ニンジャヘッズ・ウィズ・タイマニン   作:Schuld

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ニンジャヘッズ・ウィズ・タイマニン・ウィル・マゾクスレイヤー・ゲット・マリード? エピローグ

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 その日、静かに沸騰していたヨミハラは再び恐怖に震えることとなる。

 

 幾つかある大通りに〝大量の首〟が唐突に並べられたのだ。

 

 首は全て、新興ギャングやマフィアの幹部格以上のものであり、情報通ならば一夜にして幾つかの組織が壊滅したことを悟っただろう。

 

 彼等は全て、ただでさえ餓えている難民を無理矢理に武装娼婦に仕立て立てたり、無謀な東京キングダムツアーに訪れた一般客を食い物にしていた者達だったからだ。

 

 そして、首の全てが静かに燃える白檀のセンコを咥えていることが、下手人が誰かを明白にしていた。

 

 帰ってきた。帰ってきてしまったのだ、あの殺戮者が。

 

 ここ暫くは大人しかったせいで跳ねっ返りの上昇志向を持った新参者共は、忘れていたのだ。

 

 兼ねて畏れよ、魔族と連んで悪さをすればヤツが現れる。

 

 大通りに“殺伐”とエンシェント・カンジのメッセージが遺されていることが何よりの証左だ。

 

 そして、一夜にしてこれだけの大虐殺をしでかせる者は、他に彼しかいない。

 

 これを好機とヨミハラにおける伸暢を目指していた淫魔族は深く静かに動くようになり、ノマドと活発に交戦を行っていた死霊騎士も活動を鈍化させた。同様に抗争相手が沈静化したことでノマドも平時体制に移ったのか、警備体制を厚くしたものの大きなアクションは見せなかった。

 

 彼等としては数ヶ月前に台無しにされた、魔界より輸出する金によって暴利を得ると同時に人界の金相場を操作して外貨を大いに稼ぐ陰謀が挫かれたのは業腹であろうが、彼の殺戮者を下手に刺激して拠点を潰されることを厭うたのだろう。

 

 アレは常に監視している。

 

 アレは常に欲している。

 

 アレは常に狙っている。

 

 サツバツナイトは帰ってきた。悪徳を貪る者達にとって、寝台の下や衣装箪笥に潜んでいる怪物が。弱きを食い物にする悪党達を逆に屠って喰らう化物が。

 

 ヴォパルの剣が存在しないジャバウォックめいた怪物の帰還にヨミハラは震撼し、その日は発砲事件や誘拐事件が八割減となったという。

 

 緩急は人に恐怖を強く知らしめるのだ。今までが平気だったからという安心よりも、あのシャウトが何処からか響くのではないか、その可能性が細やかなりし自制心を呼び起こす。

 

 殺戮の夜が再び始まろうという予感に、退廃の街はほんの僅かな静謐の眠りを得るのであった…………。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「センセイ、お帰りなさい!!」

 

 「長く空けるなら、もっと早めに行って欲しかったわね」

 

 森田・一郎としての偽装であるトレンチコートにハンチング帽姿の藤木戸は、自分が帰るべき第二の宿である森田興信所で暖かく出迎えられた。

 

 葉月がニンジャ装束ではなくジューウェアを着ているのは、早くカラテ・インストラクションを受けたくてソワソワしているからだろう。

 

 そして、傭兵として改造した対魔忍装束ではなく、長いニットワンピース姿のツバキは、暫く主不在であった探偵事務所の女主人をやるべく、できるだけ人当たりの良い雰囲気を醸し出そうと努力していたのかもしれない。

 

 「ドーモ、ハヅキ=サン、ツバキ=サン、森田・一郎です。すまない、想定より帰参がかなり遅くなった」

 

 「まぁいいわ、無事なようだし。五車のクーデターもちゃんと防げたのでしょう?」

 

 「ああ、大過ない。それと、リン=サンは?」

 

 クーデターの情報を報せてくれた電輝の対魔忍として畏れられる上原・燐は、中期間のノマドによる調教と大量の媚薬を投入されたことにより、しばらく動けない状態になっていて森田興信所で匿っていたのだが、その姿はない。

 

 「数日前に復帰できるほど体が戻ったから帰って貰ったわ」

 

 「それまで事務とかを手伝ってくれたので、とても助かりました! 対デン・ジツ戦のインストラクションも付けて貰いました!!」

 

 「なんだ、行き違いか。今度お礼にヨーカンでも渡さねばならんな」

 

