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我が輩はぬこである。  作者: saki
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ミウ01

挿絵(By みてみん)

夕暮れ時、放課後の活動を終えた生徒達は校門を出ると、カバンからそれぞれの携帯電話やスマートフォンを取り出し電源を入れる。美優みゆうの通う”神納宜かんなぎ高校”の下校時の風物詩だ。校内ではそれらのものは電源をオフにしてカバンに仕舞っておかないと、見つかった時教師に取り上げられる校則がある。

美優もスマートフォンの電源を入れると、次々に着信や受信のヘッドラインが待ち受け画面に表示されては流れていった。ほとんどは信者のものであったが、その中にぬこ氏からのメッセージがあった。

美優はぬこ氏からのメッセージを見て、かの者が助けを求めていると判断した。

「今日は確かあの公園だったわね」

対象の公園は現在地からかなり離れており、電車で移動する必要がある。メッセージに返事をし、スマートフォンを学校鞄に仕舞うと駅に向かって歩き出そうとした瞬間――

「みゆちーん!」

背後から大きな声がし、美優は背後から急に抱きしめられた。

「みゅっ!?」

美憂のフロントホックが外れそうになり、胸を押さえながらその場にかがむ。スカートの裾が軽く広がり、髪の毛先が美優の頬に少しチクリとした。今日着けてきたブラはロックがかなり弱ってきていて危なかった。

両手でくうをもの惜しげに揉み続けるクラスメイトの女の足元には、子供くらいなら入りそうな大きなスポーツバックがあった。身長が168センチメートルある美優より更に高い。白いブラウスに紺のジャンパースカート、ベルトの替わりに結ぶタイプの腰紐――清楚でお淑やかなイメージの強い神納宜高校の女子制服ではあるが、彼女の姿はそのイメージからかけ離れている。スカートから伸びる両足は運動選手らしい筋肉質な太さを持っており、腰紐の結び目はへその辺りで結んでいるせいかまるで空手の帯のようだ。ショートヘアのため首元は涼しそうであったが、眉までかかる前髪は汗を吸ってまとまり髪をいたかのようにその隙間から汗を光らせた額を見せていた。普段前髪で隠れている太目の眉毛がこの時は目立つ。運動部の部活帰りと思うが、表情はまったく疲れた様子がなく笑顔だった。

このクラスメートは親しい者からは”サク”と呼ばれていた。

「うわー、サク、すごい汗!」

「まあ、身体動かした後だしね。でも、みゆちんは夏なのに全然汗かかないねぇ」

赤いハンドタオルで首筋の汗を拭きながら、クラスメイトは凛とした声で尋ねてきた。

「アイドルは汗かかないから♪」

「あっはっは、本当みゆちんのギャグは面白い」

「信じていないでしょー。信者と言う名のファンもいっぱいいるんだからぁ〜!」

「はいはい」

「あ!あたし、ちょっと急ぎの用事あるから、また明日ね。バイバイ♪」

オーバーに手を振った後、美優は少し早足で歩き始めた。

「バイバーイ!」

クラスメイトも手を振った後、重そうなスポーツバッグを肩に担いだ。


神納宜かんなぎ高校から駅まで徒歩約15分。そこから電車で乗り換えを含めて祭木まつりぎ駅まで約20分。美優が駅の改札を出ると街はすっかり夜の景色へ交換が終わろうとしていた。

ぬこ氏が居ると思われる公園は、更に10分ほど歩く。

美優は駅に着いてからスマートフォンを確認するが、ぬこからの返事どころか既読にすらなっていなかった。

「キミ、カワイイね。そのセーフク、ドコ高の?」

駅のロータリーから繁華街に入ると肌が色黒で、金髪、首に金属のネックレスをした男が美優に声を掛けてきた。歳は三十代と思われる。スルーして通り過ぎても男はしつこく後を付いてくる。美憂は歩む速度を落とさず、受動的に鞄からスマホを取り出して付いてくる男に囁いた。

