ニンジャヘッズ・ウィズ・タイマニン   作:Schuld

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ニンジャヘッズ・ウィズ・タイマニン・ユキカゼ・ラン・アンド・ガン2

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 「お母さん!!」

 

 結局、何処かで不意に漏れた情報から独断専行に走られても困るし、何よりもゆきかぜまで未帰還に終わった場合、名門水城の血が途絶えるとしてアサギはMIAだった不知火の発見を報せることにしたようだ。

 

 彼女は話を聞かされた時は本当かどうか分からないとショックを受けていたようだが、写真を見せられると実感できたようで感極まり、書類を握り潰す勢いで掴んでしまう。

 

 「落ち着きなさい、ゆきかぜ。ただ見つかっただけ、それも寝返った可能性が高いのよ」

 

 「お母さんは正義の対魔忍なんですよ!? そんなこと有り得ない!!」

 

 「落ち着け、ユキカゼ=サン」

 

 「でもセンセイ!!」

 

 紅梅色の瞳に射貫かれて、うっとゆきかぜは写真を握りしめながら一歩下がった。遺言もあってゆきかぜの父が散華した際、全てを彼女に差配させては辛かろうと喪主代理をやった藤木戸に――言うまでもなく、これは政界をかなり揺るがして、アサギに頭を抱えさせたという――師弟関係であること以上に頭が上がらぬ故、彼女は強く出ることができなかった。

 

 何せ、煩雑極まる手続きを全て終わらせ、水城家の財産を蚕食せんとする奴儕も追い払ってくれたのだ。今後一生文句が言えないだけの恩がある師に制止されると、激情家な彼女も体を留めるほかない。

 

 「呼吸を正せ。チャドーが乱れている」

 

 「……スミマセン」

 

 数年前に葉月も開眼したチャドーをゆきかぜも体得していたが、その練度は感情の乱れによって呼吸が途切れる程度に留まっている。未だ顔合わせの済んでいない年上の妹弟子は、もう寝ていても行えるくらいになったのだが、まだ年若いことと伝授されたのが去年なので致し方あるまい。

 

 「スゥー……ハァー……」

 

 独得の呼吸音を伴って心を落ち着けた彼女は、蹴立てる勢いで立ち上がった椅子を元の位置に正し、大人しく話を聞く体勢に立ち戻った。しかし、未だ瞳孔が少し開き、揺らいでいることからしてヘイキンテキは完全に取り戻せていないのだろう。

 

 無理もない。対魔忍として憧れ、母として慕い、生還を信じ続けた不知火が最悪の形で姿を現したのだ。これで動揺しないのであれば、クローム置換を行いすぎて人間性を損なったサイバネ・カルトのそれに近しい。

 

 だが、今は冷静になった〝フリ〟でもいいので話を聞けという師の眼孔に窘められて、ゆきかぜは膝の上でぎゅっと拳を握った。拳銃使いらしく、短く爪を整えていなければ皮膚を切り裂いていたであろう力強さで。

 

 「シツレイしました」

 

 「構わないわ。きっと誰だってそうなるもの」

 

 「そうだな。とにかく、チャドーに集中して話を聞いてくれ」

 

 まず、アサギは独断専行と軽挙妄動を固く禁じた。ゆきかぜは高等部に上がった以上、もう見習いとは言えど対魔忍として扱われるが、実戦経験不足と状況判断が些か不得手との――これは本人も重々自覚している――性質上、まだ前線に、それも繊細な諜報任務に出すことはできない。

 

 「私では、力不足ですか」

 

 「端的に言ってそうだ」

 

 「ちょっと、藤木戸く……教諭!」

 

 「ここで言葉を飾っても仕方あるまい。いいかユキカゼ=サン、人質奪還ミッションというのは極めて繊細なものだ」

 

 対魔忍は任務、及び〝その性質上〟MIAと認定された人員は基本的に殺されず、何故か前後された上で人質に取られることが多い。それも五車に身代金を要求するような物ではなく〝調教や改造〟といった外法を取り、自らの良いように使い倒そうとするのが主流だ。

 

 故に人質を取り戻す際は細心の注意が求められる。

 

 高度な魔法を使わずとも、ちょっとした小型爆弾を埋め込むだけで人間を一定範囲に縛り付けることは難しくない。それを知らずに助け出したらどうなるか?

