愛の嵐をぶちまけてくれ。
横浜在住の女性K様から「最近元気が出ないから会いたい」と連絡をもらった。私の正しい使い方である。帰る頃には、H様は元気いっぱいになった。元気ないと思っていたけれど、あったわ。有り余っていたわ。元気がないんじゃなくて、持て余していただけだった。単純に、毎日がつまらないだけだった。幸せって飽きちゃう。私は大嵐のように暴れたい。つまらないって思ったら、なんだかワクワクしてきた。これから何をやろうか楽しみになった。そのようなことをK様は言った。
K様は言った。これまでは問題がないことが幸せだと思っていたけれど、違った。充実した問題を持つことの方が何倍も面白い。幸せって飽きちゃう。幸せも健康も丁寧な暮らしも大切だし自分もそうありたいって思うけど、それって全部デフォルトだと思う。幸せで健康で丁寧な暮らしができている上で、何をやるかだと思う。丁寧な暮らしがゴールになるとつまらなくなる。親が充実した問題を見つけていて、毎日一生懸命に取り組んでいたら、きっとこどもも嬉しいと思う。生きているだけで幸せとか言われても、こどもは微妙だと思う。生きがいを燃やして生きる姿を見せてくれる方が、何倍も生きることが楽しくなると思う。
私は岡本太郎が好きだけど、岡本太郎は自分を愛するなんて絶対言わないと思う。自分を愛するなんて言わないけど、自分を愛しているってことはビシビシ伝わってくる。自分自分ってなるほど、つまらなくなる。自意識をこねくりまわしている人と、自意識をぶっ飛ばしてくれる人がいて、私はやっぱり後者が好き。私の中には、癒したいとか、調和を生み出したいって思いは、あんまりない。それよりも、大嵐になって暴れたい。壊したい。自意識をぶっ飛ばしたい。充実した問題をぶつけ合いたい。血をたぎらせて、生きる喜びを再燃させるような、充実した彩りを与え合いたい。
生きているだけでもいいってわかるんだけど、生きているだけだとつまらなくなる。長生きしたって仕方がないんだ。面白いものを作れるかどうかが全部で、清く正しく美しく生きても、面白いものを作れなければ仕方がないんだ。わかり切っていることをやっても仕方がない。わからないことをやりたいんだ。わからないから、面白いんだ。生きているだけで幸せなのは、老人だけ。私は、青春を爆発させるお祭りをやりたいんだ。自分を愛するなんてどうでもよくて、もっと広い運命を愛したいんだ。そのようなことをK様は言った。
私は、鎌田東二先生の話をした。先生の日課はバク転だ。70代でも毎日バク転をする。鎌田東二先生は「バク転している最中に羽が生えて、空も飛べるようになるんじゃないかと夢想している。私は先祖が恐竜だと思っている。恐竜もあるとき始祖鳥になる。その痕跡が自分の身体のなかにあるはずなので、飛べる瞬間をいまかいまかと待ちわびながら、日々バク転をしている」と言う。この話を聞いて、きょとんとなる人と、最高じゃないかとなる人に割れる。K様は「すっごい元気になる話!」と、このエピソードを喜んでくれた。優秀かどうかなんて、どうでもいいのだと思う。好きか嫌いか。面白いか面白くないか。それだけが、私たちの身体をドライブさせるのだと思う。
おおまかな予定
12月5日(木)神奈川県横浜市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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