この魚はどこから来たのか
ニッポンの食卓に差す影
赤魚の照り焼きが今晩の食卓を彩る。大手通販サイトで買った、冷凍のお値打ち品だ。
骨取り・調理済みで、一切れ数十円。共働きも増えた今、ニッポンの食卓を支える貴重な「ネット商品」だ。
だが疑問も浮かぶ。物価高の折り、少し安すぎないか。ネットで売られるこうした「格安魚」は一体どこから来るのか。知りたい情報は、消費者には伏せられている。
「(赤魚が)とても安くて助かりました」
東京・日本橋で高級レストランを経営する男性オーナーは今春、貸し切りパーティーの団体予約を突然受け、戸惑った。
提示された少額予算にも慌てたが、大手通販サイトで見つけた米アラスカ産の赤魚(冷凍品)に救われる思いがした。
一切れ、70円。アラスカメヌケと呼ばれる高級魚の赤魚が、相場の3分の1で手に入ると知ったからだ。「少し安すぎる」とは思った。だが「アラスカ産」と書かれた商品説明に安心し、購入を決めたと話す。
日本の通販サイトに今、こうしてなだれ込む格安の魚。一体どこから、どんなルートをたどって来るのか。徹底調査を試みるきっかけは、業界関係者の声にあった。
ニッポンの食卓支える中国
「この数年、少子高齢化もあり日本の漁業を取り巻く環境は激変した。魚のネット販売も増え、食べやすいよう骨を取った商品も増えており、日本の食文化も変わってきた」。関係者はそう語った。
従来、ニッポンの食卓に並ぶ魚は、日本の漁船が捕り、日本で水揚げし、消費者のもとに届いた。
だが近年は、中国船が好漁場の日本近海や米アラスカ沖などで捕った魚を中国で水揚げし、中国企業が骨取り加工などをしたのち、日本企業が輸入して販売する例が珍しくはなくなった。
業界では「中国丸抱え」という構造的変化が起きている。
流れを助長したのがネット販売だった。北陸で水産加工品のネット販売を手がける、ある企業の経営者は「大手通販サイトで売られる魚は値段勝負。中国企業などをいかにうまく使って人件費を削るかが重要だ」と話す。
ニッポンの食卓を支える魚も今や、中国抜きでは語れない時代になりつつある。
さらに調査を進めるうち、浮かんできたキーワードが「ウイグル」だった。
日経新聞が調査報道で連携し、米ワシントンに本部を置く非営利の調査報道団体「The Outlaw Ocean Project(アウトロー・オーシャン・プロジェクト、OOP)」は2023年10月、中国水産加工会社11社が多くのウイグル族を労働力として引き入れ、工場で雇用していることを問題視した。
米OOPの報告書がきっかけとなり、米当局は既に、一部企業の親会社に対して禁輸措置を科す制裁に出ている。
企業側には、ウイグル族の安価な労働力を大量に引き入れ、工場での生産コストを大幅に抑える狙いがあり、同時にそれは「中華民族は一つの大家族」という、ウイグル族の同化を目指す政策と一致した。政府は企業を補助金で支援し、企業は抜群のコスト競争力を手に入れるに至ったという。
ここで浮かんだ仮説は、日本の大手通販サイトに並ぶ格安の魚が、そんな中国企業の手を借りてはいないかということだった。
商品ラベルに現れない中国企業
仮説を検証するため、米OOPが問題視した中国水産加工企業11社をターゲットに、サプライチェーンの洗い出し作業を独自に試みた。
通関データや、データ解析支援のFRONTEO(フロンテオ)などの協力も得て進めると、少なくとも日本企業6社が同11社と取引関係にあることが分かった。
さらにその中から、特に日本企業と関係が深い中国企業がないかを調べると、中国沿岸部・山東省にある水産加工企業A社に行き着いた。創業20年ほどの中堅企業だ。
まずA社には、ある日本人が約4割を出資していることが分かった。企業情報を扱うオービスのデータから特定した。さらにその出資者の背景を調べると、宮城県に本社を置く水産加工企業B社に所属し、通販サイトを担当する人物の名前と一致した。
今度はそのB社を探ると、中国A社に魚の骨取り加工などの業務委託をする関係にあり、A社から仕入れた魚を、日本の通販サイトで販売していることを突き止めた。
冒頭の東京・日本橋の高級レストランオーナーが購入した、米アラスカ産の赤魚(冷凍品)もまさに中国A社で加工され、B社が輸入・販売するネット商品だった。
一連の事実関係を、B社がある宮城県を訪れ、経営トップにも確認した。
やはり、B社が通販サイトで販売する赤魚などは、中国企業A社で骨取り作業をした後、日本に輸入して販売する商品とのことだった。
商品ラベルには現れない中国A社について、B社社長は「先方の社長は日本語も堪能で、取引関係はもう20年近く続いている」と語った。
A社で問題視されているウイグル族の労働力移転については「どこの出身の人が工場で働いているかは関心がない」と語った。
コロナ禍でも進んだ労働力移転
続けて取材班は、米OOPも問題視したA社によるウイグル族の労働力移転について、過去を遡り、膨大なデータの中から独自に探った。
