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西荻窪駅から看板建築が並ぶ道をまっすぐ南下して五日市街道に。左に曲がって高井戸方面に向かってしばらく歩くと、古い農家の向かい側に、戦前に造られたような物置小屋がある

 

そこから先は、街道沿いに並ぶ巨木に、この街道が伊奈道と呼ばれていた昔日の面影を見ることができる。伊奈は、五日市宿のひとつ手前の宿場のことである

 

 

しかし、並んでいる建物は、新しく建てられたマンションばかりで、あまり楽しい眺めとは言いかねる

 

物置小屋の先には大宮前春日神社がある。江戸初期に、この地に新田を拓いた関村名主の井口八郎右衛門が、新田の安栄を願って建立したものである。その神社の隣には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このような出桁造りの商家が残っている。この建物は「魚鐘」という鮮魚店で、十年ほど前までは、まだ店を開けていた

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の記事にて触れた僕が看板建築や古民家にハマるきっかけとなった「続・昭和二十年東京地図-周縁のこと-」という本に掲載されている「魚鐘」の写真。キャプションはないが平成の初めごろの姿だと思われる

 

 

 

 

 

 

 

 

今はもう商売をやめてしまったようで、軒先に掲げられていた「魚鐘」という大きな看板ははずされ、店舗の部分は面白味のないアルミサッシに変えられてしまっていた

 

かつては店売りもしていたが、店を畳む少し前は、御用聞きだけで商売をしていたようで、店舗の向かって左側のショウケースは、いつも空っぽだった

 

 

駅も商店街もない、このような場所で長年商売が成り立っていたということは、このあたりには多くの口の肥えた住民がいたのだろう

 

しかし、近年になって宅地化がすすみ安っぽい建て売り住宅が増え、本物の味よりも、安直なショッピングモールのファストフードがお好みの客層が、こういった老舗の存在を許容しなくなってしまった

 

 

この先も街道沿いには大きな古木が並んでいるが……

 

 

 

 

 

 

 

 

五日市街道と環八が交差する北高井戸陸橋から先は、そういった街道の風情は、いちじるしく減退して、どこにでもある東京の郊外の景色に変わる

 

 

 

 

 

 

 

 

環八のすぐ先の柳窪で、このような見るからに旧道といった雰囲気の道と交差したあと、ホンダツインカムというホンダ車のチューニングショップの先の成田西で、五日市街道は善福寺川を越える

 

ホンダツインカムは、ホンダ車にDOHCの車がラインナップされていない時期に、DOHC車の再来を願ってつけられたようだ

 

 

しかし、このツインカムという呼称は、ロータスが自社の車の高性能を謳い文句にするために考えられた造語だということは、ほとんど知られていない

 

冷静に考えると、例えばそのエンジンがシングルカムシャフトでも、V型の配列なら、カムシャフトは2本あるわけで、SOHCエンジンでもツインカムという概念は成立してしまうのだ。したがって「ダブル・オーバーヘッド ・カムシャフト」つまりDOHCというのが正しい

 

 

 

 

 

 

 

 

などと、いつものように話が横道に逸れているあいだに、善福寺の緑地を過ぎて、住所が成田西から成田東に変わるあたりから、商店街らしきものがはじまる

 

このあたりに商家が並びだしたのは、かなり昔のことらしく……

 

 

 

 

 

 

 

 

このような戦前の出桁造りの商家が残っている

 

こちらの建物も魚鐘と同様に、すでに廃業してしまったようだが、軒先には「加富山米店」という看板が残されていた

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらの建物は、店舗の部分が悪趣味なアルミサッシに変えられていないところが偉い。見事な貫禄である

 

それにしても、商売をやめて仕舞屋になるとアルミサッシにされてしまう悪弊は、なんとかならないものだろうか

 

 

この加富山米店から先は、徐々に店舗が増えだして商店街の体裁になってくるが、最初に目につくのが……

 

 

 

 

 

 

 

 

この「凸型看板建築」である

 

この看板建築に入居している「鳥一」は、地元で人気の店らしく、このように、いつも客が群がっている。しかし、焼き鳥の店の並びがペットクリニックというのは、皮肉な取り合わせだなあ

 

 

魚鐘があった大宮前とは異なり、このあたりは戦前から店が並んでいたようで、加富山米店のほかにも

 

 

 

 

 

 

 

 

このような戦前型の平屋の看板建築が残されていたが、こちらは残念ながら、入り口が無様なアルミサッシにされてしまっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

成田東の商店街は、とくに賑やかではないが、昔の東京の姿をわずかにとどめており、昔から好きな場所のひとつである

 

しかし、久しぶりに訪れてみると、かろうじて雰囲気はとどめていたが古い建物は、かなり少なくなってしまっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

以前は、このような看板建築がズラッと並んでいた記憶があるのだが、ほとんどが新しい住宅やマンションに建てかえられてしまっていて落胆は隠せない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、まだ昔から続いている店が残っていてホッとする。なんだか安心感を覚える風景である

 

このパンとケーキ「好味屋」は、店構えの印象どおりの昔ながらのパン屋である。かつては新宿や吉祥寺などにも支店があり、安くて美味しいので、何度か購入したことがある

 

 

現在は、店舗規模をかなり縮小してしまい、この店しか残っていないようだ

 

 

ここまで来れば高円寺は、もうすぐである

 

 

 

 

 

 

 

 

成田東から高円寺は、あっという間の距離。十数分で青梅街道に出た

 

地下鉄丸ノ内線の新高円寺駅がある青梅街道の、すき家とファミマのあいだが五日市街道の起点である。パル、ルック商店街を抜けて、高円寺駅に着いたころには、あたりがすっかり暗くなっていた

 

 

 

《杉並区の郊外を歩く》おしまい。次回からしばらく東京、横浜を離れ、埼玉県飯能市で、開催された「飯能まつり」の記事を連載する

 

 

 

 

 

 

 

†PIAS†

 

 

 

 

 

 

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