今でも忘れられない滞在最終日の優しさ
サーメルの生い立ちはとても複雑だ。第一次中東戦争で祖父がパレスチナからヨルダンに移住し、サーメルはヨルダンで産まれる。そして15歳から低賃金で働き詰めの生活を送るものの、家族関係も複雑で給料は殆ど母に渡すような生活。19歳から家族と別居しクリフホテルで働き始めた。
ヨルダン人オーナーの下、低賃金でまるで奴隷のように働き続ける中、彼の希望になったのが日本人旅行者との交流だった。日本人旅行者が滞在するのはほんの数日。それでも彼らは帰国すると手紙を書いてくれたりと感謝の気持ちをサーメルに伝えてくれる。「生まれて初めて人に感謝された」日本人との交流が彼の喜びや人生の励みとなり、辛い境遇でも常に笑顔を絶やさずに頑張ってこれたと言う。
1974年生まれのサーメルは現在46歳のはず。当時サーメルは33歳のはずだったが40代後半くらいに見える外見だった。苦労の多い人生だったことをその容姿が物語っていた。
「おはよう」「おかえり」「おやすみ」と、拙い日本語で毎日ニコニコと挨拶してくれたサーメル。私がアンマンを出発する日の朝、サーメルは私の部屋に来て日本人から貰ったという金製の時計を差し出し、「リエコが今後旅を続けて一文無しになることがあるかもしれない。その時、これを売れば少しは足しになるから持って行って。もし使う機会がなかったら、これを返しにまたアンマンに戻ってきてくれるかい?」と言った。『ダメダメ!こんな高いもの受け取れないよ』と、私はサーメルに時計を返してバスの時刻に間に合うようにと急いでシャワーを浴びてチェックアウト。
サーメルと別れの挨拶をしてアンマンを出発するバスに乗って暫くして気が付いた。私のバックパックにはサーメルの時計が入っていたのだ……。いつかまた中東を旅できる環境になったら、この時計をサーメルに返しに行くために再びヨルダンに行きたいとずっと思っている。
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費用はたったの150万円という、想像を絶する貧乏旅をしながら、2年間をかけてほぼ世界一周、5大陸90カ国を巡った著者。そのなかから特に思い出深い21カ国を振り返り、襲われたり、盗まれたり、ストーカーをされたり……危険だらけの旅のなかで出会った人情と笑いとロマンスのエピソードを収録。(講談社文庫)
▼Huluオリジナルドラマ『ブラを捨て旅に出よう〜水原希子の世界一周ひとり旅〜』
人生に迷いを感じた水原希子が、突如、世界一周旅行を宣言。原案の実話エピソードをベースとしたストーリー展開を予定しているものの、現地へ赴けばハプニングだらけの珍道中(!?)という半分ドキュメンタリーのオリジナルドラマ。[全6話]