虎のソナタ

禁振中のロサリオ、山本浩二のように「1球」狙えば…全部振りにいかなくていいのだ

1986年、試合で本塁打を放った山本浩二。打ち損ねると腰痛に響いたとか…
1986年、試合で本塁打を放った山本浩二。打ち損ねると腰痛に響いたとか…

 「ミスター赤ヘル」と呼ばれた元広島の山本浩二は晩年トラック通勤をしていました。

 1985年は打率・288、24本塁打。86年は・276、27本塁打。そして同年オフ、40歳で引退。余力を残して現役を退いたような数字に見えますが、持病の腰痛に悩まされてきた体は限界に達していました。

 最後の2年間、山本浩は遠征先でチームバスに乗っての移動をしていません。東京、横浜、名古屋、甲子園、どこへいってもバスに乗っていない。当然「故障か!?」と騒ぎになりますが、球場に担当記者が着くともうグラウンドにいる。タクシー? いや、そんな動きはなかった。

 ある日、事情が判明します。チームの野球道具を運搬するトラックから降りてきたのです。運転席の背後にある寝台(長距離輸送のとき、仮眠するとき用のベッド)に寝そべって球場入りしていたのでした。

 「バスだと、リクライニングシートでも腰と背中がバリバリに張ってくる。タクシーは深く沈み込むからもっとアカン。トラックのベッドが一番いいんや」

 そんな工夫をしていても、打ち損ねると腰が悲鳴をあげました。タレントの中居正広が、山本浩の打った後のヨタヨタ走りをモノマネして笑わせていますが、アレにはそういうわけがあったのです。

 そんな山本浩が、すでに腰痛に悩まされはじめていた83年6月29日、大洋(現DeNA)戦で4打数4安打。その4打席すべてで一振りしかしなかったことにビックリし、そこを質問してさらに驚かされたことがあります。

 「空振りしたら、腰にグキッとくるんや。ファウルしたらもっと痛い。だから、1球で仕留めなしゃあないんじゃ」

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