 

 目の前で救出対象が弾け飛ぶ上、任務は失敗どころではない。

 

 「偶然遭遇した斥候班に敵対行為を取った以上、シラヌイ=サンは現在正気ではないと考えられる」

 

 「センノウ・ジツ、ですか」

 

 「その可能性も高いが、とにもかくにもヨミハラには〝アテ〟が多すぎる」

 

 自らの命を盾にされて敵に従順な様を見せねばならないこともあるが、それ以上にヨミハラには人間を思い通りに操る術が多すぎる。

 

 薬漬けにして禁断症状で飼い慣らすこともあれば、何らかの快楽によって上手く操作することもあるし、場合によっては人格そのものを改造してくる外道もいる。

 

 故にこそだ、娘だからといって軽々に目の前に出てはいけない。

 

 もしも認識改編などが行われていた場合、親子であることが悪い方に働くことは十分に考えられるのだから。

 

 「故にだユキカゼ=サン、オヌシはまだ前線に出てはならぬ。それにだ」

 

 「少し、クサいのよね」

 

 クサいとは? と聞かれ、アサギは今まで懸命に捜索を続け、規模は縮小されていても完全に打ち切られていなかった捜索活動の中で、生死さえ分からなかった不知火が斯くも無造作に姿を現すものだろうかと当然のことを訝った。

 

 しかも場所はヨミハラの中でも対魔忍が内偵のために張っていることが多い、要人用のエレベーターだ。対防諜用要員が貼り付けられていることも珍しくないが、隙を見て隠密に特化した斥候班を差し向けているアサギとしては、情報が抜けていることを承知の上で使う場所に現れたことに首を捻らざるを得ない。

 

 「どうにも態とらしいのよね」

 

 「ああ、目立ちすぎる。まるで疑似餌だ」

 

 「それってつまり……」

 

 「誰かを目標にした陰謀が動いている可能性が高いと言うこと」

 

 アサギの言に藤木戸は深く頷いた。

 

 現状、不知火が下らないポカや誰かの虚栄心を満たすことを抜きにして、敢えて姿を現す意味といったらそれくらいのもの。

 

 不知火が十把一絡げの下忍ならまだしも、現状は空位となってしまった水城家の前当主であり〝幻影の対魔忍〟の二つ名も誉れ高い、政治的にも戦力的に優位なコマであるのだから、見せびらかすのならば何かしらの意図が介在していて然るべきだ。

 

 いや、仮に偶然だったとしても、五車側としては、それだけ勘ぐって動かなければならない。

 

 楽観とは得てして人を殺す。だというのならば、石橋を叩きすぎるに越したことはないのだ。

 

 何なら誰が建てたかも分からぬ橋を使うより、自分達で安全を確認しながら建てた橋を使った方が良いほどに対魔忍の任務は難しい。

 

 「この場合、狙われるとしたら的は三人だ」

 

 「そうね、私、藤木戸教諭、そしてゆきかぜ、あなたよ」

 

 「私はともかく、センセイ達も?」

 

 本格的な政治教育を当主代理だった父の多忙さと、当人が先に一人前の対魔忍になりたがったことで、専門的な知識が未だ少ないゆきかぜは首を傾げたが、標的にされるだけの理由を二人は十分に持っている上、不知火との繋がりが強いのだ。

 

 アサギにとっては自分の閥を支えてくれた強力な盟友であり、藤木戸にとっては幼馴染みの政治を盤石にしてくれたキーパーソンの一人。

 

 主目標とするのならば実の娘であると同時に、次期党首たるゆきかぜが大本命というところだろうが、二人が釣れたならば、それはそれでキンボシオオキイといえる。

 

 アサギも藤木戸も、最悪を想定した場合であろうと不知火を簡単には〝処分〟できない。大恩があるのはさておくとしても、直接手にかけた場合、五車内の政治に不和をもたらすことが明白だからだ。

 

 それでも二人は、本当に避けられないならカイシャク止むなしとして首を刎ねるだろうが……それはそれで五車内に混乱をもたらせて上々と言える。

 

 故に適度な弱みとして握りつつ、魔族にとっても腐敗した官僚や議員にとっても邪魔でしかない〝最強の対魔忍〟と〝マゾクスレイヤー〟は、殺せるならお得な存在であるがため、引っ張り出して有利な戦場にて〝囲んでボーで叩く〟によって撃滅できれば最良の筋書きなのだ。

