1メートル67、56キロの吉田義男の小さな体は、屈辱感と自身への怒りでわなわなとふるえていた。
昭和60年4月13日。前年、10年間で4度目のリーグ優勝と3度目の日本一に輝いた黄金期の広島と、8年ぶりに監督に復帰した吉田が率いる阪神の開幕戦は、3-3で延長に突入し、阪神が十回、絶好のチャンスをつくった。
七回途中から2番手で好投していた福間納の代打・北村照文が左前打し、真弓明信が投前バントで送って一死二塁。迎える打者は、そこまで2安打を放っている2番・弘田澄男。次は3番・バース、そして4番・掛布雅之…。しかし次の瞬間、広島市民球場は、カープファンの歓声に包まれていた。
「アウト!!」
二塁ベースのすぐ横で北村が尻もちをついて、へたり込んでいる。広島の二塁手・木下富雄が、その横でボールを持った右手を高々と突き挙げていた。
隠し球!?
あっけにとられる阪神ファン。一死二塁が何もしないまま二死走者なしになり、流れは変わった。その裏、広島は、山本和行から先頭の高橋慶彦が四球を選び、山崎隆造が送りバント。六回に池田親興から同点2ランを放っていた左打者の長内孝の代打・福嶋久晃が右翼線二塁打を放ち、サヨナラ勝ち。隠し球にひっかかる阪神と、そつのない攻撃で勝ち星をつかむ広島。両チームの差が浮き彫りになった開幕戦だった。