2023.10.21
# 野球

紙に「〇・×」を書かせて…阪急の鬼監督・西本幸雄が選手を集めて「信任投票」を行ったワケ

二宮 清純 プロフィール

「俺は選手の信頼がない限り、勝負はかけられんのや。どうしてもこれだけはやらせてもらう」

会議室の机の上には、退団が確定している選手を除き、秋季キャンプに参加している40数人分のメモ用紙とえんぴつが置かれていた。

若い選手の中には、投票が何を意味しているのか、よく理解していない者もいた。入団3年目の大熊忠義も、そのひとり。

「いきなり会議室に集められて、一緒にやる気のある者は○、やる気のない者は×をつけろ、という。こっちは、ただただびっくりですよ。投票の結果がどうなるかなんて、考えもしなかった。とりあえず、○をつけた記憶はありますけど、中には×をつけた者もおったでしょう。投票結果? そんなもん聞かされてないですよ」

一方で、大きくメモ用紙に×印をつけた者もいた。後に代打本塁打の“世界記録”をつくる高井保弘だ。社会人野球を経て、大熊同様64年に入団したが、2軍暮らしが長く、「自分は干されている」と感じていた。

生前、本人から聞いた話。

「僕は支持せんかったね。だってチャンスをくれんのやから。“高井は変化球に弱い”という理由で……」

 

投票結果は○が32票、×が7票、白票が4票。支持率は74%に達した。

しかし、西本は不支持の11票にショックを受け、「これでは、俺は監督をやる自信がない。辞任する」と青田に語ったという。

「何を言うんや。4、50名の集団で、10人くらいの不満分子が出るのは当たり前や。3分の1出たって驚くにあたらん。3年計画の最後の1年が残ってるやないか」

そう言って青田はなだめたが、西本の辞意は固く、代表の岡野に辞任を申し出た。岡野はオーナーの小林米三に相談するとして、返事を留保した。

翌日の新聞にオーナーのコメントが載る。

「何日かかっても、西本の残留を説得するように」

意気に感じるタイプの西本は、この言葉にいたく感動し、辞意を撤回する。

「これでオーナーに借りができたね。この恩だけは返さないかん……」

翌年、阪急は2位・西鉄に9ゲーム差をつけ、球団創設32年目にして、初のリーグ優勝を達成する。

雨降って地固まる――。それを地で行く快進撃だった。

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