魔族に父親を殺された少女の手記、ほか
『私のお父さんは、兵隊さんでした。
小隊長さんだったそうです。
私たちのいるフォルクスの端っこで、魔族の侵入を警戒する役目をしていたそうです。
お父さんの仕事については、お母さんがあんまり話してくれないので、詳しいことは知らないままです。
だけど、お父さんのお友達は、みんなお父さんのことを立派な男だったと褒めています。
だから、お父さんは立派な人だったと思います。
優しい人でもありました。お父さんは、お家に偶に帰ってきては、私のことを膝の上にのせて、ご本を一緒に読んでくれました。
長く家を空けた後には、申し訳なさそうな顔で、たくさんのお土産を持ち帰ってきてくれました。
私がそんなにいらないのに、と一度言ったとき、お父さんは寂しそうな顔をしました。
だから、それからは素直にありがとうと言うようにしました。
そうした方が、お父さんは喜んでくれましたから。
お父さんははにかみ屋さんでしたから、嬉しそうなときにはお髭を撫でてそっぽを向くものでした。
それを見るのが、私は好きでした。
でも、そんなお父さんの仕草はもう見られません。
あの暖かいお膝にも、座ることが出来ません。
お父さんは、死にました。
象の魔物に、食べられてしまったそうです。
昔動物園で見た象さんはとっても大きくて、私の差し出したリンゴを長い鼻で受け取って食べてくれましたから、大好きでした。
でも、同じような姿をした魔物がお父さんを殺したって聞いて、象さんも大嫌いになりました。
お母さんは、お父さんが
(教師による校閲を受け、以下修正済み)
立派な人だったと、お国の為に、サリア教の為に働いて亡くなったのだから、それは名誉なことだと、そう言っています。
私は、早く魔族や魔物なんていなくなればいいのにな、と思います。
私はもう動物が嫌いになっちゃったから、獣人もみんな死んじゃえばいいと思います』
――校閲による修正前は、記録に残っていないが、遺族年金の支払いがなされないことについての愚痴であったらしい。
少女の母親は、後日収監された。
身寄りのなくなった少女は、貧民街で体を売って生きることとなったらしい。
どちらも今は生きていない。僅か六年前のことである。
――少女の父親が殺害されたときの様子は、次のとおり記録員らによる戦闘詳報の下書きに記録されたが、本稿には記載されていない。
『――タグナンバーA16(甲)、周辺兵とともに現場離脱中、攻撃対象乙(系統分類上は魔物。単体。識別名ガネーシャ。通称『恐象』)に補足さる。
乙、背後より、左腕により、甲左腕を把握。
甲、「やめてくれえ。しにたくない」と述べ、体を捻り右腕により予備サーベルを乙に振るうがはじかれ、脱落。
甲、「やめろといっている」と述べ、乙に空いた右腕で打撃を試みるが、無効。
乙、把捉したままの甲左腕を掴み、捻る。脱臼音(※)。
甲、「ぎゃあああああ」と述べ、失禁。
乙、把握した左腕への捻転を継続。次いで、恐らく肘部より断裂。甲左腕と体幹部分離。
甲、「ぎゃあああああ」と述べ、地面に落下。
乙、甲の前にしゃがみ込み、甲左腕を喫食開始。骨破砕音(※)。
(慣例により、当該状況においては捕食ではなく喫食とする)
甲、正常な判断を失した様子。乙から喫食中の左腕の奪取を試み、右腕を伸ばしたところ、把捉さる。
甲、空笑開始。
乙、合わせて笑う。次いで、把捉した甲右腕を握り潰す。
甲、空笑継続しつつ、悲鳴。便失禁。
乙、甲左腕喫食終了。甲左脚喫食開始。
甲、接近した乙の頭部に再度打撃を試みるが、無効。骨破砕音(※)。
甲、「かえして。おれのあし、やめて、たべないで」と懇願。
乙、喫食継続。
甲、失血による顔面蒼白の相。及び脱力により地面への横臥。
乙、甲の眼瞼を開き、甲の意識残存を確認。大笑。甲の頭部を口に含む。
甲、鼻部まで乙の口蓋内に入った際、「やめてえ、しにたくない、(・・)、(・・)」と述べる(※)。確認不能だが、恐らく家族の名。
乙、三度歯ごたえを確認するように顎部に力を入れたのち、甲の頭部喫食開始(※2)。
乙、甲頭部喫食終了後、鼻部左横の牙部に甲の遺骸(骨盤から体幹方向)を刺し、大笑。次いで他離脱者の追跡開始。
その直後、使徒3名の到着により、殲滅に至らずとも乙を撃退。乙逃亡。
※ 救出のため残存した周辺兵証言
※2 恐らく甲は逃亡兵とされ、記録は残されまいが、最期の言葉を残す。
「みんな、どうか」』