夢の話
夢の途中で、夢を見た。
目の前に広がる風景を見てすぐに、「ああこれは夢だな」と我牙丸は気付いた。気付かなければよかった。そう心から後悔しながら。
「どうしたんだよ我牙丸、変な顔してんぞ?今からやっぱ来るの無しとか言うなよ!?」
そう言って目の前で笑う友人。こうして夢に見るまで会いたかったのだろうか。当然だ。ブルーロックでの休暇前に、個人情報だから連絡先は教えられないなんて言われたあの日ほど自分の迂闊さを恨んだことはなかった。何故もっとたくさん話をしなかったのか。連絡先はおろか、住んでいる場所も、学校も知らない。手がかりが何もない。たった一粒のキャラメルだけが手元に残って、他の全ては消え失せてしまったようだった。たまらなく寂しかった。
そんな友人が今、俺の目の前にいる。心臓が高鳴って、喜びが顔に出てしまうのも仕方ないことだろう。
「どうした我牙丸?腹でも壊したか?」
「ああ、いや…何でもない」
「ん、ならいいけど!もうすぐ俺んちだから、兄弟達がうるさくても勘弁な!」
成早の家は、大家族が住むには少し手狭な所だった。着くなり何人もの小さな成早たち(多分顔を知らないからだろう、とても面白い図だった)に取り囲まれ、その肩に担いだものはなんだとか、兄とはどう言う関係なのかとか、あとで肩車してくれだとか、とにかく好き放題言いまくられる。本物の成早が痺れを切らして、そろそろ猪肉シチューを作るから解散しろ!と指示を出すと渋々部屋に戻っていった。何ならずっとこうしてたって構わなかったが、きっとこの夢もそのうち覚めるのだろうから、それならちゃんと約束を果たしておきたかった。
大量のシチューを作って、それでも使いきれなかった猪肉を大事そうに冷蔵庫にしまいながら、成早の家族みんなと俺とで食卓を囲んだ。大人数での食事は慣れたものだが、それが人間相手なのは学校の給食時間を除けばおそらく初めてのことだ。みんな笑顔で肉を頬張り、幸せそうに食事を楽しんでいる。なぜか胸がとても温かくなって、ああ良かったなと自然と思えた。
「いやー、俺のシチューを作る腕もなかなかだけどさ、やっぱ新鮮な肉って美味いんだな!猪肉って初めて食べたけどマジで美味い!毎日でも食べたいくらいだなー!」
成早の絶賛の声に兄弟たちも同意の声を上げる。本当に幸せそうな顔をしていた。嬉しい気持ちが、だんだんチクリと胸を刺す痛みに変わって、やがてそれは口に出てきてしまう。きっと言えばこの夢は終わるのだろう。それでも、自分から目を覚ます前に、ちゃんと伝えておきたかった。たとえそれが、ただの自己満足でも。
「成早」
「ん?どうした我牙丸、お前もそう思う?」
「ごめんな」
成早の表情が、さっきまでの笑顔が、空気に溶けるように霧散した。周りにいたはずの家族たちもいつの間にか消えていて、この世界には俺たちニ人きりになった。
「お前にさ、した約束。果たしたくて。でも、どこにいるかわからなくて」
「忘れたわけじゃないんだ。今みたいに、ちゃんと猪持っていって、腹一杯食ってほしくて。成早のシチュー、楽しみにしてるんだ」
「まだ、俺も夢の途中だから。会えるのは多分遅くなる…と思う。ごめんな。でもぜってー忘れねえから」
自分の夢の成早にこんなことを伝えても、意味がないってわかってる。それでも、言えてよかったと思えた。ちゃんと覚悟が決まった。どれだけ遅くなろうとも、どんなに困難な道だろうとも、もし相手が忘れてしまっていたとしても、この約束だけは絶対に、現実の中で果たしに行くと。
成早が、あの時と変わらない笑顔で笑った。
山で見たいつかの朝日のような、明るくて温かくて、全てを包むような輝くような笑顔で。
「我牙丸、絶対いつかまた会おうな!!約束、一つ追加で!忘れんなよ、俺も忘れねえから!!」
夢が終わる直前に手を差し出して、その手を握った。俺よりも二回りくらい小さい手は、確かに熱を帯びていた、そんな気がした。
「いいっ加減に起きろやクソ野生児がぁぁぁぁ!!!!!」
「いって!!」
ブチギレて思い切り蹴ってきた雷市によって、俺の幸せな夢は終わりを告げた。本当はもっと見ていたかったが、ちゃんとキリ良く終われただけでも十分に喜ぶべきなんだろう。気怠く身体を起こして、いつものように伸びをする。
とりあえず蹴りの抗議だけはしておこうと目を向けると、雷市がなんだか妙な顔をしていることに気付いて、一応確認する。
「何だよ雷市…俺の顔に何かついてんのか」
「いやお前…顔…まあいいか…蹴られて笑うドM野郎だったとか…まあいいけどよ」
「いやこれ雷市の蹴りのせいじゃねーから誤解すんのやめろマジで」
珍しく早口で訂正する俺に雷市がちょっと吹き出しながら、オラとっとと飯食いに行くぞとまた背中を軽く小突いてくる。わざわざ待っていてくれた友人を有難く思いながら、最低限の身支度を整えてその後を追った。いつも見た夢は忘れてしまうが、今日の夢だけは頑張って覚えておこうと、胸に刻みながら。
目が覚めた。暗い天井だった。
幸せな夢だった。また友人に会えた。友人は立派なGKになって、それでも俺との約束を守るために来てくれた。嬉しかった。現実でも会いに行くと言ってくれた。泣きそうだった。俺みたいな、短い間しか付き合いのなかった、路傍の石ころみたいな奴にも、あいつは優しかった。こんなこと俺が口にしたら、きっとそんな言い方すんなって怒ってくれるんだろう。
「約束…再会…夢…」
うわごとのように口にする。どれも今の俺には眩しすぎて目が潰れそうで、でもどれ一つ捨てられなくて。もっと強くなりたかった。もっと強くありたかった。あいつの背中を追えるくらいに。
「諦めたくない…」
どんなに辛い現実が待っていても、夢の中で満足するような自分にはなりたくない。約束を守れる自分になって、いつか胸を張って会いに行きたい。
キャラメルの箱を握りしめながら、成早朝日は身体を起こした。甘い甘い夢ではなく、友人と同じ現実の世界を生きるために。