ。


 詳細は分からないが、諜報班は次のように彼女の能力を推理していた。

「拷問等の手口によらずなされた裏切り。恐らくは『ギフト』と呼ばれる能力によって、洗脳の類が行われたのであろう」、と。


 ……リリィ。奴が人狼を、自分の仲間をこんな風にしたのか――!



 そんなガロンの考察を打ち切らせたのは、アロマの声であった。


「……では、マルハトカさん。我々は今からそちらの要求に対して回答を出すこととします。そちらからの、回答期限はいつ頃かしら」


「日が、頂点に上るまでに、と伺っております」


「分かったわ。楽にしていなさい」


 はい、と言い、しゃちほこばって背筋を伸ばしたまま、使者の少女は椅子に座った。


 暫くよろしく、と室内の衛兵に声をかけながら出ていくアロマの後を、ガロンは慌てて追いかけた。


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