「おじ様、それ以上は110番しますよ。ちなみにGPSがオンになっていたらどうなるかご存知かしら?」

なお、GPSをオンにしてスマートフォンから110番で発信すると、警察にGPSの位置情報も提供される仕組みになっている。

「おっと、分かった分かったw」

男は立ち止まったのか気配が遠のいて行くのが感じられる。

「最近の女子コーセーは怖ぇーなw"神納宜高校"ってのはそんなことまで生徒に教えているんか」

背後からぼやきが聞こえてきたが、美憂は無視してケヤキ並木通りへ出た。


祭木まつりぎ区は並木通りが多い事でも有名な街だが、このケヤキ並木は特に並木通りとしては数少ない国の指定天然記念物にもなっていて、推定樹齢が数百年を超える木が多数現存していると言われているが、実は千年を超えるものもある。美憂はこのケヤキ並木通りが自分にこそ相応しく、いつか手に入れたいと思っている。本当は駅の西側のケヤキ並木通りよりも駅前ロータリーから南北に伸びる東側の街路を通る方が近道なのだが、現地の状況が分からないので慎重に行くことにした。

ケヤキ並木通りでチャージをし、イチョウ並木通り、そして警察署を曲がってサクラ並木通りの順で目的の公園にたどり着いた。

公園の入り口に小型のパトカーが停まっており、中には警官が二人。パトカーのランプは消灯しているので、警邏けいら途中であろうか。

夜のとばりが降りたこともあり、公園内に人気ひとけは感じられなかった。ただ、少し前まではかなりの人がここに集まっていたようだ。

「さて、ぬこ氏はどこかしら?」

負傷しているはずなので、美優は休憩できる場所を回って行くことにする。公園入口すぐ側の野外ステージのシートやその近くの水飲み場のベンチにぬこはいなかった。

子供向け遊具が集まっている”こども広場”に入ると、一人の女がフィーチャーフォンで会話をしていた。口元に手を当てて声が漏れないようにしているようだが、元々の声量が大きいのか少し離れた美優の耳元まで会話の内容が漏れてきた。

「え、それどういう・・・・・・確かにもうすぐ夏休みだけど・・・・・・そんないきなり、いくらきぬちゃんでも」

関わらぬほうが良さそうだ。

こども広場の奥には砂場とその近くにベンチがある。

平凡な木製ベンチに幼女が座っていた。その表情は少し苦しそうである。こんな夜に一人で居るのは不自然なので、先ほどの女と何か関係があるのだろうか。美優は視線をベンチから幼女の足元に落とすと、外灯の光の下で地面にうっすら黒い染みがいくつか付いているのを確認できた。ここにぬこが居た可能性がある。

美優はぬこの情報を得るため、幼女へ能動的に関わることにした。

「あれれ?」

幼女が警戒しないように美優はわざと自分の存在をアピールしながら近づく。幼女も気が付き、美優を視界の中心に据えた。美優は幼女の目を見てぬこに似ていると思った。その瞳の奥に好奇と疑心が入り交じった感情が視える。疑心があると都合が悪い。

「うそー、かわいいー!」

子供は大抵”美女”に頭を撫でられると喜ぶ。そして、”カワイイ”はこの国で現在最強に分類される言霊ことだまのひとつである。

である・・・・・・はずであるが、疑心を超えて不快に感情が遷移せんいしている。例外種の可能性が認められるので、このまま嫌悪に落ちる前に美優は接触することにした。なるべく自然に幼女の肩をつかみ双方の視線を固定する。

「ねえ、”此処ここ”に見ててあげないとすぐに消えそうなキュートな存在いなかったかしら?」

言葉はなるべく曖昧かつ不可思議に。”此処”という場所に対する多くの連想を幼女にうながすために。

美優は潜度せんどは浅いがぬこの情報に触れることができた。少なくともここにぬこが居た”予測”を”確定”に書き換えられる。

「・・・・・・知らない」

幼女は目線を逸らした。美優は追加で得られる情報はもうないと判断した。

「そっかー、ありがとう♪」

頭を撫でて幼女の注意を一旦分散させ、質問の記憶を希薄にするため、長身を活かした大きくターンという強い印象を与える動きを見せた。そして、それ以上余韻を残さないよう美優はすぐに立ち去った。


「ぬこ氏、あたしのメッセージ読んでないのかしら?」

美優は学生鞄からスマートフォンを取り出すと、メッセージに既読がついていないことを確認して呟いた。他と違い、ぬこはいつも美優の言うことを聞かない。

ぬこが今どこに居るのかメッセージを送った。

ピコン

すぐにメッセージが帰ってきた。

『我帰還せり』

ぬこはいつも情報が少ないきらいがある。まあ、かといって情報が多過ぎても処理に時間がかかって非効率になるが。

無事かどうかは分からないが、かの者は自宅に戻ったということを美優は把握した。美優はぬこの自宅に行って負傷した箇所を確認するついでに鞄に忍ばせている山葵わさびでも傷に塗ってやろうかと想像し笑いが込み上げてきた。