まず割り出したのが、20年冬の映像データだった。
新型コロナウイルスの感染が中国から一気に広がり始めた、まさに2月末。A社の地元、山東省にある済南遥墻国際空港(済南市)で、190人超のウイグル人が中国南方航空CZ8713便のタラップから次々と降りる姿を確認した。様子は全て当時の現地テレビで放映されている。
地元警察も出動する中、新疆ウイグル自治区からの長旅を終えた一行は、滑走路から直接バスに乗り込みA社に向かった。地元テレビ局はそう伝えている。
翌3月にも多くのウイグル人がA社に向かった。新疆のカシュガル地区ポスカム県では、地元を離れる直前に「送別式」が開かれていた。その様子も詳細に中国の人気SNS「微信(WeChat、ウィーチャット)」に投稿されたことを確認した。
出発を控えるバスの側面には、大きな赤い横断幕が張られ「一人就業全家奔小康(1人が仕事に就けば、家族全員を豊かにする)」との標語が見て取れた。
さらに昨年12月には、A社の地元政府も、A社へのウイグル族の労働力移転を認める内容の発信をしていたことを確認した。
A社の地元市政府・人民代表大会常務委員会は23年12月19日、ウィーチャット上に「A社は少数民族の雇用誘致の中心的企業だ。16年から新疆ウイグル自治区と労働力移転に関する協力関係を構築し、これまでに200人以上を雇用した」と投稿した。
日経新聞はA社に直接コメントを求めたが、11月27日までに回答は得られなかった。
規制の米欧、動かぬ日本
ウイグル族の労働力移転は、民族同化を掲げる中国の一大政策もあり、各省・各企業が2010年代から競い合ってきた。
新疆ウイグル自治区政府の公表データによると、労働力移転は過去10年間でみても大規模に行われ、23年も約320万人に及ぶ。
国際社会は厳しい目を向けてきた。
米国は22年6月、「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」を施行。労働の強制性を証明できなくとも、疑いのある企業の製品は輸入を差し止めるようにした。
カナダでも業界大手が動いた。水産大手ハイ・ライナー・フーズが労働力移転が疑われるA社との取引を23年10月に中止。動きは欧州連合(EU)にも広がり、7月には米国と同様、関連製品の輸出入を禁止する新規制を発効した。
直近でも米政府は11月22日、UFLPA法に基づき、中国に拠点を置く約30社を新たに輸入規制の対象に加えると発表。規制対象企業はこれで100社を超えた。
だが、日本にはいまだ規制が無い。
国際社会で規制が進む背景には、ウイグル族の労働力移転が自発的な出稼ぎではなかったり、参加を拒むと拘束リスクがあったりするためである。
ウイグル族の問題に詳しい人類学者のエイドリアン・ゼンツ氏は「ウイグル人に参加を求める出稼ぎプログラムは、半ば強制的な労働力移転にあたる」と指摘する。
日本ウイグル協会のレテプ・アフメット会長も「新疆ウイグル自治区内に求人があるにもかかわらず、わざわざ数千キロも離れたところまで集団移送するのは、一般的な『出稼ぎ』とは異なる」と話す。
加工経路不明、なだれ込む商品
グローバル化の進展、ネット販売の普及、米中対立も影響し、現在は「モノ」だけでなく、「食」のサプライチェーンも複雑さを増す。ただ法的には、商品ラベルに中間加工地の記載義務を課す場合は多くはなく、消費者には実態がますます見えづらくなっている。
商品購入の判断材料の一つとなる水産業界の国際認証「MSC」をみても、いまだに中国A社や米制裁を受ける企業が同認証を受けているのが現状。海洋管理協議会(MSC)の広報担当者は、日経新聞の取材に対し「審査要件の見直しを現在進めているところだ」と話す。
こうした様々な問題に、欧米では商品にQRコードを印字し、それを消費者が読み取れば、詳細な流通経路を把握できるようにする、新たな取り組みが広がる。
一方、「商品の開示情報が少ない日本では、安さに引かれる消費者が倫理的に問題のある企業の商品を買い支えてしまう、悪循環が起きている」と、世界自然保護基金(WWF)ジャパンの植松周平氏(海洋水産担当)は指摘する。
今回明らかになった中国企業A社と日本企業B社のケースは氷山の一角。購入者に対し、加工経路が不透明な格安の食材は今や通販サイトのみならず、日本のスーパーマーケットやホテル、給食などにまで広がっている可能性は否定できない。
日本の農林水産省の担当者は、日経新聞の取材に対し「食品のトレーサビリティー(生産履歴の追跡)の重要性を周知し、事業者の取り組みを支援していく」と答えた。
宮城県のB社の経営幹部は取材の最後にこんな言葉を残している。「(委託先の中国企業A社に)労働力移転があるのかなんて聞いたことはない。聞いたら失礼になる」。取引は「今後もこれまで通り続ける」と説明した。
安心・安全なニッポンの食を守り続けるには何が必要か。消費者も企業も改めて問い直す時期に来ている。
制作 綱嶋亨、久能弘嗣、森田優里、淡嶋健人、中村裕