ノベル3巻発売記念 スペシャルSS
はじめて(?)の指輪選び
目の前で燦然と輝いているのは、何の変哲もない平民ならば売れば一生暮らしていけるであろう値段の指輪達だ。
砂糖が作り出す粘りのある光ではなく、硝子片が作り出す鋭利な光でもない、美しさだけを追求された光を世界に放つ宝石。それらをより輝かせるためだけに、惜しげもなく費やされた技術をもって、それ自体に高価な値段のつく土台。
そうして初めて完成とされた指輪達が、これまたそれ自体が高価な天鵞絨を主体とした容れ物に入れられ、並んでいる。
更に言うなら部屋の装飾も高いし、家具も高いし、設備も高いし、従業員のお給料も高い。ついでに敷居も高い。
そんな場所で私とエーレが何をしているのか。答えは簡単だ。
私とエーレは午前中に何故か結婚することになったので、午前中に指輪を買いに来た。午後はエーレが忙しいし、私は逃亡予定なので忙しいのだ。明日でもいい気がするのだが、エーレ曰く駄目らしい。
つまり正解は、エーレは指輪を見ていて、私はお腹を空かせている。
これである。
私達ほどの年齢では、店によっては入店を断られる場合がある。身形が貴族の格好をしていなければ尚更だ。しかし私達は騒ぎにならないよう神殿から逃亡する時用の服を着ているが、すんなり入店ができた。
それはここが王都だからだ。
王都の場合、貴族または王族のお忍びという可能性が多大にあった。万に一つでもその可能性が残っている限り、王都の高級店は客を身形で判断しない。
勿論通常の接客より警戒心は持つだろうが、それだけだ。それを顔や接客に出さない。それもまた、高級店である。
「エーレ」
「何だ」
指輪は結婚する人間の必須装備だとエーレが言ったので恐らくそうなのだろうから、買うのは別にいい。エーレが買うのが必須手順だとエーレが言ったので恐らくそうなのだろうから、エーレが選ぶのも別にいい。互いの瞳の色を石に使うのが必須儀式だとエーレが言ったので恐らくそうなのだろうから、それも別にいい。だが。
「指輪を選ぶ基準が色と値段って必須基準なんですか?」
「そうだ」
エーレが言うので恐らくそうなのだろう。
私はエーレが黙々と選んでいる指輪を眺める。高価な物で敷き詰められている店内でも最奥にしまわれている値段の物から色が合う物を順に並べてもらい、そこから選ぶ、なので候補はそれほど多くはない。
エーレはわんさかお金を持っているので、懐が痛まないのは知っている。なんならリシュターク家の名前を出せば、このお店の物を全部買い上げても痛まないことも分かっている。だがそうじゃない人達にとって、結婚が人生の一大決心というのも頷けた。だって指輪を買うだけで貯金が吹っ飛ぶのではないだろうか。
必須書類、必須手順、必須基準などなど。人間が文明的に生きるのはなかなか手間とお金がかかるものである。
「お前はどれがいいんだ」
「え? 私も選んでいいんですか?」
今まで指輪だけを見ていたエーレが顔を上げ、私を見た。
「当たり前だ」
「そういうものなんですか」
「そういうものだ」
エーレが言うので恐らくそうなのだろう。
今日は知らないことを色々知る日だ。まあ、私は結婚をしたことがないので当たり前といえば当たり前だ。
私も選ぶらしいので、目の前に並ぶ指輪を眺めていただけだった意識を、選ぶ意識に切り替える。選ぶ基準が分からない。以上だ。
「強いのってどれですか?」
「……強いの基準は?」
「えーと、殴ったときに相手を怯ませられる物とか、あ、縄を切れるとか!」
「無い」
「えぇー……」
指輪選びとはなかなか難しいものらしい。
「ちなみにエーレはどういう基準で選んでいるんですか?」
「色々あるが」
色々あるらしい。
エーレは再び指輪達へと向き直った。その顔は真剣そのものだ。まるで面倒な会議に向かう際の書類を確認しているかのようである。指輪選びとは、それほどの気迫と気力を向けなければならない行事らしい。私も考えを改めなければと、とりあえず顔つきを改めてみた。
「値段は高ければ高いほうがいい」
「どうしてですか?」
「お前が俺達と合流できない及び帰還できないなど、何らかの緊急事態が起こった際、ある程度の資金にできる額が望ましい」
「成程。身につける財産なんですね」
「そうだ」
「へぇー」
それは知らなかった。大量の装飾品を身につけている人を見たことがある。手の指は十本なのに、指輪は二十個くらいつけた人とか。曲げづらそうだなと思っていたのだが、身につける財産ならば納得だ。きっと家が安全な場所ではないのだろう。だから身につけて守る。道理だ。
「後は言い寄り防止効果がある物が望ましい」
「指輪一つでエーレの環境が良くなるとは到底思えないのですが、やっぱり相手が怯むような形状をした物がよくありません? 栗みたいになってるのとかありません?」
「自分に刺さるだろう。それより、これはどうだ?」
「王都に家買えますね。……これ重くないですか? 成程、拳に重みをつける作戦ですね!」
「次に高いのはこれだ」
「栗っぽい! これにしましょう!」
「これは?」
「王子が好きそうですね」
「却下だ」
これお昼食べる時間あるのかなと心配になってきた。私の心配を余所にエーレの真剣度は増していく。
結果として、私達はお昼を食べ損ねた代わりに装備を一つ手に入れた。
私の指が高く、強くなった。
エーレの瞳の色が指にあると、なんだか楽しくて、午後はそればかり見ていた。
目が覚める。今日もいい天気だけど、今日はなんだか寝不足だ。
それに、やけに指が軽く感じる。すぅすぅする。
何故だろう。