2004年にイラクで日本人3人が武装集団の人質となった事件は7日で発生から20年になります。9日間にわたる拘束から解放され、日本に帰国した3人を待ち受けていたのは、身勝手な行動で国に迷惑を掛けた人物として「自己責任」を問う非難の嵐でした。「当時よりも人に頼れない、助けてと言えない不寛容な社会になっている」。人質の1人として誹謗(ひぼう)中傷に苦しんだ今井紀明さん(38)=札幌市出身=はいま、そんな危機感を抱いています。(報道センター 工藤俊悟)
20年前の4月7日、高校を卒業したばかりで18歳だった今井さんはイラクの首都バグダッドに向かう途中で拘束された。武装集団は南部サマワに派遣された自衛隊の撤退を要求したが、日本政府は拒否。人質3人は解放されたが、与党政治家らが自己責任論を唱えると、日本では3人の行動を問題視する世論が高まった。
イラク日本人人質事件 2004年4月7日、今井紀明さん、高遠菜穂子さん=千歳市出身=、東京在住のカメラマンの3人がイラク中部ファルージャで武装集団に拘束された。犯人は南部サマワに駐留していた陸上自衛隊の撤退を要求したが、当時の小泉純一郎首相は拒否。3人はイラク人らの仲介で9日目に解放された。高遠さんが解放直後に「イラクに残りたい」と発言したことに、小泉氏が「自覚を持ってほしい」と苦言を呈するなど、与党政治家や一部メディアが自己責任論を展開した。一方、パウエル米国務長官は「誰もリスクを冒そうとしなければ、私たちは決して前進できない」と3人を擁護した。
「謝罪しろ」「税金泥棒」。札幌市内の実家に戻った今井さんが目にしたのは膨大な量の非難の手紙だった。一部メディアもこれに同調し、政府の対応を批判した家族まで激しいバッシングにさらされた。
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