もっとお前を見せてくれ。
神戸在住の女性M様から「坂爪さんこんにちは!吉本ばななさんの本とその仲間達が届きました- ̗̀🎁 ̖́-ありがとうございます😭さっきから本を数行読んでは仲間達を眺めまた読んでを繰り返し、脳内がうっとりで充満してます。坂爪さん、坂爪さんとばなな先生の愛を受け取らせてもらえたことと、愛が欲しいと言えたことは私の宝物です。今度は私も誰かへ愛を贈りたいです!」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。M様のプロフィールをこっそり見たら、自己紹介に「辛い気持ちを誰にも話せず壁に話しかけていた過去がある」と書いてあり、おお、心の友よと思った。
愛知在住の女性H様から「圭吾さんおはようございます☀️吉本ばななさんの本、届きました!そして。身もココロも暖かくなるようなメッセージと贈り物もありがとうございました✨思っているよりさらに上ゆく嬉しいサプライズ。そういうところ、じゃんじゃんマネしていきます‼️すぐに送ってくださり、ありがとうございました😌✨」と連絡をいただいた。H様からは、たくさんの果物と缶詰を貰った。物々交換のようで幸せだった。女性からのメールは、絵文字やスタンプがたくさんあってきゅんきゅんする。可愛さが爆発する。
京都在住の女性S様から「昨日、下町サイキックが届きました。ありがとうございます。大切に読ませていただきます💙私はアーティスト🧑🎨をしています。坂爪さんに、ARTアクセサリーを送りたいのですが、同じ住所に送らせていただいても大丈夫ですか?」とご連絡をいただいた。何か、目に見えないものが循環している感じがした。生きると言うことは、種を蒔くことと似ている。一粒の種は小さくても、成長すると、とても大きな果実が成る。だが、途中で「あれはどうなっているかな?」などと思って、土をほじくり返すと種をダメにしてしまう。種を蒔いたことさえ忘れるくらい、どんどんどんどん種を蒔くと、思わぬ収穫物に驚かされる。悪い種ではなく、良い種を蒔きたい。自分が蒔いた種に、自分が驚かされる。
クリスマスに一番幸せなのはサンタクロースだと思う。最初は重い荷物を背負って、こどもたちにプレゼントを配りに行く。プレゼントのひとつひとつは、サンタクロースにとって大切なものだ。大切ではないから配るのではなく、大切なものを「これをもらったら喜ぶだろうな」と思って、サンタクロースはリリースをする。プレゼントを配るほど、サンタクロースの荷物は軽くなる。サンタクロースが持っている大切なものはどんどん減ることになるのだが、サンタクロースはプレゼントを配るほど不幸になるのかと言うと、違う。配れば配るほど、自分のものがなくなればなくなるほど、サンタクロースは幸せになる。モノは手元から消えても、何かを手にした喜びは消えない。
一番のプレゼントは、モノではなくて気持ちだと思う。心だと思う。言葉は心の容れ物で、モノも心の容れ物だと思う。だから、サンタクロースは一番の幸せ者になるのだと思う。自分はからっぽなまま、必要なものを、必要な人に届けに行く。願いを放つとは、そういうことなのだと思う。私たち一人一人は、サンタクロースにとってのプレゼントの袋みたいなもので、クリスマスの時期になると、その袋はプレゼントでいっぱいになる。サンタクロースにとって大事なことは、その袋がいっぱいになることではなくて、その袋がからっぽになることだ。種を持つことではなく、種を蒔くことの方が、サンタクロースには大事になる。袋がからっぽになってはじめて、サンタクロースは「よし」と言って、仕事を終わらせることができる。自分には人にあげられるものは何もないと言う人もいるけれど、それは違うと思う。私たちには心がある。その心こそが、一番のプレゼントになるのだと思う。ケーキ屋さんの女の人が言っていた。リボンは、結ぶ人の方が幸せなんですよと。新潟が産んだ人間魚雷、坂爪圭吾を呼んでくれ。己の体にリボンを巻いて、何処でも行くぜ。
坂爪さん こんばんは
今日、送っていただいた本を受け取りました。
まだ坂爪さんにはお会いしてませんが、封筒の坂爪さんの肉筆を見て
「ああ本当にいるんだ」と不思議な気持ちでしばらく茫然としてました
大切な本を譲ってくださり、本当にありがとうございます!
メモの一言も嬉しく、ちいさなお菓子のおまけに私の中の小さな女の子がきゅんとしました。
ずっと閉じ込めてた望みを出させてくれたことに
あらためて感謝してます。
最初に坂爪さんからの返信を開いた時に飛び込んできた
「まってましたー!」が、なんていうか
神さまの声のように感じてまずうわわってなりました。
坂爪さんの言葉と神さまの言葉の二人羽織みたいな。
その一声で「ああそうだ。神さまはずっと与えようと待ち構えてるのに
こちらが、受け取るにはちゃんとしないととか
条件とか手順とか頭で考えすぎてて、まず「欲しい」とすら素直に言えないし
目の前にたとえあっても見ようとしてないんだ」と理屈抜きにそう思えました。
自分の長文な熱のありすぎな文章は受け止めてもらえないトラウマがあって。
直近の好きな人とのやり取りでやってしまったなぁと落ち込んだ経験があり
コミュニケーション指南的な記事を見ても「関係性が出来てない相手に長文は送ってはダメ」と書かれてあり、ごもっともだなぁと反省しさらに落ち込み。
なのにまた気づけばやってしまっている
でも坂爪さんから「◯◯さんのメールにはひっじょうにふるえました!」と
来たときに、受け止めてくれる器のある人には長文だろうが引かれることなく受け止めてもらえるんだ…と静かな感動を覚えました。
そして少し前に密かに望みを投げてた事を思い出したんです。
もちろん相手に押し付けるのは論外だしコミュニケーションが苦手なのは自覚してるけど、そのままの気持ちを出しても引くことなく受け止めてくれる人と出会いたいと。(恋愛に限らず)
「◯◯さんとやり取りするために、ばなな先生は俺に本をくれたのではとさえ思いました」との言葉は
しばらくありがたすぎて受け取れなかったのですが
この言葉も素直に受け取りました。
願いを放ち、自分の中を空っぽにすること。
思い返すとシンプルに生きられてるときは、そうなってるんだなと感じます。
またまた長文になっている…!
坂爪さん いろんな気持ちを出させてくださって
ばななさんの本から始まり波及して望みを叶えてくださって
本当にありがとうございました✨
おおまかな予定
12月6日(金)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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