 どうやら燐はツバキのケツエキ・トン・ジツとヨミハラ制の拮抗剤で媚薬を何とか除去し、体が万全になるまで興信所の厄介になっていたようだ。その間、色々と手伝いをしてくれていたそうなので、藤木戸としては接点がイクサ以外ではなかった彼女に感謝せねばならぬなと思った。

 

 しかし、流石は対魔忍。一般人なら廃人と化していてもおかしくない調教から数ヶ月で立ち直り、ケオス極まるヨミハラから単身で帰参できるほどに復活するとは。葉月は魔族であるが故、ツバキは魔族に近い身に落ちたために見送りはできなかったようだが、心配する必要はないだろう。

 

 藤木戸も地上でゆきかぜのカラテ・メンターをやったことで、再びデン・トン・ジツの無法さを味わってきたのだ。一番弟子より高火力かつ広範囲を焼ききれる上、細やかな制御も完璧な大群を率いる者への悪夢に近しい燐ならば、何の問題もなく五車へ帰っていることだろう。

 

 心配なのはMIA状態であった間のことを書かねばならぬ報告書や、帰った時に山積みになっているだろう色んな書類やメールの数々だ。病み上がりに激務はキツかろうし、話していると正気が蝕まれる佐馬斗からの治療が待っているのも哀れであった。

 

 「で、なんだけど」

 

 「う、うむ」

 

 妙に重い口ぶりで応接セットの上座に座ったツバキは、目で藤木戸に座るよう促した。空調が行き過ぎている故に常に肌寒いヨミハラとは別の理由で、肌が粟立ったのは何故であろうか。

 

 「また急なお見合いってなに?」

 

 「それは話すと実に長いことになるのだが……」

 

 「聞くわ。今日は依頼を入れなかったから」

 

 だから表の看板がCLOSEDになっていたのかと、藤木戸は嫌な予感を感じつつソファーに身を沈めた。

 

 カクカクジカシカメソッドで乗り越えられれば楽なのだが、それで通じれば苦労がないのが世の中。藤木戸は口下手なりに精一杯頑張って、コトの次第を伝えると共に身の潔白を証明しようとした。

 

 「はぁー……変わってないわね、あの古臭い里は……」

 

 「正直、気が気じゃありませんでした。センセイは人狗族の復興に不可欠なお人。もしかしたら帰って来ないと思うと……きゅーん……」

 

 ツバキは旧態依然とした里の有り様にこめかみを揉み、葉月は藤木戸が里から戻ってくれなくなるかもと日々考えて脅えていたのだろう。耳が無意識にぺたんと寝て、寂しそうな声が溢れた。

 

 「まぁ、そこは何とかアサギ=サンがなかったことにしてくれた。安心してくれ」

 

 「実働に支障を来すなら仕方ないでしょうね」

 

 「……俺としては、もっと平和になったら考えれば良いくらいに想っていたのだが……」

 

 「平和な時期なんてあったかしら」

 

 ふと、ツバキは顎に指を添えて目線を上にやった。五車の里時代から現役時代、そして傭兵に落ちぶれてからの記憶を漁っているようだが、どうにも幼い頃から血生臭い記憶が絶えない。

 

 「私達が生まれる前に魔界の門が開いて大事になって、そこから小さい頃にはふうま一族の反乱があって里中血みどろだったし、現役時代は言うまでもなく……」

 

 「……もしかしてセンセイって、生まれた時から平和な時代がなかったのでは?」

 

 「……言われてみればそうだな」

 

 五車の里に平穏があったのは遠い昔。それこそ最後の世代は魔界の門が開く以前、人魔共に不干渉たれの原則が破られてしまった頃だろう。

 

 そして、物心つく頃にはふうまの大乱があり、そこからは里内の政治が乱れて身内同士の殺し合いが頻発し、ふうま一族の首魁たる弾正が倒れた後も残党との小競り合いで血生臭い風が吹き続けていた。

 

 その上でノマドが地上に参入し、セクションⅢとして公的な存在になると同時に取り込まれた汚職議員や官僚からの政治的攻勢や裏工作が始まってKIAやMIAが爆増。五車学園時代には毎月誰ぞの葬式に参加したり、どこそこの奥さんや娘さんが未帰還に終わったらしいという噂を聞き続ける。

 

 それはマゾクスレイヤーの中に魔族殺すべしという憎悪を醸造すると共に、こんな環境で結婚しても妻子を幸せにできるわけがないという思い込みを作り上げていた。

 