 

 畢竟、戦略というものは正しくそれを一番に練られるのだから当然だ。

 

 まぁ、たとえボーを千本用意しようとも、それが生半ものでは殴られても死なないのがこの二人なので、相手が自信満々にボーを構えていたならば、何が飛びだしてくるか分からないからこそ警戒する他ないのだが。

 

 まかり間違ってエドウィン・ブラック級の魔族が気軽に涌いてきたならば、状況はより酷い方向に転がり落ちていくことになるのだから。

 

 「それでも正直、俺達は何とでもできる」

 

 「でもね、ゆきかぜ。あなたはまだ若い。業前は確かに上忍に匹敵する物があるけど、搦め手や罠、人魔共に持ち合わせている生理的な汚さには無防備すぎるわ」

 

 では、この二人が慎重策を打って出てこなければどうかといえば、それはそれで美味しい。陰謀に鬼札を関わらせないで済むのみならず、ゆきかぜを上手く捕らえて秘密裏に離反させられたとあれば、一体どれだけ敵が動きやすくなるだろうか。

 

 五車内の政治に介入する余地が生まれるに留まらない。最良のタイミングで裏切らせれば、対魔忍勢力壊滅もあり得るだろう。

 

 埋伏させるには長い時間が必要となるが、元来そういった策謀は五年、十年と咲くまで時を待つものだ。敵は寿命的にこちらよりも気が長い可能性を考慮すれば、喜んで待つだろう。

 

 「でも、私はお母さんを……!」

 

 「落ち着けユキカゼ=サン。まだ、と俺は言ったぞ」

 

 「じゃあ……」

 

 「条件さえ整えば、オヌシを前線に出しても構わぬと俺は思っている」

 

 俺はな、と前置きしてから藤木戸がアサギを見やると、彼女は偏頭痛にでも襲われているのかこめかみを抑えて、地面に垂れ込めそうなほど重い溜息をついた。

 

 「正直、人手不足も良いところだから、上忍に近い力量を持つあなたを任務にアサインしたいのは本音よ」

 

 「だったら……!!」

 

 「でもね、私はあたら若い命を散らすような真似はしたくない。だから、監督者としてお膳立てはするけど、ちゃんと動く状況は指示するわよ」

 

 やれるわね? と問われて、藤木戸は重々しく頷いた。そして、懐から軍用UNIX、もといPDAを取りだしてメッセージを読み始める。

 

 「もう既に動いている」

 

 「……また事後承諾」

 

 「俺もシラヌイ=サンには数え切れないほど借りがあるのでな。単独行も止むなしの案件だと状況判断した」

 

 不知火はアサギ派閥なのもあって、彼女の裏切らぬ右腕となり、切り込み隊長として働くだろう藤木戸には結構な肩入れをしていてくれたのだ。侮ってきた年上をボコボコにして両腕をへし折った時も、上忍を無自覚に煽って大問題になりかけた時も口訊きをしてくれた彼女を見捨てることはできない。

 

 それが不本意な最期を押しつけることになるかもしれずとも、往事の彼女なら喜んでカイシャクしろと言って、ハイクを詠むであろうと分かっているがため。

 

 「……アンダーエデン」

 

 「地下の楽園? また大仰な名前ね」

 

 「ヨミハラの店は大体こんなものだ。それよりユキカゼ=サン、この面に見覚えは?」

 

 「えっ? あっ!」

 

 PDAに映った写真を見せられて、明らかに覚えが御座いますという顔をした彼女に教員二人の目は厳しかった。

 

 矢崎・宗一。現在の政権与党、民新党の幹事長を務める大物議員であるのだが……対魔忍のデータベースではブラックリストに放り込まれており、裏側を現在進行形で探っている人物だった。

 

 「何をした?」

 

 断定形で問われ、ゆきかぜはしばし目を泳がせたが、これは言い逃れできそうにないと思うと覚悟し、実習でアサインされた任務で顎を蹴り飛ばしましたと白状した…………。

 

 




オハヨ!!

大体流れは原作通りですが、ニンジャをキメた連中が増えているので怖ろしくサクッと終わるという。
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