「みゅみゅみゅw」

ぬこの自宅は駅の反対側にある。腕時計を確認すると午後7時を過ぎていた。塾帰りと説明すれば学生服姿でも何とかなるだろうか。

美優はぬこへメッセージを返すとスマートフォンを鞄に仕舞った。


美優は駅まで戻り高架線路の下を通り抜けたところで、前方から歩いてくる人物が気になった。体型から成人女性に分類されるが、やつれており、一応束ねてはいるが髪は乱れ、目元のクマが酷く、服もしっかりと着られていなかった。カードストラップの付いた小さなスーツケースを引きずるように駅に向かっていたその女は、路面の凹凸にスーツケースの片輪が引っかかると、よろめいてその場にしゃがみ込んだ。その様子を見かけた周囲の人間の一人が女に声を掛けた。美優はその様子を観察することにした。

「大丈夫ですか?どうし――」

しゃがんでいた女は声を掛けてきた眼鏡の男に左手を持ち上げて掌を向けた。男はその動作に言葉を止める。

「す、すいません、大丈夫・・・・・・です」

女は両手を地面についてゆっくりと立ち上がると、服に付いた埃を払うこともせず、またスーツケースを引き始めた。眼鏡の男はその姿を少しだけ眺めた後、また繁華街の景色に戻っていった。

「お姉さん、イドカ落としましたよ」

美優はやつれた女に近付くと声をかけた。女は振り返る。

イドカ(Idoca)とは電車やバスなど公共移動手段で使用する非接触ICカードのことである。駅に向かっているのなら、これがないと不便なはずだ。

「ああ、すいません・・・・・・」

振り向き様に美優と目線が合った一瞬ではあったが、女の瞳の奥には微かな希望の感情があるように視えた。

「ストラップに戻しておきますね」

美優は手に持っていたイドカを、女のスーツケースに付いていたカードストラップのケースへ差し込んだ。

「どうも、すいません」

やつれた女は会釈をすると、前を向き直し駅へ歩き出した。

美優も何事もなかったかのように歩を進め始める。


ケヤキ並木通りを更に南に進むと、その終着に一際大きいけやきの木が二本がある。その二本は紙垂しでが巻かれており、この地域で一番有名な神社の御神木である。ぬこはその神社の近くのアパートに住んでいる。

ぬこの自宅近くに来てから、スマートフォンを確認するとぬこからメッセージが着ていた。

『来るな。今日はもう会えない』

夜も遅いし、かの者なりの気遣いと言うことを美優は分かっている。しかし、ぬこが美優の言うことをきかないように、美優もぬこの言うことをきかないのだ。アパートの階段を登りながら、美優はメッセージを打ち、ぬこの部屋の前で送信した。

『もう部屋の前にいる』

美優は耳を澄まし、ドアの向こうの音を探る。5秒、10秒、20秒、30秒――全くの無音である。

突然、手元のスマートフォンが明るくなるとヘッドラインが表示される。

『本当に今日は無理だ』

美優はすぐに返事を返す。

『いやだ』

すると、ドアを挟んだすぐそこでメッセージの受信音がした。

ガチャ

ドアが少しだけ開いた。部屋の窓が開いているのか、ドアの内から外に向けて風の流れができて、美優の胸元の髪が肩の後ろへ流れる。

すぐそこにぬこが居るはずだが、ドアの向こうは暗くてよく分からなかった。

「ありがと♪ぬこ氏」

部屋の中に入ると美優はドアを閉めた。玄関は暗く、奥の部屋から漏れる明かりが頼りだった。そこでやっとぬこと思われる影を視認できた。

狭い玄関で通学靴のローファーを脱ぎ、ぬこに続き狭い通路を歩こうとした途端――

「みゅ!?みゅみゅ-!!」

何かに腰を掴まれたかと思ったら、急に身体が独楽こまのように回転しながら美優はその場に倒れ込みそうになり、前に居たぬこに掴まろうとした。

「な!?」

美優の声に振り向こうとしていたぬこもバランスを崩し、二人で通路に倒れる。


*****


いたた・・・・・・。

何が起こったのであろうか?

我が輩は上半身を起こしながら、薄暗闇の中で玄関照明の開閉器を手で探り操作した。

パチッ


― ぬこ02へ ―

最後まで読んで頂きありがとうございます。

並行してインドネタを書いていますので、良かったら読んで頂けると嬉しいです。

https://ncode.syosetu.com/n5728en/

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