 今でこそ最も酷かった時期と比べると大分マシだが、それでもやはり、自分が数ヶ月留守にしただけでヨミハラはこの様だ。

 

 全く手が出せていないアミダハラの脅威もあれば、地上に浸透した魔族の問題もあることを考えれば前線を退く日はあまりに遠い。

 

 第一、教師陣でさえ必要とあれば任務に赴くような状態は、戦争でいえば末期戦も良いところだろう。普通、教導隊なんてものは軍隊の質を均質に保つため、最期の最期まで温存しておくべきものであって、教師でありながら実戦に引き摺り出されるというのは普通の戦略的観点において〝あってはならない〟ことだ。

 

 まぁ、人間同士の戦闘と違って〝圧倒的な個〟が物を言うイクサが普通な対魔忍と魔族のそれには当てはめられないのやもしれないが、だとしても教師陣全体が実働も兼ねるというのは中々の異常事態だ。

 

 やはり自分は間違っていなかった? と思うと同時に、さくらの言葉が重く心に刺さったこともあって葛藤する藤木戸。

 

 さて、想いを告げられたならば、どうするのが正解かと彼のニューロンは不器用にスパークした。

 

 さくらは言い逃げに近く、里から出る前に「シンガポール満喫してまーす」という絵葉書が届いたきり。しかし、唇を押し当ててサインを付けてきたあたり、諦めたとか引いたとかいう感じではないもどかしさが何とも言えなかった。

 

 だが、井河家はプラベートビーチも持っているのに、何故態々シンガポールに行ったのだろう。年頃の乙女らしくブランド品でも欲しかったのか。それとも何か嫌な予感でもしたのか。

 

 正直、対魔忍としてジツのみならずカラテも十分に鍛えられた彼女なら、対魔粒子が抑えられようと普通の相手なら片腕で何とかしてしまえる領域にあるから、心配はないと思うのだがと考えつつ、藤木戸は唸る。

 

 「どうしたの健二」

 

 「……いや。見合いがあったからというのもあるが、俺も結婚を真面目に考える歳かと思ってな。藤木戸家を絶やす訳にもいかぬし」

 

 「……そう」

 

 「……そう、ですか」

 

 何故かジットリした目をする二人に彼は困惑した。今何か変なことを言っただろうか。古から続く言葉を引用するなら、彼ももう直にアラサーと呼ばれる年代だ。それに家族が損なわれるやもしれぬという恐ろしさに耐えながら、血を紡いできた歴史のことを再認識すると、ビビって腰を退かせるのではなく真面目に考えるのも重要だと思った矢先に斯様な目で見られてはニンジャ第六感が警鐘を鳴らすのだ。

 

 お前は今、下手を打ったぞと。

 

 「ま、まぁ、興信所がまだまだ忙しいし、ノマドの陰謀を片付けた訳でもない。なによりエドウィン・ブラック=サンが活発な今、やはり結婚を考えるのは先だな。彼奴が俺より結婚相手に魔の手を伸ばすことは、キョウスケ=サンのこともあって確率が高いし」

 

 まるで何かに言い訳するかのように早口でまくし立てて、藤木戸はソファーから立ち上がった。

 

 「さぁ、ツバキ=サン、引き継ぎを頼む。俺が不在の間に来た依頼、片付けた物、着手中の物、色々あるだろう。見せてくれ」

 

 「……まぁ、いいけどね」

 

 「妻じゃなければいい……? いえ、いっそ群れ全体に迎え入れれば……」

 

 じとーっとした目を止めないツバキ、何やら危うげなことをつぶやき始めた葉月。その二人からの目線や思惑に努めて知らないふりをして――ここで突っつくとスネーク・フロム・ザ・ブッシュになりかねないとニンジャ第六感が騒いだ――所長席に向かう藤木戸。

 

 ここにお見合いの狂想曲は一旦幕引きを迎えるが、まだ何も解決した訳ではない。

 

 他ならぬ自分の人生だ、よく考えろマゾクスレイヤー! 後悔せぬよう、頭を捻り続けるのだマゾクスレイヤー…………!

 

 




オハヨ!(激遅)

ということでトンチキ話も幕。次回から時間がとんで対魔忍ユキカゼシナリオです。少し書き溜めてから投降すると思うので、更新予告などを行うから作者のTwitterなどをフォローして備えよう。
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